第9話 「ハンディキャップ」

 トーヤが言い放った直後、当司は「ファイアショット」をチュドドドォン!!と撃ち込んだ。


「かっこつけているところ悪いけど、容赦はしないぜ!!」


 無数の火球がトーヤに直撃する。爆炎に包まれてその姿が見えなくなり、辺りに硝煙が立ちこめる。


「まだまだだ・・・・・・・“フレイムスロワー”!!」


 その硝煙の中に、当司は火炎放射を吹き付けた。煙は一瞬で吹き飛ばされ、空間を紅蓮に染める。そして・・・・・・・・・・・


「とどめだ・・・・・・・・・“サンダーボルト”!!」


 少年は両手を頭上に掲げ、ドームの天井に巨大な雷球を作り出す


「おいおい!!やり過ぎだろ!!」


「もうやめてやれよ!!」


 と、村人から悲痛な声が漏れる。そんな声も、当司には届かない。


「くらぇえええええええええええ!!」


 勢いよく両腕を振り下ろすと、ズバシャアアアアアアアアアアアアアアン!!と極大の雷が燃えさかるトーヤを貫いた。紅蓮に輝いていてその姿は見えないが、タツモドキはおろか、本物のドラゴンですら耐えきれるか危うい一撃だ。


「きゃああああああああああああああああ!!」


 村人はあまりの衝撃に悲鳴を上げる。フィールドの壁が、その衝撃波だけでおぞましく波打つ。


「と、トーヤさあああああああああああああああああああああああああん!!」


 マナはその衝撃波におびえるも必死に耐え、障壁に食らいつく。目の前の壮絶な光景を直視しながらも、彼の名を叫ぶ。


 もうもうと硝煙が立ちこめ、未だに雷球がほとばしる電流を湛えるそこを眺めながら、


「いやー・・・・・さすがにこれだけ撃ち込めば、大丈夫でしょ」


 と、当司は額を拭った。まるですがりつくゾンビを振り切ったような顔をしている。


「そ、そんな・・・・・・・・・・・・・・」


 マナはその場にへたり込んだ。村人もいつの間にか、ああ・・・・・・とため息を吐いている。


 やがて、硝煙が晴れてきて、その雷球があらわになると・・・・・・・・









 その中心にマントで全身を覆い尽くした、あふれんばかりの雷の魔力をまとうトーヤの姿があった。









「・・・・・・・・・・・・・・は?」


 当司は思わず素っ頓狂な声を上げた。いくら何でも、あのデスコンボを真っ正面から受け止めたのだ。生きているわけがない。


 やがて、微かにそのマントが揺れ動いたかと思うと、








 バフォオ!!とマントを翻して雷の魔力を吹き飛ばし、かわりに彼を中心にパキパキパキバキ!!と地面が凍てついた。辺りに硝煙の代わりに、美しい氷の結晶が舞い上がる。






「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 当司も、村人も、騎士たちも・・・・・皆が絶句する中、トーヤは右手で自分の左の脇腹を探った。そこから手を取り出すと、掌に血で濁った氷が張り付いていた。そしてトーヤはそれをしばし眺めた後、ギュッと握り込んで氷を割り、


「完治!!」


 といって、氷片をバラバラとこぼした。

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 一瞬、カーム村が歓喜の渦に飲まれた。まるで、「大魔法の勇者」大間当司が訪れたとき・・・・・否、それ以上の歓声が巻き起こった。


「うそだろ・・・・・・なん・・・・・で・・・・・・」


 当司は、全く理解できなかった。自分がこれまで打ち倒してきた敵は、皆自分の魔法の前に屈してきた。撃ち込んだ魔法はどれも1撃程度ですんだ。多くても3発を上回るかどうかで、大差ない違いだった。だからこそ、当司は目の前の状況が理解できない。


「大間当司“くん”」


「な、なんだよ!!」


 突然話しかけられた当司は、思わず身構える。彼が放つであろう罵声を警戒しての行動だ。

だが。


「ありがとうよ。莫大な雷属性魔法を俺に放ってくれてよ・・・・・おかげでぜ~んぶ吸収して傷を一瞬で治すことができたし、何よりも・・・・・俺の足りない魔力を底上げしてくれたんだからな」


「魔力を・・・・・・吸収・・・・・!?」


 当司は、その言葉の意味がわからなかった。これまでに倒してきたモンスターにも、雷属性が極端に効きにくい相手も少なくなかった。だが、そんな相性も無視して、内側から焼き焦がしてきた。ましてや吸収など、できるはずもなかった。


「悪いが俺は懇切丁寧に教えてやるほど、易しくはないんでね」


 といいながら、トーヤは当司に迫ってきた。しかも先ほどのように飛び回るのではなく、至って自然に。まるで町中を歩くように。


「く、来るなぁ!!」


 といって、当司は「ファイアショット」を連発する。錯乱した当司がとった行動は、闇雲に魔法を撃って迎え撃つというものだ。だがそれも命中精度はよくなく、大半があらぬ方向に飛んでいった。あるものはトーヤの真横を通り抜け、あるものはトーヤの遙か手前に着弾して爆発した。そして、運良く命中しそうになると、


「邪魔だ」


 といって、左手でいとも簡単に振り払われてしまう。


「うそだ・・・・・なんで・・・・・なんで、俺の“魔力”が効かないんだぁあああああ!!」


 半泣きになりながら、当司は闇雲に魔法を撃ちまくる。だがそれは軽くあしらわれる程度で、たいした成果も上げられなかった。


「クソッタレ!!こうなったら・・・・・・・“メテオーラ”!!」


 当司は「サンダーボルト」と同じように、両腕を天に掲げた。するとドームの天井に、雷球と同じように火球が生成される。


 ただ一つ違うのは属性だけでなく、その規模もとんでもないものだということだ。


「まずい!!トーヤ執行部隊隊長!!このままでは“フィールド”が壊れる!!」


 エミリアはトーヤに向かって叫んだ。「大魔法の勇者」の数々の魔法を防いできた障壁だが、この大魔法だけは防げない、と判断したのだろう。


「村人に告ぐ!!今すぐこの村を離れろ!!巻き込まれるぞ!!」


 と、エミリアは村人に向かって叫んだ。彼女の声を聞くや否や、


「うわぁあああああああああああああ!!」


 と叫んで散り散りに逃げ出した。当司が放とうとしている魔法、それはまさしく「あの現場」のクレーターを作った大技だ。数多のタツモドキを焼き殺し、地面すらも吹き飛ばした、凶悪無比な魔法だ。そんなものを放たれては、ひとたまりもない。ましてやここは村の中だ。最悪の場合、村人の命が危ないだろう。


 しかし、たった一人の少女の声で彼らの脚は止まることとなる。


「みんな、待って!!」


「「?!?!」」


 マナは未だにフィールドの内側に見入っていた。その彼女の目の前で、トーヤは左手を華麗に振るい、「それは必要ない」と合図を送っていたのだ。


「くらえぇええええええええええええ!!」


 と、当司は「サンダーボルト」と同じように腕を振り下ろす。それに合わせて、火球がズゴゴゴゴ・・・・・・とうなりながら落ちてくる。


「おいおい!!やべぇって!!」


「無理よ!!こんなの防ぎっこないわ!!」


 村人からは慟哭が上がる。それはそうだろう。モンスターですら見せたことのないような魔法に、彼ら一般人は恐れおののくしかできないからだ。


「フッ!!」


 しかしそんな彼らの前で、トーヤはその場で高く飛び上がった。ゆっくりと、しかし着実に落下する超極大の火球にトーヤは飛び付くと、がしっ!とそれをつかんだのだ。


「なぁっ!?」


 当司は目の前で起こったありえない光景に、目を剥いて驚く。そんな彼など無視し、トーヤはそのままメキメキメキ・・・・・と火球を左右にこじ開けようとする。


 そして。










「ウォオオオオオオオオオ、ラァッ!!」


 ボリュッ!!と火球を真っ二つに引き裂いてしまった。









 村人も、「転生者殺し」も、その光景にただ見とれていた。引き裂かれた火球は形状を失い、めらめらと燃えながら布のようにしぼみ、そしてはためきだした。そこをトーヤがつかんでいる場所から白く凍てついていき、瞬く間に完全に白くなってしまった。


 遠目から見たら、さながら少年が巨大な白い翼をはやしたかのように見える。

 そしてトーヤは引き裂いた火球「だったもの」を、そのままの勢いで振り下した。


「喰らい、やがれ!!」


 それはトーヤの手を離れると無数の氷柱に代わり、容赦なく当司に降り注ぐ。まるで氷の翼を羽ばたかせ、その羽ばたきで発生した吹雪をぶつけているようだ。


「やっべ・・・・・・”バリアブラ”!!」


 当司はトーヤの攻撃に対し、雷属性の防御魔法を繰り出した。膨大な魔力を持つ当司は、防御魔法の堅牢さも超転生者級だった。彼が一度「バリアブラ」を繰り出せばあらゆる攻撃を防ぎ、ドラゴンの歯牙でさえはじいた。


 やがて夥しい量の氷柱が地表に降り注ぎ、ドドドドドドドドド!!と雪崩のような轟音を立てた。並みの冒険者では防ぎようのないその一撃が、当司を襲う。


「すげぇ・・・・・・これなら・・・・・」


「いや、あの勇者様のことだ。この程度凌げるんじゃないか・・・・?」


 などと、村人は口々に推測を口にした。まるで先ほど当司がトーヤに食らわせたときのように、今度は彼が白い煙に飲み込まれた。外からその中の様子を見ることはできない。


 トーヤは大量の氷の魔法をぶつけた後、優雅に着地した。彼は脚力強化で足を補強しつつ、着地地点にに氷の床を何層も重ねて、着地の衝撃を和らげた。砕けた氷が、パァーン!!っと鳴る。


 そして白い煙が晴れたとき、また聴衆は驚いた。


「嘘だろ・・・・・・凍っている・・・!?」


「勇者様に魔法って、効かないんじゃ・・・・・!?」


 彼らの目に飛び込んだのは、自慢の防御魔法も容易く割られ、体のほとんどを氷漬けにされた当司の姿があった。


「(嘘だろ・・・・・なんでだ・・・・!?”バリアブラ”も張ってたし、”天罰”だって持っている・・・・・なのに、なんで俺は奴の魔法を食らったんだ・・・・・?)」


 正確には「トーヤの魔法」ではなく、「当司の繰り出した魔法の魔力を奪って、それをトーヤが利用した」だけのことである。だが、それでもなぜ自分が凍らされているのかが理解できない。本人が持っている「天罰」スキルも、全く発動せずにいる。


 そして、そのことが本人も気づいていなかった、当司のプライドを傷つけた。


「俺が魔法勝負で負けるなんて・・・・・あるわけねぇだろうがよおおおおおお!!」


 当司は猛々しく叫ぶと、自分の両腕両脚に、「魔力武装」を施した。四肢を覆っていた氷を無理矢理叩き割って解放する。


「来たな」


 一方で相対するトーヤはまるで警戒する構えを見せていない。というよりも普段から警戒しているため、わざわざ体制を変える必要がないのだが。


「ドラゴンの土手っ腹に穴を開ける一撃を、てめえにくれてやるぜ!!」


 と言って、当司が猛スピードで突っ込んできた。本来であれば、トーヤは絶体絶命のピンチだ。


 だが、トーヤはその場で軽く一歩前に出て、


「はいはい、すごいすごい」


 と投げやりな言葉を口にし、容赦のないハイキックを繰り出した。そしてその脚に、当司が自ら顔面を突っ込ませてきた。本来トーヤを殴るために飛び込んだのだが、その勢いを逆に利用されてしまった。


 そして、顔面にけりを入れるだけで済ますはずがない。


「どれどれ?」


 と言って、虚空を殴った右腕を、トーヤは何のためらいもなくつかんだ。ついでに自分の方にも引っ張り、吹き飛びそうだった当司の体を強引に引き戻すと、そのまま地面にたたきつけた。


「いでででで!!放しやが・・・・・・ぶぇ!!」


 のけぞる自分の体重を右腕一本で無理矢理引き留められ、当司の関節が軋み上げる。そしてたたきつけられた当司の顔面を、トーヤは無慈悲にも踏みつける。


「なるほど・・・・・凄まじい量の魔力がこの腕に込められているな・・・・・・・ただ腕力の強化や皮膚の硬質化だけじゃない・・・・・魔力そのものを使って、全体に薄い”魔力の鎧”を形成している・・・・・・しかもその硬度も尋常ではなく硬い・・・・・・・」


 そう分析したトーヤは、しかし自分のつかんだところから、右腕を凍てつかせていった。パキパキパキパキ・・・・・と当司の右腕が白く凍っていく。


 そして、


「・・・・・・・・・でも、所詮は子供だましか」


 といって、その凍り付いた腕を躊躇なく蹴り上げた。凍ったバラは固くなる一方、砕けやすくなる。つまりこの状態で魔力を込めた蹴りを食らったらどうなるか。








 ポキン、とあっけない音がして、当司の腕がもがれた。







「ぎゃあああああああああああああああああ!!」


「あー、わりーわりー。神経凍らせるの忘れてたわ」


 トーヤのあからさまな煽りも聞こえないくらいに、当司は痛みに悶絶していた。本来なら凍ったところは神経細胞も凍ってしまうため、まったく感覚がなくなってしまう。しかしトーヤはあえて神経細胞「以外」を凍らせることで、永続的に苦痛を与えるように仕向けたのだ。


 ある意味では、どの転生者よりも情け容赦がなく、もはや拷問だった。


「おれのおおおおおおおおお!!おれのうでがああああああああああ!!」


 切断されたところを抑えながら泣き叫ぶ当司の姿を見て、トーヤは眉をひそめた。断末魔を上げる彼の髪の毛をつかむと、


「うるっせぇんだよ!!少しは黙りやがれ!!」


「あああああああ、アバッ!?」


 当司の顔面に膝蹴りを入れた。それも1発ではない。4~5発連続で入れ、スラックス越しに骨がボキン、折れる音がするまでやめなかった。


 そして、つかんだ頭にゴギン!!とヘッドバッドを入れたのち、乱暴に投げ出したところに強烈な蹴りを食らわせて吹き飛ばし、一連の攻撃は終わった。


「フゲ・・・・・・フゲェ・・・・・・・・」


「哀れだな。」


 村人から「大魔法の勇者」としてあがめられた当司は、もはやいなかった。そこに居るのは、ギルドが定めた法に抵触して、手痛い制裁を受けた異世界からの無法者だった。


「なんで・・・・・・なんで俺の魔法は通らないんだよ!!」


 当司は、怒りのままにトーヤに怒鳴りつけた。その顔は目の前の少年におびえきっている。


「何でてめぇの魔法は防御魔法を無視して、俺の魔法は無効化されるんだよ!!それに“スキル”だって発動しねえし・・・・・なんなんだよ、お前!!」


「・・・・・・・・・・・・」


 トーヤは軽くため息を吐いた後、重く口を開いた。


「・・・・・・・・俺はネタばらしするときは、“絶対に次の一撃で殺せると確信したとき”と“必ず反撃を受けないと確信したとき”の二つが重なったときにすると決めているんだ。この二つが重なるときはかなーり希だから、お前はラッキーだぞ?」


 と、馬鹿にするような口でトーヤは自らの秘密を暴露する。自分から話すのもどうか、という話だが、正直これは外部がどうこうして改善したり、逆に利用されたりすることもほぼないので、その辺りは問題ない。


 そもそもこの「ネタばらし」自体、転生者を相手にする上でほぼ確実に絶望の底に突き落とす目的で行っているので、むしろこれで絶望してくれないと困るのだ。


「例えばお前の職業は“大魔導師アークウィザードLv.96”だよな?」


「え、あ、ああ・・・・・・・・・」


 唐突な質問に、当司は戸惑いを隠せない。


「こんな風に、この世界の人間には様々な“職業”と“ステータス”が割り当てられている。村人たちでさえ“村人”っていう職業が割り当てられて居るぐらいだ。・・・・・・だが」


 パチン、と指を鳴らすと、あの不可解なステータスウィンドウが現れた。

「うわっ!!気持ち悪っ?!」


 当司はその異様さに戦慄した。文字化けしたステータス、黒く塗りつぶされた顔写真、そして不気味にノイズの走るウィンドウ。これまでステータスウィンドウを見てきたが、こんなおぞましいものは見たことなかった。


「そうだろうな。何一つまともに表示されない“ステータスウィンドウ”・・・・・・でも、これはそういう風に細工しているんじゃない」


「は?」


 当司は、トーヤの言っている意味がわからなかった。そんな当司に、自身の秘密を晒した。







「“ステータス”“職業補正”“レベルアップ”・・・・・・・・こういった“システム”を、俺は受け付けない体質なんだよ」






 そう、これこそがトーヤの持つ「特異体質」。彼に「ステータス測定」を行っても、まともな値が反映されない。そもそも「ステータス測定」自体を受け付けないのだ。「転職」の魔法で「職業補正」を追加しても、なぜかそれが途中でキャンセルされ、職業欄はブランク・・・・つまり「無職」のままと言うことになる。


 故に、彼のステータスは見事に文字化けしてしまうのだ。

「お前の”知力”もまともに働かなかったのも、これが理由だ。お前がいくら”レベルアップ”したところで、俺へ干渉するときはただの”大間当司”としての能力だ」


 これはもちろん、「スキル」でも例外ではない。どれだけチートなスキルを持っていたとしても、それで世界最強になれたとしても、この少年にはその「最強」は通用しない。どれだけ超常的な力だとしても彼に干渉することはかなわないのだ。


「じゃあ・・・・・・」


 これを聞いた当司は、しかしなお理解が追いついていないようだ。


「じゃあ、余計解らねぇよ!!何で俺の魔法が無効化されるんだ!!なんで雷魔法はお前に吸収されたんだ!!」


 そう、これだけではこのことに説明ができない。彼の話ではあくまでも「自身の」ステータスに関する話だけだ。当司の魔法が無効化される理由の説明にはならない。


「それは、お前の魔法が“レベルアップ”で覚えた魔法だからに決まっているだろう?」


 しかし、トーヤはその一言で質問をバッサリと切り捨てた。


「さっき言った“転職”の魔法だが、実はこれを施す際、あらかじめ特技なり魔法なりの扱い方が“プログラム”されているんだ。これを実戦経験を積むことでその特技や魔法の出し方を“思い出す”んだ。正確にはレベルアップで“覚える”んじゃなくて“解放される”っていうのが正しいんだよ」


「え・・・・・・・・・・?」


 当司は、右腕に走る激痛すら忘れ、その驚愕の事実に呆然としていた。


 おかしいとは思っていた。なんで異世界に渡ったときに「ステータス」や「職業補正」の概念があるのか、敵を倒すだけで「レベルアップ」できるのか。そして「レベルアップ」するだけで魔法が覚えられるのか。その疑問が、彼の言葉で解決できた。


 そして彼には、さらなる衝撃が走ることになる。


「でも、この“出し方”はあくまで万人共通のもの。ただ教え込まれたやり方だけじゃ、当然本人が扱いやすいかといわれると疑問なんだよ。だから、経験を積むにつれてその出し方を自分なりにアレンジしたり、力加減を調節したりする。そうすることで、たとえ同じ名前の特技や魔法でも、若干の個人差が出てくるんだ」


 だけど、とトーヤは続ける。


「お前はその暴力的な魔力に任せて、やりたい放題魔法をぶっ放してきたんだろ。魔力の効率も考えず、ただ威力だけ出そうとするあまり、力加減も、魔力のコントロールもしたことないだろ。魔法一つ放つのに”密度”を持たせることもなく、ただただ魔力を”押し込める”。そんな乱暴なやり方で制御できると思うなよ」


「・・・・・・・・・・・・・!!」


 そう。当司はそういった「魔力のコントロール」についてのレクチャーなど受けたことがない。元々「大魔法の勇者」として崇められてきたため、教わる機会どころか、教える必要さえないと思われていたのだろう。


「それに」


 トーヤは自分の羽織っているマントの裾をつかみ、広げた。


「このマントは“トワイライトナイト”という防具の一種で、“フンワリキシチョウ”の羽毛から作られている。この羽毛には静電気から雷属性の魔力を生成し、それを増幅させ、ため込む性質がある」


 トーヤは裾から手を離すと、今度は襟首の羽毛のファーを撫で始めた。


「そして驚くべきは、過剰な量の雷属性魔力をため込んだ時、その一部を本体に吸収させ、体内から癒すことができるっていう性質も併せ持つんだ。お前の場合は魔力が大きすぎて、体内から癒すどころか、俺自身の魔力を増幅させることになったみたいだがな」


「待てよ!!俺の魔法は無効化するんじゃないのか?!矛盾してるじゃねぇか!!」


 当司はトーヤの説明に納得いかず、かみつくように怒鳴りつける。彼の言う通り、本来であれば彼に魔法が触れただけで霧散してしまうはずである。なのに、魔力の吸収を行うことができるなど、ちぐはぐな現象が起こっているのだ。納得できるわけがない。


 しかし、それにもしっかり理由があった。


「そりゃー俺に”直接”サンダーボルトが当たっていればそうなっただろうな」


「ち、”直接”・・・・・・?!」


 当司は、トーヤの言葉を繰り返した。


「お前の魔法の挙動はすげー素直だったから、俺の頭上から落としてくるのは目に見えていた。だから俺はわざわざこのマントで俺に直接当たらないようにして、優先的にこのファーに当たるようにしたのさ。・・・・・・・しゃがんだ時に、敗れた皮膚から血が噴き出したけどな」


 といって、自分の左の脇腹をさすった。コートの内側の黒いシャツは赤黒い鮮血に染まっていて、その生々しい傷跡を物語っていた。


「な・・・・・そんなふざけたような作戦で・・・・・・」


「ふざけちゃいねぇよ。お前は頭を狙われて、そのまんま晒して脳天を打ち抜かれるのをわざわざ待つのか?」


 ま、お前ならそのご自慢の魔力で防げるだろ、とトーヤは吐き捨てた。しかし誰だって頭部を狙われたら、腕か何かで思わずかばう。当司だってそうするだろう。当司は思わず唇をぎりっ、とかむ。まだ納得のいかない部分はある。


「だけど・・・・俺の“魔力武装”は俺のオリジナル技だ!!お前がその“システム”ってやらに関わっていないこの魔法なら、無効化される分けないだろうが!!」


 彼が土壇場で身につけた「魔力武装」。具現化させた魔力を四肢にまとって、格闘行うことのできる魔法だ。これは「システム」で覚えた魔法ではない・・・・正真正銘「オリジナル」な魔法なのだ。


 そもそもトーヤがこうやって魔法を使うことができるのは、魔法そのものはこの世界を司る「物理法則」であり、れっきとした「技術」だからだ。トーヤが受け付けないのは、あくまでも「システム」に則ったものだけだ。故に既存の技や魔法にかなりアレンジを加えられたり、全く別のものに改造されてしまうと、「システム」から外れるため、無効化できなくなる。


 だが。


「同じだよ」


 トーヤはそれをいともたやすく否定した。


「確かに“魔力武装”はお前独自の魔法だよ。ほかの誰もが教えたわけでもない、お前自身のものだ。だが、そのコントロールも、本当にできていたのか?」


 冷たい目で、トーヤは当司を見下ろす。


「できてないだろうね。お前の“武装”自体は非常に強固だが・・・・まるで“密度”がなかった。外側だけ固めて、肝心な中身がスッカスカだった。そりゃそうだよな。ただ魔法を撃つだけでも全く圧縮しないもんな。偶発的に体得したのだろうが、0から生み出した魔法でそんな繊細なことを、お前ができるわけがない。だから俺の魔力で容易に“浸食”できたし、本来ならある程度対抗できたはずの“凍結”も許してしまった。・・・・・・・・・・この辺は“スキル”にかまけていたからってことかな」


 あの膨大な魔力を持った「メテオーラ」の魔法を引き裂き、自分の攻撃魔法に転用できたのも、これが理由だった。全く密度がなく、ただ強力な炎属性の魔法の塊でしかなかった。だからトーヤはそれをつかみ、真っ二つにしたばかりか、自分の魔力で「氷の翼」として転用できてしまったのだ。


 受け入れがたい事実に、当司は気が狂いそうだった。


「なんだよそれ・・・・・・ふざけんなよ!!」


 当司はその巻きあがる激情に任せて叫んだ。それは怒りか、あるいは絶望か。


「自分は魔法が使えて、他人の魔法やスキルは効かなくて・・・・・そんなん、”反則”じゃねーか!!」


「・・・・・・・・・・あぁ?」


 当司の言い草に、トーヤは顔をしかめた。


「そんな”チート能力”にどうやって勝てっていうんだよ!!無理ゲーじゃねーか!!」


 そうわめき倒す当司を見て、トーヤはこれまでで最も険しい顔つきを見せた。


「なあ・・・・・・・一つ聞いていいか?」


「なんだ!!文句あるんなら言え!!」


 トーヤの言葉に、当司はかみつく。そんな彼に、トーヤは決め手となる一言を突きつけた。





、一体何人の奴に言わせてきた?」






「________________」


 先ほどまで負け犬のように吠えていた当司は、完全に言葉を失った。ぽかん、と口を開けたまま、茫然とトーヤの顔を見上げていた。眉に深いしわを刻んだトーヤの口元は、ニ”ィ・・・・と、いびつに笑っていた。口角が、ピクピクと痙攣している。


「お前はどんな悪党だろうが、伝説の戦士だろうが、その魔力で跳ね除けて来ただろう・・・・・?そいつらは言っていなかったか?”こんなの勝てっこねぇ!!””反則じゃねぇか!!”ってな」


 そして、ツカツカツカと早足で寄ってきたトーヤは、当司の胸ぐらをつかみ上げた。


「そいつはテメェが言わせてきたんじゃねぇか!!人にはそんな力振るっておいて、モンスターも、環境も、ぜーんぶ滅茶苦茶にしやがって!!テメェが振るわれりゃやれ”反則だ”やれ”チート”だ、ほざきやがって!!何様だテメェは!?転生者様か!?異世界の勇者様か!?」


 トーヤはこれまでにたまった怒りを爆発させた。これまで何人もの転生者を屠ってきたが、それでもこの心のわだかまりは晴れなかった。そして転生者は皆、決まって「こう」言う。


「大体なぁ!!テメェらは恵まれてんだよ!!女神様だか神父様だか知らねぇが、そいつらに”力”をもらってんだからよぉ!!」


 そうして、トーヤは自身が感じてきた、未だに感じる心の闇を口にする。


「いいよなぁ。お前らは楽でよ。敵をテキトーに倒してりゃ勝手に”レベルアップ”して?”ステータス”も上がって?ドンドン”スキル”も覚えて?やってみてえよ」


「トーヤ・・・・・さん・・・・・・・・・・」

 彼の言葉を聞いていたマナは、呆然としていた。騎士たちも、村人も黙り込む。しかし村人はそのただならぬ怒りと怨み言に唯々茫然と聞き入っているが、騎士たちは気まずそうに下を向いている。唯一素顔を晒しているエミリアも、苦い顔をしている。


「俺はな、いっくら戦ったって”レベルアップ”しねぇんだよ!!目に見えて身体能力が上がるわけじゃねぇし、魔力量だって全然増えねぇし、みんなが普通に使っている魔法や特技だって勝手には覚えられねぇ!!人がやっているのを自分なりに真似て、分析して、それっぽいのを出せるようにして!!ようやく出せるようにしてきたんだ!!」


「魔力量が全然増えねぇから、魔法は威力じゃなくて”精度”‚”燃費”を求めた!!狙った場所を的確に凍らせたり、それだけじゃ足りねぇから狙った方向に狙った距離だけ氷柱が伸びたり、時には相手の魔力を利用できるように”奪う”方法も模索してみたり!!」


「本当に何でもやった!!文字通り血を吐くまで体も鍛えまくったし、魔力の理論も一から学びなおして、魔法を放つ構造を分析して、机にも何時間もしがみついた!!これだけやって!!ここまでやって!!俺は駆け出しの冒険者にすら劣るんだぞ!!」


「お前たちがやいのやいの言っている”職業補正”、俺も受けたかったよ!!向こうじゃ職業についてない奴は”ニート””社会不適合者”なんて呼ばれているんだってな!!おかげで俺はお前たちからすりゃ”プータロー”だよ!!」


「この体質はな、言わば”この世界から嫌われている”ってことなんだよ!!デメリットしかねぇんだよ!!それを”チート能力だ”なんて言いやがって!!わかるんか?!なあ!!わかるのかよ!!何をしたって平均以下の奴の気持ちがわかるかよ!!」






「貰い物の力で成り上がったくせに、イキッってんじゃねぇ!!ここまで積み上げてきた”力”は、俺の”努力”だ!!それを”チート”なんてチープな言葉で片付けんじゃねぇ!!」









 だから、彼は「対転生者」としては優秀なその「体質」に頼りたがらないのだ。自分はこの世界から見放されたも同然なこの体質を、さも特別な「力」だと決めてかかる。彼自身はそれでどれだけいらぬ苦労を強いられてきたかも知らずに。


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 この場に居た全員が、言葉を失った。彼の心からの叫びに、その「システム」の恩恵をなんの疑いもなく受けてきた彼らは、今一度その立場を顧みていた。「なぜシステムを享受してきたのか」「そもそも、その“システム”はなんなのか」。これまで当たり前だと感じてきたものに、疑問が投げかけられる。


 そんな彼らをよそに、トーヤはついにシュラ・・・・と剣を抜く。


「さて、これ以上お前からはなにも無さそうだな・・・・・・じゃあ、処刑といかせてもらうぞ」


「な、おい!!なにするんだよ!!」


 少しずつ後ずさりしながら、当司は顔を真っ青にして必至に腕を振り乱す。


「なあ、頼む。お願いだ!!命だけは・・・・・命だけは助けてくれ!!」


「・・・・・・命だけは・・・・・・・・・・?」


 当司の言葉を聞くと、トーヤはクス・・・・・と笑った。その表情は男性とは思えないほどかわいらしく、「天使」とでも比喩できそうなものだった。


 そんな顔で、トーヤは当司を絶望の底に突き落とす。


「散々ドラゴン(ホントはタツモドキ)を無差別に殺し回ったお前を、今更助けるの?」


「いやだああああああああああああああああああ!!」


 とうとう、当司は大泣きしながら発狂した。残った左手で頭を抱え、立ち上がって逃げる、ということさえ忘れて芋虫のようにくねらせる。とは言え、起き上がろうにも彼の居る地面ごと凍らされて絡め取られるのが落ちだが。


「なあ、俺はどうすればよかったんだよ!!」


「どうすれば・・・・・・・・・・・・?」


 先ほど見せた笑顔が嘘のように、トーヤは険しい顔つきで当司を見据えていた。


「俺だって、ただ冒険者として生活していただけなんだ!!そりゃみんなに“大魔法の勇者”って呼ばれて舞い上がっては居たけど・・・・・・俺のなにがいけなかったんだよ!!」


「あきれた。だから言っているだろう?“名門魔導師の名誉毀損”、それに“魔獣保護法違反”・・・・・・・・・だけど、実際はもっと簡単な話さ」


 そう言うと、トーヤはヒュンヒュン、と剣を軽く回した後逆手に持ち替え、引き絞るように身構えた。


 そして、






「ただ自重してりゃよかったんだよ!!この糞イキリチート野郎が!!」


 叫んだ、刹那。当司の首が真上に飛び上がった。








「うわぁああああああああああああああ!!」


「_______________!!」


 村人から悲鳴が上がり、どよめいた。食い入るように見ていたマナはそれをもろに見てしまい、その場に腰を抜かしてしまった。


 トーヤは、その当司の胴体の背後に居た。一瞬で間合いを詰め、敵を即死させることもある剣技「居合抜刀術:打首」。本来は「サムライ」という職業のスキルではあるが、トーヤはそれを見様見真似で再現し、さらに独自のアレンジを施している。


 その用途は「処刑」。確実に敵を「処刑」することに特化させた「奥義」であり、敵を確実に即死させる代わりに命中精度を犠牲にしている。


 トーヤは剣を持ち替え、ヒュン、と軽くふるって血払いした後にキン、と納刀した。その直後、ゴトン、と当司の首がトーヤの背後に落ちた。


 少年は振り向き、その首を拾い上げた。その首の表情も、トーヤの表情も、外からどんな様子なのかは窺い知れない。

 やがて、


「・・・・・・・・・・・・お楽しみ無双は来世に期待しな」


 とつぶやくと、トーヤはその首のまぶたを手でなでるようにして閉じさせてやると、体につながるように寝かせておいた。無論首がつながってよみがえる、なんてことはないのだが、トーヤが異世界からの無法者に対して見せた、唯一の礼儀だった。


 そして、トーヤはエミリアの方へ歩いてくる。


「終わったのだな、トーヤ隊長・・・・・・・・・」


「エミリア副隊長。これから俺たちは最低1週間はここにとどまり、現場の調査と整理を行う。だが、一つ、頼みがある」


「ああ。任せろ」


 エミリアは何かを察したらしく、騎士たちに指示を出し、十字架型の器具を操作させる。すると値のように赤かった「フィールド」の壁がスゥ・・・・・・と美しい青緑色に輝き始めた。「フィールド」にはモードがあって、被害を最小限に抑えるための「完全隔離モード」と、関係者以外を侵入させない「限定立入モード」がある。


 そして、トーヤはその壁をすり抜けて出てくると、青い顔をして騎士たちに取り押さえられている少女_____紗綾の元へ歩み寄ってきた。彼女は手枷をはめられ、鎖でつながれている。


「・・・・・・アンタ。せめてもの情けだ。奴の顔を見てくるといい」


「・・・・・・・・・・・・」


 少女はなにも言わず、トーヤに手綱を引かれる。少女を引き渡した騎士はその場を

離れ、「フィールド」のさらに外側にもバリケードを張り始める。その様子を、呆然とした表情でマナは見つめていた。


「何をしているか、気になるのか?」


「ひゃいっ!?」


 突然話しかけられ、マナはビクッ!!と飛び上がった。振り返ると、腰を抜かしたままの彼女を優しく見下ろす、自分と二つぐらい上の少女の騎士が立っていた。


「本来であれば一般人に見せるのは良くはないのだが、君に関しては無関係とはいえないからな。特別に見せてあげよう」


「は、はい・・・・・・・・・・」


 村人がバリケードの外側に追いやられる中、マナはただ一人、エミリアとともに「フィールド」の外からその様子を見守る。中ではトーヤが少女の手枷を外し、少女は首を切り落とされた当司の顔をのぞき込んでいた。


「当司・・・・・くん・・・・・・・ほんとうに・・・・・・」


 少女はうつろにつぶやきながら、当司の首を恐る恐る持ち上げる。持ち上げた頭は予想以上に軽く、紗綾の両手で持ち上げられるほどだった。それもそのはず、その首は、少年の胴体につながっていない。命の鼓動を生み出す心臓と、つながっていないのだ。


 やがて、紗綾は眠ったように目を閉じた首を自分の胸に寄せて、抱きしめる。


「ほんとに・・・・・・しんじゃった・・・・・とうじ・・・・くん・・・・・・」


 ボロボロと涙を流しながら、紗綾は嗚咽を挙げながら、なおも言葉を紡ぐ。それは目の前の現実を受け入れられない自分を、納得させるためのように見える。


 その様子を、トーヤは通夜に来たような表情で見届ける。やがて、ひとしきり紗綾が泣いた後、重々しく口を開く。


「そろそろどうだ?」


「・・・・・・・・・・はい」


 紗綾は涙声ではあったが、しっかりした声で返事する。抱いていた首を元の通り寝かせると、トーヤを見上げる。


「さて、あんたは解っているようだが・・・・・・こいつは“名誉毀損”“過剰な討伐行為”を働いた。実行犯はこの男だが、一緒に居たアンタも共犯者だ。だから、ここにいる」


「・・・・・・・・・はい」


 その目に光はなく、自身がたどる運命を受け入れようとしているように見える。


「しかし、コイツと同様に横暴を働いたのであればともかく、アンタ自身は危害を直接加えていた訳ではない。だから、本来ならこのまま留置所でしばしおとなしくしてもらって、裁判を受けてもらう・・・・・・だが」


 というとトーヤはしゃがみ込み、手に取ったあるものを紗綾に見せた。右手には先ほどまで少女がはめていた手枷、その鎖が握られている。


「ここで、俺たち“対転生者特別防衛機関”は、ある程度お前の処遇について決定する権限を持つ。一つは、このままアンタの持つすべてを失い、この世界で一生犯罪者として暮らすこと」


 そして、左手には。


「もう一つは、コイツと同じように処刑されることだ」


 先ほど当司の首を撥ね飛ばした、剣が握られていた。光を失った少女の瞳孔が、広がるような気がした。そんな彼女のことなど気にもとめず、トーヤは鎖を持った右手を彼女の目の前に差し出す。


「前者ならまだ生き続けることはできるが、容赦ない罰を受けるだろうな。出所した後もお前たちを快く思わない連中につきまとわれるだろう。陽の下には一生出られないことは覚悟した方がいい」


 そして、もう一方の剣を握った左手も差し出した。


「後者は、今ここで人生を終わらせることになるが、こういった苦痛を受けることはない。・・・・・・・さあ、どっちを選ぶ?」


 それは究極の選択。挽回のチャンスを狙い、すべてを差し出す覚悟で刑務所で暮らすか。それとも自身の命を差し出してきれいなままで終わるのか。人間であれば当然「生きたい」と思うだろう。


 だが、


「・・・・・・・私は」


 少女はトーヤの左手の、剣を納めている紗綾に手を添えた。


「こっちを選びます」


「・・・・・・ほう・・・・・?」


 トーヤは彼女の答えに、微かに口の端を上げた。


「彼を止められたにもかかわらず、私は彼と一緒に色々なことをしました。これには私にも責任はあります。それに・・・・・・・・」


 そして紗綾は微笑み、決して豊かではない胸元に握った手を添えて、


「・・・・・・・・・彼は、私の幼馴染みですから」


 と、答えた。


「・・・・・・・なるほど。解った」

 トーヤは少女を立ち上がらせると、当司の遺体から少し離れたところに座らせる。紗綾は美しい正座で、背筋を伸ばして構える。


「最期くらいは、“人間”として扱ってやる。“転生者”ではなくて、な」


「ありがとうございます」


 短くやり取りすると、紗綾は自分の長い髪をまとめ、団子状に丸めた。トーヤはそのくくっている部分を凍らせ、ほどけないようにした。


「安心しろ。一瞬で終わる」


「・・・・・・・・・・・はい」


 紗綾はトーヤを振り返らずに答えた。正面に当司を見据えた紗綾は、彼の姿をその目にしばし焼き付けたのち、目を閉じた。


 そしてそんな彼女の背後にトーヤは剣を抜き、立っている。ちょうどその後ろ姿はマナとエミリアに映るように、すなわち直接「処刑」するところを見せないようになっている。


「・・・・・エミリアさん」


「どうした?」


 マナはその姿を見て、エミリアに問いかけた。


「彼は・・・・・いつもこんなことをしているんですか?」


 マナは少年の首を撥ね飛ばし、少女も同じように処刑するトーヤについて、疑問を抱かずには居られなかった。自分と大差ない年の少年が、どうしてこんな非人道的で過酷なことをしているのか、わからないのだ。


「・・・・・・・・君にはかなり残酷なことをしている様に見えるだろうな。モンスターにすら心通わすことのできる君なら、尚更だろう」


 だが、とエミリアは付け加える。


「我々は、こうでもしなければならない理由がある。戦って、助けて、殺して。そんなことをやっているんだ。彼だけじゃない。ここだけじゃない。世の中って言うのは、そうやって回っているんだ」


 語るエミリアたちの前で、トーヤは剣を両手で持ち、振り上げた。真下に振り下ろす構えではない。斜めに構えて、首を同じようにはねるように薙ぐ構えだ。


「そして」


 エミリアが言葉を紡ぐその瞬間、その剣を振るった。







「人生って言うのは、その積み重ねだ。トーヤ隊長・・・・・彼も、その立場に身を置くだけの体験と、経験を積んできたのさ」







 異世界から来た無法者。その彼に恋い焦がれる少女の首はきれいに切断され、宙を舞った。介錯した少年の姿は残酷で、陰惨で、しかし妙な美しさと格好良さを覚えさせた。


 マナは、その後ろ姿に唯々見入っていた。

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