始まり始まり

【始まり始まり】01

               ◇◇昨日◇◇

「こんにちは、昨日このフロアに越してきた大城です」

 両親の都合で昨日霧結市きりゆいに引っ越してきた僕、大城おおしろ白野はくのであるが両親はこちらに着いてすぐに仕事で引っ越しの荷解きもせずに家を出ていってしまった。その為、僕がこうして同じマンションのフロアの住戸に引っ越してきたご挨拶にお伺いしているわけだが―――留守かな?

 もう一度インターホンを押してみるが誰も出てこない。

「また明日にするか」

 時刻は午後八時を過ぎたあたり、このフロアの住人にはさっきの住戸以外挨拶に伺えたし今は充分かな。

「自分の荷物の荷解きは一通り終わってるし、父さんの方はどうせ当分帰ってこないから荷解きはゆっくりとでも大丈夫か」

 ブツブツと呟きながら次に何をするか計画を立てながら自身の住戸へ帰る。

 鍵を開け、電気を点けるとまだ荷解きが出来ていない段ボール群が僕の帰宅をお出迎えした。

「あ、そう言えば炊飯器どこにやったっけ」

 今日一日色々と買い物に行ったり自分の荷物整理をしていてすっかり忘れていた。

 段ボール群の中から炊飯器の入った段ボールを探すのだが種類で分けていなかったせいもあり、炊飯器捜索は困難を極めて

「明日でいいや」

 と二分と経たずに諦めて夕飯はコンビニ弁当でも買って済ませることにした。

 自室に置いてある薄手の黒いジャケットを着て財布を持って再度家を後にした。

「コンビニったてどこにあるのか―――スマホで調べれば良いのか」

 スマホを取り出し、地図のアプリを開いて検索エンジンにコンビニと打ち込んでみると五分程歩いた位置にヘブンがあるとの表示が出た。

「ヘブンでもいいか」

 経路を粗方覚えてからスマホをジャケットのポケットにしまってのんびりと夜の静かな景観を楽しみながらコンビニへ歩みを進める。

「ねえねえ、ちょっとぐらい良いじゃん」

「ダメだよこんな所で」

 チッ!リア充め!僕のさっきまでの澄み切った空の様な気持ちを返してくれ。

 ヘブンから少し離れた街灯の少ない公園のベンチで金髪の男性と黒髪ポニーテールのカップルがイチャイチャしているのを見て気分を悪くしながらそそくさとその場を後にしてヘブンに入店した。

「いらっしゃいませ」

 レジにいる店員が機械的にそう発して業務に戻るのを横目で見ながら背を向けて奥の飲料コーナーへ向かい、お茶と野菜ジュースを手に取ってトイレ脇にあるカゴに入れて手に持ち

「後は弁当と明日の朝食をっと」

 外回りで余計な所を見向きもせずに歩いて行きお惣菜コーナーでサラダパスタをカゴに入れ、すぐ横にあるお弁当コーナーで最安値の蕎麦を手に取ってレジへ向かった。

「合計千四十円になります」

 スマホをしまったのとは逆のポケットから財布を取り出して金額分をトレイに出す。

「ありがとうございました」

 ビニール袋に入った商品とレシートを貰うとすぐに店を出た。

 急いでいるつもりはないのだけどいつもこんな感じに最短で済ませたくなる。

「帰るか」

 家から来た道を引き返して行く。

 ジャケットのポケットに両手を入れてこれまた軽やかに家に向かうが前方の公園から一定のリズムで何かが弾む音が聞こえてきた。

「まだイチャコラしてんのか?」

 何となく姿勢を低くし、木陰に隠れて音の正体をこっそりと確認する。

 グチャリ、グチャリ、グチャリ

「え?」

 その異様な光景を前に思わず声が漏れてしまった。

 公園の中央で先程までいた金髪の男性が地面に倒れており、その上で馬乗りになりながらもう一人の女性が包丁を両手で握りしめながら一定の間隔で男性に包丁を刺していた。

 やばい――やばいやばいやばいやばい!

 腹部から溢れ出る血は周辺に飛び散り彼女の笑顔を赤く染め上げていく、そんな姿に目が離せないでいると月の明かりが彼女の姿を鮮明に映し出した。

 黒く長い髪のポニーテールにツリ目でボーイッシュな顔立ち。

 黒のワンピースの上からでも分かるほどの痩せ気味な体系をした妖美な少女。

 パキッ

 足元にあった小枝に気が付かず折ってしまい異様なまでに静かなこの空間に鳴り響いてしまった。

 少女の手が止まり、すぐさまこちらに視界を向ける。

 少女と目があってしまった。

《逃げろ》

 本能的にその命令が身体中に伝わり踵を返して自身の持てる全速力でその場を後にした。

「何なんだよアレ!意味わかんねーよ!」

 後ろを振り向かずとにかく走った。

 角を曲がったり入り組んだ道に入ったり、出来るだけ顔と体系を覚えられないように視界を遮断するルートを走り回った。

「撒いたか」

 数十分も走ると自身の体力の限界が来て歩道に倒れ込んでしまった。

 追ってくる気配は無い――が念の為に今来ているジャケットを脱いで腕に持つ。

 相手は人殺しだ。出来ることは最大限やっておかないといつ殺されてもおかしくない。

「てか、どこだよここ」

 夢中になって走っていたので場所なんて考えていなかったからか大きな道路近くに出てしまっていた。

「タクシーだ!――使いたくないけど使うしかないか」

 ちょうど赤信号で止まっていた空車のタクシーに駆け寄り乗せてもらう。

「お客さんどうした?そんな汗かいて」

 笑いながら運転手は話しかけてくるがそれどころじゃなかった。

「けいさつ」

「え?」

「近くの警察署に急いでください!」

 鬼気迫る声でそう言うと運転手は「はい!」と驚きつつも言われた通りにカーナビに警察署を表示して走行した。

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