第10話 波乱の予感
例の事件から一夜明け、冒険者が誰も居なくなった宿屋に、彼らはいた。
「おいおい、麗しき隊長さんよ。こうやって寝込むぐらいなら“介錯”しなきゃいいのに」
「うるさいな。あの女だって“転生者”なんだ。こっちの世界に残しておいていい理由がないだろう?」
トーヤは、宿屋の一室でベッドに伏している。彼は水色の寝間着を来て、氷嚢を頭に乗せて寝込んでいる。昨日の作戦の後に紗綾を「処刑」した際のストレスと、激しい戦闘によるダメージが重なったためだ。
そんな彼の隣の「テーブル」に、その青年は腰掛けていた。深い青い髪をかき上げ、目の下に髪と同じ色の涙のような模様が顔に浮かんでいる。黒い革のパンクファッションに身を包んでおり、ノースリーブなその見た目はかなり奇抜だった。しかしもっとも特徴的なのが、革のパンツから伸びる、長大で頑強な「鳥の脚」だ。人間で言う「かかと」に当たる部分から先が長く伸びており、ものをつかめるように鉤爪が伸びている。
彼は亜人の一種「ハルピュイア」の青年、「グーフォ」。ネロと同じ「調査部隊」の副隊長で、ネロが技術的な部分や学術的な部分に精通しているのに対し、彼は主に「情報収集」や「潜入捜査」を得意とする。「転生者殺し」の中でも最も重要な役割を担っていると言っても過言ではない。
「全く・・・・・“執行部隊”だからって言うのもあるんだろうが、女相手でももう少し寛容にできないもんかねぇ。そんなんじゃ番いもできないぜ?」
「俺だって、実害を与えていない奴に手をかけるのは気が進まんさ。だが、あの女は奴とは違って特段厄介な能力を持っているわけじゃない。だから、このまま生かしておいてもアイツが苦しむだけだ。だったらいっそ“処刑”してしまった方がいい。その方が俺としてもむしろ後味が悪くなくなる。それと、悪いが今のところ伴侶を探す予定はない」
といって、トーヤは寝返りを打ってグーフォに背を向けた。熱を出している彼にとっては、触れたくない話題らしい。
そんな彼の背中に、グーフォは問いかける。
「ところで隊長殿、“カーム村のギルドを閉鎖する”っていうのは本当なんか?」
「・・・・・・ああ」
トーヤは振り向かずに答えた。一瞬の静寂が訪れる。
「正確には封鎖するわけじゃないんだが、今朝にかけてこの村に居た何人かの冒険者は皆出て行った。可能性としてはなくはないだろうが、正直“大魔法の勇者”が殺されたこの村を、好き好んで訪れる奴はそうそういないだろう。実際窓口から“この村への宿泊を予定していた冒険者たちはみなキャンセルしていった”と聞いている。当面はまともに人が来ないだろうな」
「・・・・・・・・隊長殿」
「解っているよ。これは俺の責任だ」
トーヤは再び仰向けに寝転がり、氷嚢の下に右腕をおいた。まるで自分の表情を隠すかのように。
「本来であれば“エンデ”に移送して、形式上の裁判を行った上で、処刑する予定だったんだ。だがあんな風に暴れられては、俺たちはおろか、村が危ない。拘束を拒んで暴れ回るっていうのは、これまで見てきた転生者共にもみな共通する行動だ。だからこれまでは殺すしかなかったし、これからもそうだろう。・・・・・・だから、俺たちは“転生者殺し”って言われているんだ」
そう、「対転生者特別防衛機関」が「転生者殺し」と言われているのは、これが理由だ。彼らは本来、転生者を「殺す」のではなく「取り締まる」のが目的で、裁くために存在していた機関だった。だが自身の行きすぎた力を振るい横暴を働いた転生者は、そろいもそろって抵抗するのだ。モンスターも、地形すらも破壊するその力を振るわれては、護送することさえできない。そのため平和的に解決することができず、故にその場で「処分」することしかできなかった。そうして数多の「英雄」を殺してきた彼らは「転生者殺し」と呼ばれ、人々に忌避されてきた。
だからこそ、冒険者が立ち退いたのにも納得がいく。度々繰り返すが、「転生者」は元々「異世界からの英雄」としてこちらの世界へ召喚した者であり、人々は彼らを「時代を切り拓く者」として崇めている。「転生者殺し」が発足する時点ですでに「反転生者思想」は一定数存在しているものの、世間としては未だに「異世界の英雄」を崇拝しているのだ。そんな彼らからすれば、「異世界の英雄」を駆逐する「転生者殺し」など異端者以外の何者でもないだろう。しかも世界の違うレベルの戦力となる「転生者」を討伐するという実績からしても、危険だと思って普通は関わり合いたいとは思えない。
「隊長殿。責任って言ったって、俺たちはやることをやっただけだぜ?村を守る奴がいなくなることを気にしてんだろ?」
「それ以外に何があるんだ?」
トーヤはギロリ、とグーフォをにらんだ。
「俺は正直冒険者だのなんだのはどうでもいい。だが一般人がモンスターの脅威にさらされる方が問題だ。スキルだーなんだー騒いでいる冒険者共も、結局は村や町の安全の確保に一役買っているからな・・・・・・・尤も、転生者共はそれを過剰にしやがるからこうするほかないが・・・・・・・」
「まあ、実際難しいところだよなぁ・・・・・・」
グーフォは頭の後ろで手を組み、ぼんやりと天井を眺めた。若干古くさく、シミの付いた木の板がグーフォの目にとまる。
「環境に及ぼす影響を懸念して転生者を殺す。しかしそうすると俺たちを恐れた一般人が恐れおののいてギルドを離れる・・・・・・あっちが立てばこっちが立たず・・・・・人間って本当に難儀だな」
まるで他人事のようにつぶやくグーフォ。ハルピュイアという種族だからか、人間とは感覚が若干異なるのだろう。
「まあ、どうせ今までやってきたことだ。あとはエミリアたちに任せればいい・・・・・それより」
トーヤはグーフォに頭だけ向けた。その顔は険しい。
「昨日は来てくれて助かったが・・・・・お前がわざわざ来たってことは、よからぬことがあったんだな」
「そうそう。隊長殿にビッグニュースさ」
愉快そうに笑いながら、グーフォは前髪を掻き上げた。その深い青の髪をなでつけると、
「モーガン氏の暗殺が企てられている」
表情を一転、真剣そのもので告げた。
「詳しい日時は不明だが、近いうちに暗殺者が豪邸に仕向けられるらしい。問題なのは・・・・・」
「その暗殺者が“転生者”って訳か」
「ご明察」
パチン、と指を鳴らすグーフォ。しかしその表情は決して明るいものではなかった。
モーガンという人物は「ナーリャガーリ大帝国」の中でも有数な兵器製造会社の社長であり、これまでにも数々の新兵器を開発してきた。そして兵器制作会社でありながら非常に人格者としても知られており、彼のその精神を反映させてか、「攻める」兵器ではなく「守る」兵器を主流とする特色がある。その功績は大いに認められ、これまでにも度々市長選へ出馬してきた。
さらに驚くことに「反転生者派」をこのご時世で自ら名乗り出る数少ない人物でもあり、市長選で落選しているのもこれが原因と言われている。しかしやはり彼の開発した防衛システムは非常に魅力的であるため、それでもなお権力を剥奪されることはなかった。
そしてその彼の技術を、彼ら「転生者殺し」は存分に享受しているのだ。先日棚餅優太を討伐した際の「ローターエッジ」や今回大いに役立った「フィールド」も、彼の会社の技術の応用である。「転生者を取り締まる」という特色と、こういった恩義の部分もあり、この暗殺の話が出た際にはいち早く対応する必要がある、とグーフォは判断したのだ。
「やれやれ・・・・・こっちが片付いたと思ったら、今度はこっちか・・・・・しかもよりによって“鋳神”モーガンか・・・・・こんな人を殺しちまったら、えらい損害になると思うんだがな・・・・・・」
「だからこそ、だろう?クライアントがどういう理由で指名したのかは解らんが、社長を殺して得する誰かがいるってことだろう?」
「あの人の会社は独自の技術が満載だし、その真髄を知るのもあの人だけってのも相当ありそうだが・・・・・・・」
熱にうなされながらも、トーヤは頭を巡らせた。技術の喪失と発展の阻害、それに対するメリットとなると・・・・・・・
「・・・・・・・この帝国の兵器の製造技術を失わせ、さらに発展を遅らせることが目的ってことか?」
「おいおい、隊長殿それはないんじゃないか?」
本来デメリットになるはずのことを、逆にメリットとして挙げた。
「ナーリャガーリの技術無しに、天界の平和は保たれるのか?そりゃあ向こう数年は大丈夫だろうが、次から次から新種のモンスターが現れたりすりゃあ、その対抗策が必要になる。モーガン氏の実績を考えると、あの人をなくすって言うのは天界へのダメージになるんだぞ?」
「それなんだが・・・・・逆に“天界を征服させる”ための一手じゃないんかと思ったんだ」
「・・・・天界を・・・・征服?魔界の奴らがそんなこそするのか?」
トーヤの考えが読めず、グーフォは若干いらだつ。
「言っちゃあ悪いが、魔族はこういう回りくどいやり方を苦手とする。やるんなら物量で押し切るとか、そういう人海戦術みたいなのを好むんだぞ?それがわざわざ一個人をピンポイントで狙う“暗殺”なんてことを考えるのか?」
眉間にしわを寄せながら、グーフォは推論を述べる。彼の言うとおり魔族はアグレッシブな戦法を好むため、魔族が暗殺を企てるという事例はこれまでに確認されていない。当然無くはないが、ある意味「習性」に近いものをどうやって矯正するというのだろうか。
「いや、俺が考えているのは“人間である誰かが天界を牛耳ろうとしている”可能性だ」
「同じ人間が“天界を統べる”ためにってことか?」
グーフォが聞き返すと、トーヤは静かにうなずいた。
「有数の技術を持つモーガン氏を狙うことと、その手口を考えるとそうとしか考えられん。とくにそいつ自身が“転生者肯定派”の奴なら、モーガン氏のもつ技術を失わせたところに、“異世界の技術”で攻め入れば戦局は簡単に傾く。正直かなり厄介な案件だが、今はそれをやるべきでは・・・・・・・」
と、トーヤが話していたときだった。コンコン、と寝室のドアがノックされた。その直後、外で現場の整備やギルド撤退の手引きをしていたはずのエミリアが入ってきた。
「隊長、あなたに会いたいという人が居るのだが・・・・・」
「来客か・・・・・すまんが、今グーフォと打ち合わせをしていたところだ。明日以降でも・・・・」
と、トーヤが言いかけると、グーフォはその場でバサッ、と飛び立った。ノースリーブだった腕は巨大な鳥の翼になっていた。羽ばたく回数を減らすように作られた大ぶりな翼、それはまさしくフクロウ(グーフォ)の様だった。
「隊長殿、俺の方はいい。とりあえずこのまま拠点の奴らと話して今後の対策を練る。あんたはこの村のアフターケアにいそしみな」
といって、脚の鉤爪で器用に窓を開け、外に飛んでいった。律儀に鉤爪で窓を閉めた後、音もなくそのまま空の彼方へ飛んでいった。
「アフターケア、か・・・・解った。俺も今からそっちに向かう。どこかの客室か何か借りられないか?」
といって、立ち上がろうとしたトーヤだが、エミリアに止められた。
「いや、ここでやると言ってしまってな・・・・・・・隊長の容態は伝えたのだが、彼女が聞かなくて・・・・・・」
「彼女?」
トーヤが繰り返した、そのときだった。
「ごめんなさい、トーヤさん・・・・・・今日、どうしてもお話がしたくて・・・・」
「マナ・・・・・・・・・?」
そこには、先日フンワリキシチョウたちを介抱してあげていた少女と、その両親と思しき男女が立っていた。
「すみませんでした。うちの娘がご迷惑をおかけいたしました」
「大丈夫です。私の方も微熱程度なので」
深々と頭を下げる母親に、トーヤは同じくお辞儀で返す。彼はベッドに腰掛けて、それに向かい合う様にマナたち3人が椅子に座っている。
「それで、どのようなご用件で?」
トーヤは早速彼女たちが訪れた理由を尋ねる。一般のギルド職員や、エミリアに聞いても良かったはずだ。それをわざわざ自分に聞きに来たということは、それなりの理由や内容のはずだ。
「ええ。それについては私が説明します」
マナの父親が軽く手を挙げて話し始めた。
「昨日勇者様が殺された後、村では混乱が起こっておりまして・・・・“どうして勇者様が殺されたのか”“何か法に抵触したのか”などと騒ぎになっているのです」
「ふむ」
予想通りだ、とトーヤは思った。これまでに何度も転生者を討伐してきたが、「現場」や彼らを崇拝する者たちは皆錯乱するのだ。
「その中で“勇者様が悪いわけがない、勇者様を一方的に悪人に仕立てているギルドを許さない”という意見に、娘が猛反発したんですよ」
「・・・・・・・・?!」
父親の言葉に、トーヤは微かに眉をひそめた。
「そうなんですよ!みんなが“勇者様”って呼んでいる人が、どんなことをしているのか知らないんです!トーヤさんが昨日殺したあの人は、森をめちゃくちゃにしていたし、手を出しちゃいけないモンスターさんにも攻撃していたんです!でもそれを話しても、みんなそれが悪いことだとは思っていないんです!!“モンスターは滅ぼすべき”って、みんなそう思い込んでいるんです!!」
マナは握った拳でだんだん!と自分の膝をたたきながら必死に訴えかける。村の者がモンスターの命をないがしろにするようなことを口にするのが許せないのだろう。
「そうなんですよ。だから、その詳しい話を我々にしてほしいのです。皆が勇者と呼んでいた人が、一体どんなことをしていたのか、それを皆に聞かせてやってほしいのです」
「成る程、そういうことですか・・・・・・」
トーヤはなぜ今日、どうしても、と言っていたのか納得した。マナが村人に食い下がった以上、そのままでは居られなかったのだろう。それに、話を聞く限り「勇者=絶対正義」の思想に凝り固まっている。そんな彼らにマナは楯突くまねをしたのだ。心ない村人に何か攻撃される恐れもある。
「それからですが」
今度は、母親がトーヤに問いかけた。
「うちの娘は、なぜあなた方と関わりを持っているのでしょうか」
トーヤは、心臓に氷柱のメスを入れられたような感覚がした。
「昨日も、あなた方とやたら中が良さそうにしていました。思えば、マナが保護される数日前から、マナは森に頻繁に出かけていました」
トーヤはまずい、と思った。マナは「森で迷子になっており、モンスターに襲われかけていたところを保護した」という風に伝えている。そのため、その裏で彼女に協力してもらっていたことは明るみに出すべきではないのだ。実際には、単に「情報提供をしてもらった」とだけ言えばいいのであるが、そうすると彼女と自分たちとの接点がなくなってしまう。
何より、マナ自身が「モンスターと心通わせる能力」があることを知られてしまう。それを知った村人は、ほぼ間違いなく彼女を迫害するだろう。
そしてそんなことも知らずに、母親はトーヤにこう言葉を投げかける。
「あなた方と娘は、一体何をしていたのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
トーヤは、答えに窮した。ここで答えを濁して進めることもできなくはない。だが、そうすれば自分たち「転生者殺し」の活動に不信感を抱かれかねない。そうなれば、今回の一連の県について説明しても、まともに受け取ってもらえない可能性がある。
かといって話してしまえば、今度はマナ一人が被害を被ってしまう。モンスターとは、転生者でも無い限りは脅威でしかない。そんな彼らを従える可能性のあるマナの力が明るみに出れば、大混乱を生じるだろう。
本気で頭を抱えようか、と悩んでいた、そのとき。
「トーヤさん、大丈夫です」
マナはトーヤに、力強く告げた。その目はどこか不安げではあるが、「覚悟」が宿っていた。
「マナ、いいのですか?あなたは“秘密にしてくれ”と言っていたではありませんか」
「はい・・・・・でも、いつかは知られることなので・・・・・・」
マナは、しっかりとうなずいた。彼女のなかでは、折り合いは付いているようだった。であれば、
「解りました。自分の口で伝えなさい」
外野はなにも言わない。彼女のしたいようにすればいい。
「はい!」
マナは力強く返事すると体を斜めに傾け、彼女の父親と母親に向き直る。
「あのね、お父さんお母さん。この前森に何度も行ってたとき会ったじゃない?」
「うん、あったわね」
「ああ。それがどうしたんだ?」
両親は訝しげな顔をしている。それはそうだろう。自分たちの「秘密」だ何だ話しているのを見ていたら、それは疑うのも無理はない。
「あの時ね、“フンワリキシチョウ”っていうモンスターさんの手当てをしていたの」
「モンスターの手当・・・・?!」
「マナ、危なくなかったの?!」
父親と母親は慌てふためく。自分の娘が恐ろしいモンスターと自発的に接触しているなんて聞いたら、心配もするだろう。
だが、本当に驚くのはここからだ。
「うん。私・・・・・・私ね・・・・・・」
マナはギュッとなだらかな胸に手を当て、大きく深呼吸すると、意を決したように前を向いた。
「私、モンスターさんたちの考えていることが、ちょっとだけ解るの。」
「「_____________」」
彼女の両親は、凍り付いた。彼女の言葉を聞いた瞬間に目を見開き、それ以上変化がない。しかし、そんな二人にもマナは語りかける。
「昔、私がモンスターに襲われかけてるって、騒ぎになったこと会ったじゃない?あれ、お話ししてただけなの」
「あの子、“シロちゃん”って呼んでるの。ドレッドファングっていう子なんだけど、白い毛が生えているからシロちゃん。この森で一番最初に話したモンスターさんなんだ」
「そんな感じで、この森のいろんなモンスターさんとお話ししてきたんだ。みんなが“フンワリキシチョウ”って呼んでいる子たちは“ぴよちゃん”って呼んでるんだけど・・・・・あの子たちが重い怪我をしていたから、ほっとけなくて・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ずっと黙ってて、ごめんね」
マナはひとしきりしゃべり終えると、どこか憑きものが落ちたような顔をしていた。こんな自分を隠していたことに、ずっとわだかまりを感じていたのだろう。
「す・・・・・・・・・・・」
やがて、母親が微かに口を開き、言葉を紡ごうとする。そして・・・・・・・・
「すごいじゃない!!なんでそんなすごいことを隠してたの?!」
目を輝かせながら、母親は彼女の手を取って喜んだ。
「・・・・・・・・・・・へ?」
「・・・・・・・・・・・は?」
マナは思わず素っ頓狂な声を漏らした。傍らで聞いていたトーヤも、唖然としている。
「だって、あんな危ないモンスターたちとも仲良くなれたんでしょ?!それって、すごいことだと思わない?!私は思うわ!!」
母親は口を両手で覆い、オロオロしている。その様子は困惑ではなく、どう見ても感極まって身の置き所がない、といった感じだ。
「いやぁ・・・・私の娘がこんな力を持っていたなんて・・・・・お前、もしかしたら前世が英雄とか勇者だったんじゃないか?」
「え、えいゆう、ゆーしゃ・・・・・?!」
父親も、感心したようにうなずいている。父親の方は感極まっているというより、いきなり打ち明けられた新事実に反応が追いついていない、というのが正しいだろう。先ほどから身を乗り出しては背を反らし、送り返している。
「え・・・・・・私のこと・・・・ばけものとか、言わないの?」
「なにを言っているの!!言うわけ無いでしょ?!」
「御伽噺でも、“竜と心通わす少女”っていう物語があるくらいだしなぁ。こう言うのって神聖なものだと思うけど・・・・・」
「し、しんせいなもの・・・・・・・・」
マナは父親の言葉に頬を染め、身をよじらせている。まさか自分がそんな大層なことを言われると思っていなかったのだろう。
「・・・・・・・・・ハハ」
トーヤはその光景を見て、思わず笑みをこぼした。
考えれば簡単なことだった。父親の言うように、「怪物と心通わす者」は神聖視されるものなのだ。「異世界の英雄の御伽噺」を信じて、わざわざ異世界から人間を呼び寄せる様な世界だ。よそから来た転生者。彼らがモンスターを操る「スキル」を持っていても英雄視されるのだから、こんな力を生まれ持った者がどんな風に崇められるか、わかりきっていたのだ。
案外、この世界はそんな者なのかもしれない。
大事に至ると思っていたことが取るに足らないことだったり、
なんてこと無いと思っていたことが大惨事だったり。
凝り固まっていたのは、どうやら世界ではなく、自分たちだったようだ。
「さて、親子仲睦まじいところ失礼しますが、我々が彼女と関わりを持った経緯について説明しましょう」
トーヤは和やかなムードを切り裂いて、本題に戻ろうとした。こんな空気を読まない行為はできればとりたくないのだが、このままでは先に進まないと思い、話を切り出したのだ。
「ええ。娘の話を聞いたら、なおさら気になります」
「是非とも聞かせてください。娘が関わっている以上、私たちも知る必要がありますから」
「・・・・・・・解りました」
トーヤは、マナが関わっている部分については洗いざらい話そうと思った。こういう経緯は正しい情報を伝えないと思いがけない問題が発生するし、何よりも彼らの誠意を示したいと思っている。
トーヤは、マナの両親にすべて伝えた。自分たちが「大規模なドラゴン(実際はタツモドキ)の過剰討伐」がこの森で確認されていたため、調査していたこと。そこに彼女と出会い、フンワリキシチョウたちの惨状を目の当たりにしたこと。彼女の手当がなければ、彼らはほぼ全滅する危険があったこと。そしてこのようにモンスターたちを無差別に大虐殺してきたのが、ほかならぬ「大間当司」その人である、ということ。
「そんな・・・・あの勇者様はそんなことを・・・・・」
「森でドッカンドッカンでかい音がしてたから、嫌な予感はしてたが・・・・・」
両親はその真相を聞いて、思わずうなった。モンスターの討伐を積極的に行うのはともかく、こうも大量虐殺を行うのはやはり彼らとしても異常なことらしい。特に
「フンワリキシチョウ」に手を出したことは彼らも眉をひそめていた。
「なんだか、私たちって異世界の勇者様を特別視しすぎてたみたいね・・・・・・」
「ああ。昨日の勇者様の暴れっぷりを見ると、この人たちがその場で処分してきたって言うのも納得するね。あんな力で暴れられちゃ、この村も危なかった」
両親はそう言っていた。
「部下に明日この詳細を説明するよう伝えておきます。うちからしっかりと説明すれば、皆様も納得なさるでしょう」
「解りました。隊長殿、わざわざありがとうございました」
「うちの娘の我が儘に付き合っていただきまして、本当に申し訳ありませんでした」
「トーヤさん、本当にありがとうございます!」
「いいえ。ご納得なされたのであれば何よりでございます」
マナたち三人は椅子から立ち上がり、深々とお辞儀した。今回の件を経て、家族の間の絆も深まったように感じる。
そして、出て行った彼女らと入れ替わるように、エミリアが部屋に入ってきた。
「隊長、あの様子ではうまくいった様だな」
「ああ、申し訳ないが、明日広場で今回の件について説明することを、今すぐみんなに伝えてきてくれないか?少なくともそれだけは必要だ」
「ああ、解った。私が代理で告知してこよう」
エミリアはきびすを返して部屋を出ようとした。が、ふと振り返ると、どこかトーヤが残念そうにしていた。
「隊長、どうしたのだ?なんだか落ち込んでいるようだが・・・・・」
「ああ、何でも無い。ただ・・・・・・・」
と、ふっと窓の方を向いて、上の空な様子で答えた。
「あの子を是非ともほしい、と思っていてな」
「あの少女を・・・・・?!なぜ?!」
エミリアは目を剥いて驚いた。
「彼女は一般人だぞ!!いくら取り調べで関わったからと言って・・・・・」
「解っているが・・・・・・彼女のモンスターと意思の疎通ができるというのは、非常に希少かつ有用な能力だと思っている」
トーヤはもぞもぞと布団に潜りながら、続ける。
「仮に調査部隊に配属になったとしても、現地調査の際に現場の安全の確保が格段にしやすくなる。執行部隊にはいれば、俺たちと転生者との戦いで関係の無いモンスターを巻き込む心配も少なくなるし、逆に強力なモンスターの協力を仰ぐこともできる、と思ってな・・・・・・あんな人材、この世をどこ探しても見当たらないだろう」
実際、マナのもつ能力は現世人はおろか、転生者にすら見かけたことのないようなものだった。モンスターを有無を言わさず「使役」する能力はあっても、モンスターと「会話」する能力は今までに見たことがなかった。転生者に対抗するにはぜひとも欲しい力だ。
とはいえ、結局はトーヤの希望的観測。何を言ったところで、本人がやる気にならなければ話にならない。それにトーヤ自身はスカウトする気もない。先ほども言った通り、マナ自身は一介の村娘だ。自分からわざわざこんな血なまぐさい世界に招き入れるつもりはない。
「エミリア。この前1週間滞在といったが、予定変更だ。モーガン氏に暗殺の手が忍び寄っているという話が出ている。明後日俺たちはこの村を出て、あとはほかの奴らに任せよう。このことも伝えてくれ」
「ああ。わかった」
とエミリアが返すと、トーヤはすっかり布団に潜り込んでいた。本人は強がってはいるようだが、まだまだ体調が悪そうだ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
エミリアは、布団の中で丸くなったトーヤの後頭部を見つめた。彼の色あせた様な金髪が、ベッドに広がっている。
思えば、彼には尋常ではない負担がかかっていた。彼には「スキル」もないし「ステータス」もない。「レベルアップ」の概念が通じないから、他の者と比べて成長が格段に遅い。それ故、人一倍どころか人百倍でも足りないような努力を強いられてきたのだ。これは決して誇張ではない。自分を追い込みすぎて骨を折ることは何度もあったし、魔力のコントロールに支障をきたして、自分ごと氷漬けにしてしまったこともあった。
そして、彼は「対転生者討伐戦」を一手に引き受けてもらってる。作戦の計画から「執行」まで、ほぼすべてに彼がかかわっている。しかもその前段階の「調査」にも積極的に参加していることから、彼にかかる負担は相当なものだろう。
だからこそ、エミリアはこういった「手配」や「後処理」を積極的に引き受けている。
「さて、会場の準備を進めるか」
と言って、エミリアは部屋を後にした。
その日の夜。マナは寝付けずに居た。
昼間に、エミリアたちから明日詳しい話を、つまり自分たちがトーヤから直接聞いた話をみんなにするというのだ。
それはつまり、この村人たちが「異世界の英雄」の幻想から解放されることを意味する。
「(すごいなぁ・・・・・あんなに強い転生者さんたちを相手にできるなんて・・・・そんな人たちが、この世界に居たんだ・・・・・・・)」
マナは、この村から出たことはなかった。出かける先も、モンスターの住む森ぐらいしかなく、それより外の世界を知らなかった。そして今回、その世界の一端を知る機会ができた。マナはそれに触れたことで、これまでにわかなかった、好奇心が、興味が、大きく膨らんできたのだ。
「(・・・・・・・知りたいな)」
もちろん、優しい世界が広がっているなど考えてなどいない。むしろ殺伐としていて、理不尽なことが当たり前のようになっているだろう。今回、目の前で見て、聞いたことのように。
だとしても。マナは外の世界を知りたい、という気持ちを抑えずには居られなかった。
「(・・・・・・・・・・決めた!)」
マナは、決意を新たにした。
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