【始まり始まり】02

(何だったんだあれは、恋愛関係で何かあったから殺した?いや有り得ない、なら彼女はあんなに笑っていない。なら他になにか―――もしあの男性がナンパとかそういう類ならどうだろうか、女性はあえて男性を誘い殺した。―――あり得そうだけど真相は分からない)

 頭を掻きながらなぜ彼女がこの様な事を犯したのか考えるが見当もつかなかった。

「あ、そう言えば袋」

 商品の入ったビニール袋を左手に持っている事を思い出し、商品は大丈夫か確認してみる。

 サラダパスタは密閉されていて大丈夫だったが蕎麦の方は中身がビニール袋の中にぶちまけられていてひどい状態だ。汁物が小分けされてて大惨事にならなかったのが唯一の救いだ。

「って、野菜ジュースは?」

 袋の中の飲料はお茶しかなく、野菜ジュースがどこにも見当たらない。

「落としたのか?」

 最悪だ。いつ落とした!公園を出たあたりか?―――くそ!

「お客さん大丈夫ですか?」

 後ろで呟きながら藻掻く僕に運転手は不気味がりながら声を掛けてきた。

「あ、はい――」

 運転手の一言で我に返った僕は深呼吸をしてから冷静を装った。

「着きましたよ」

 数分してタクシーは霧結警察署に到着した。

「ありがとうございました」

 代金を払って出ていこうとすると運転手の男性が

「お客さん、若いんだからあんま根詰めなさんな――これ上げるよ」

 そう言ってトレイに飯塚いいづかと書かれた名刺を置き、差し出してきた。

「学生さんだろ?タクシーを呼ぶなら私にしな、少しは安くするからよ」

「あ、ありがとうございます」

 財布に名刺をしまって再度お礼を言って外に出ると運転手は窓から片手を上げた後に行ってしまった。

「かっこいい人だな―――」

 なんて思いながら僕は身を翻して警察署の入り口に歩いて行く。

「おや?こんな時間にどうしたのかな?」

 丁度巡回から帰ってきたのであろう五十代くらいの男性と二十代の男性が寄ってきた。

「ちょっと話したいことがありまして―――そうだ。大城、大城 三奈木さんはいらっしゃいますか?」

 確か母さん、今日は警察署でやる事があるって言ってたはずだけど

「大城主任ですか?確か彼女、巡回前に見た時はデスクで荷解きしてたよな?」

「はい」

 どうやら居るらしい、なら話が速い。

「大城さんに会わせてもらえませんか?」

 食い気味にそう言うと彼らは少し戸惑いながら

「君は大城さんのご親族か何かなのかな?」

「僕の名前は大城 白野って言います。三奈木みなきさんは僕の母親でして――」

 そう言いながら財布に入っていたカード型の学生証を取り出した。

「あぁ~君が白野君か!いや、彼女から色々と聞いてるよ」

 え?

「それなら問題ない、一度署内に入って休憩室で待ってると良いよ、秋田、大城主任を休憩室に呼んでこい」

「分かりました」

 学生証を見せただけで警官らは顔色を変えて何故か納得しながら若い警官に母さんを呼ぶように指示し、僕を署内の休憩室へ迎え入れてくれた。

「それじゃあ、すぐ来ると思うので少し待っていてくださいね」

 休憩室に案内するとすぐさまもう一人の警官はお辞儀をして休憩室を出ていってしまった。

 少し埃っぽく、雑誌や新聞がテーブルの上に無造作に置かれており長年使われているからか所々シミが見当たる休憩室を眺めていると扉の奥から誰かが走ってくる音が聞こえた。

「しら~~!どうした?寂しくなったか?よく来たな」

「ちょ、キツイキツイ!自分の年齢考えてよ!」

 扉を勢いよく開けて僕にべったりとくっついてきたのは母さんだった。

「ひどいわ、これでも若作りはしてるのよ」

 いつもながら母さんのテンポにはついていけない・・・・・

「離れて離れて、僕は話があってきたんだよ」

 グイグイと突き放すと寂しそうな顔をした後に僕と机を挟んで正面の席に座った。

「好きな子ができたの?それともあれかな?明日学校へ一緒に着いて来てほしいのかな?」

「母さん―――お願いだから話を聞いてくれ」

 溜息交じりにそう口にすると母さんは何かを察したのか真剣な表情になって

「ねえしら、貴方がそうやって溜息交じりに耳を触る仕草をする時って大体大事な時だけなのよ」

 自分では実感できないがそうなのだろう

「それで?話って何?」

「あのだな母さん」

 躊躇いがちにも続けて言った。

「僕、殺人現場を目撃しちゃったかもしれない」

 周りの空気が僕に重くのしかかり、今にも潰れそうなほどのなか

「何で早く言わないのよこの馬鹿!場所はどこ、急がないと!」

「今の話、信じるの?」

 そう尋ねると

「当たり前でしょ!家族の言葉信じられなくてどうするのよ!早く場所は!」

 怒鳴りながらそう言い、僕はすぐさま現場の住所を母さんに教えた。

 トランシーバーを手に取りすぐさま他の職員にもそのことを知らせ、殺伐とした雰囲気が休憩室から警察署中に広がった。

「しらも一緒に来て!」

「分かった」

 着ていたジャケットを脱ぎ、ビニール袋を休憩室の机に置いた後に母さんの後をついて行き、パトカーに乗車した。

「奏、遅いぞ!」

「はひぃ!嘘じゃないんですか!」

「何をわけのわからない事を!早く乗れ」

 僕らが乗り込むと慌てて署内から一人の若い女性警官が出てきて母さんの言葉に怯えながら助手席に乗り込んだ。

「すみません!」

「掴まってろ!」

 乗り込むと同時にパトランプを点滅させ、サイレンをならして勢いよく警察署を飛び出した。

 速い速度で右折や左折を繰り返して現場へと急行していく。

 運転が荒いせいか体調が悪くなり、今にも吐きそうなほどの車酔いをしてしまっていた。

「オロロロロロロロロ」

 助手席では耐え切れず撃沈した警官がビニール袋に吐いていた。

「もうすぐ着くぞ!」

 直線で速度を上げて向かう先には先に来ていた警官達のパトカーが二台あり、公園前の路肩で駐車していた。 

「ちょいと揺れるよ!」

 もう十分揺れているんだが?!

 路肩に急ブレーキと共に強引に入って行き、若干道路にはみ出すような形で駐車した。

「お前らはここで待ってろ」

 柵でドアが開かないのを目視で確認し、途中からガラスを開けていた窓に身体を滑り込ませて柵に両足を付いてぴょんと跳び越えながら公園内に入っていった。

「オロロロロロロロロロ」

 未だに助手席で吐いている警官を見かねてシートベルトを外し、反対のドアから外に出て警官のいる助手席に駆け寄りドアを開けてシートベルトを外し、一度外に出るよう促した。

「ありがとロロロロ」

「あはは」

 苦笑いをしながら警官から視線を外し公園の方へ視線を向けてみた。

「え―――なんで」

 おかしい、だってそこにある筈なのに――

 公園中央にある筈の男性の死体が消えており、その場所には変わりに酔いつぶれたお爺さんだけが視界に映っていた。

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