第3話 森の姫と壊された楽園

「私は、”マナフィア・イフィニアート”って言います。言いにくいので、マナって呼んでください」


 少女は自分の名を告げながら、足元にいたフンワリキシチョウの一羽を抱え上げた。


「この子達は”フンワリキシチョウ”ちゃんたちです。”ぴよちゃんたち”って呼んでいます」


「いいか!このなはひめだけにしかゆるしていないぞ!かってによんだらおこるからな!」


 ピー!、とフンワリキシチョウ・・・・・ぴよちゃんの一羽はそう憤った。


「なるほど。俺は”エンデ”の”トーヤ・グラシアルケイプ”だ。そいつらに何かあったのか?」


 トーヤはとりあえず礼儀として、自らも名乗ることにした。いくら自身が「執行部隊」とはいえここで名乗らなければ礼儀に反するので、彼女に自身の名を伝えておく。


「実はこの子達なんだけど・・・・・」


 とマナが彼らの事情を説明しようとした時だった。


「ひめ!!われわれのことはおきになさらず!!」


「だめですっピー!にんげんのてをかりるわけにはいかないですっピー!」


「こんなうさんくさいれんちゅう、しんようなりませぬっピー!」


 ぴよちゃんたちが猛抗議する。人間に対する不信感というか、そういたものが根強く残っているようだ。


 だが。


「でも、あなた達もわかってるでしょ?もうこれはあなた達だけじゃどうにもできないの。ここは恥を忍んででも、ギルドの人たちに協力してもらいましょ?」


「う・・・・・・」


 抱かれた個体も、足元にいる個体も、言葉に詰まったようにしょぼくれた。彼らにも急を要する事情があるのだろう。


 やがて、抱きかかえられた個体が彼女の腕の中からぴょんと飛び降り、トテトテと歩き始めた。


「ついてこいっ!こんかいはひめのごこういにめんじて、わがさとにはいることをみとめよう!」


 と、嫌々ながらついてくるよう促した。


「ネロ、正直俺は嫌な予感がする。念のためすぐに帰る準備をしておけ」


 と、トーヤは小声でネロに話しかけた。


「わかった。何かあったらすぐに戦力を———————」


「ちがう」


 ネロの耳打ちを、トーヤは否定した。


「逆だ・・・・俺たちはもっと凄惨なものを見るかもしれない」


 トーヤは、鬼気迫る表情でそういった。









 フンワリキシチョウ。それは先にも述べた通り、希少性の高いモンスターである。その可愛らしい見た目もさながら、驚くべきはその知性である。彼らは「キシチョウ」と呼ばれるように、他のモンスターにはない社会性を備えている。そんな彼らは互いに協力し合い、そしてある種の「文明」のようなものさえ築いている。


 そんな彼らの棲む里、それが「キシチョウの森」。カーム村が辺境の地とはいえ、人里にこんなにも近い場所にあるとはだれもが知らなかった。そしてそんな里は、





地獄と化していた。





「オイオイ・・・・・なんだよこれ・・・・・!!」


「うっ・・・・・・・・・・・・」


「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」


 ネロはその光景に、一瞬めまいがした。職員の男性も、口を押えている。

それもそのはず。目の前に広がっていたのはフンワリキシチョウの築いたふわふわな建造物の立ち並ぶファンシーな世界にそぐわない、何羽ものフンワリキシチョウが寝転がって呻いているさまであった。そんな状況をここ数日の間見ていたマナやぴよちゃんたちは、黙りこくっている。


「くるしい・・・・くるしい・・・・・」


「いたいよー・・・・いたいよー・・・・・」


「むねん・・・・むねんの・・・・きわみ・・・・」


 彼らは涙を流しながら、それでも死ねずに喘いでいる。表のタツモドキたちの亡骸の方が、まだ精神的に楽な光景であった。


「ふかく・・・・こんないきざまをさらすなら・・・・・」


 と、不意に寝転がっていた一羽が大きく羽毛を逆立て、輝き始めた。


「まずい、”自爆”するぞ!!」


 ネロが叫び、男性職員とトーヤもそれに倣って退避する。しかし、マナやぴよちゃんたちはどこうとしない。


「何をやっているんだ!!君たちも巻き込まれるぞ!!」


 とネロは叫んだが、彼女たちはどかない。なぜならば・・・・・


「この子たちは・・・・・・・」


 と、マナがつぶやくと、一羽に宿り始めていた輝きが一気に収束していき、羽毛もぺたりと寝てしまった。


「ふう・・・・・ふうぅ・・・・・」


 あまりにも体力を消耗しすぎて、もはや「自爆」すらできないほどに衰弱してしまったのだ。よく見ると皆、綿毛のようなものを巻いている。その内側にはかすかにだが、ひどく焼けただれた様な跡が見える。


「これは・・・見た限り”炎属性魔法による火傷”ですね・・・・彼らは防御陣形を組めばタツモドキのブレスさえ凌ぎ切るというのに・・・・・どうして・・・・・」


「件の転生者、だろうね」


 ネロはやるせなさそうに言った。


「大方奴がこの子達の一羽を見つけて、”レアモンスターだ!”なんていって手出しをしたんだろう。それに反応した子が仲間を呼んで立ち向かったけど、”フレイムスロワー”かなにかで焼かれて、命からがらここへ戻った、って感じでしょ。この綿毛はそこのお嬢さんと一緒に探して、できるだけの治療はしてきたって感じだね」


「「・・・・・・・・・・・」」


 マナもぴよちゃんも何も言わない。何も言わないということは、そういうことなのだろう。


「フンワリキシチョウは希少種だ。下手に人の手を借りるわけにもいかないし、そもそも彼らは人を拒んでいる。だから心交わしている彼女一人でどうにかするしかなかったんだろうね。今君たちがこの森を歩いていたのも、きっと薬草を探していたからなんだろうね」


「・・・・・惨い・・・・・あまりにも惨過ぎる・・・・・・」


 重苦しい雰囲気があたりを包み込む。目の前のファンシーな世界と、それに似合わない惨状が広がっている現実。彼らは胸が締め付けられるような思いがした。


 と。


「・・・・・・けやがって」


 トーヤがぼそりとつぶやいた。そして、


「ふざけんじゃねぇ!!なんでこいつらがこんな目に合わなきゃいけねぇんだ!!」


 と叫びながら、まるで翼を広げるように上体を大きくそらし、腕を大きく広げた。それからトーヤは、


「ウオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 と絶叫しながら腕を振りかぶり、パキパキパキパキ!!とフンワリキシチョウたちを凍てつかせた。


「な、ちょ、トーヤ君!!」


「きゃああああああああ!!」


 突然の蛮行に、ネロはうろたえる。男性職員も目を見開き、マナも思わず顔を覆った。


「きさま!!やはりなかまにてをかけるつもりだったか!!」


 と、ついてきたぴよちゃんが一斉に憤った。


「おのれ、てきじんにしのびこんで、よわっているところを———————」


 と御託を並べながら、戦闘態勢に入ろうとした、その時だった。


「ネロ!!今すぐギルドの調査部隊に連絡しろ!!早くこいつらをギルド本部で保護するんだ!!」


「「「!?」」」


 しゃきん!と槍を構えたぴょちゃんたちだが、彼の言葉に目を見開く。


「俺は火傷の治療は無理だが、冷却することである程度症状を緩和させることはできる!!今ならまだ間に合う!!早く!!この懸命に生きる命を!!今ならまだ助けられるんだ!!」


「あ、うん!・・・・・・・・・キミ、今すぐ本部に緊急連絡を入れろ!冷却魔法を搭載した”輸送機”を手配させるんだ!!”生活部隊”の人員も数人投入しろ!応急処置の出来る子が欲しい!!ヒーラーがいればなお助かる!!」


「は、ハッ!!」


 ネロはその場から走り出しながら的確に男性職員に指示を出す。男性もすぐにその場から離れ、「通話魔法」が使える場所まで移動する。


「と、トーヤさん・・・・・・」


 マナは、心配そうにトーヤの顔をのぞき込む、彼はフンワリキシチョウたちの方に両手をかざしたまま、深呼吸を繰り返している。


「マナ、大丈夫だ・・・・・必ずこいつらは助ける!人類の誇りにかけて!!」


「!!わかった・・・・・お願い!!この子達を助けて!!」


「ああ!!」


 マナはトーヤに頼むと、勢いよくネロたちの後を追いかける。きっと彼らに指示を仰ぐつもりだろう。


 そしてトーヤは、傍らにいたぴよちゃんの一羽に話しかける。


「おい、お前たちは人間不信なんだよな?!だったら交換条件だ!!俺たちはこいつらを救う!!だから今、この瞬間の映像を収めさせろ!!」


「な、なんのつもりだ!!われわれにこれいじょうしゅうたいをさらさせて、どうするつもりなのだ!!」


 と、トーヤの首筋にそのランスの切っ先を突き付ける。だが、トーヤは臆することなく叫ぶ。


「決まってんだろ!!こんなことした奴をぶっ殺すんだよ!!」


「・・・・・・・!!」


 ぴよちゃんは彼の返答に再び目を見開いた。それでも切っ先は彼の首をとらえたままだが、彼は構わず続ける。


「まずはありのまま映像を一つ、そして現場にこびりついた魔力を映し出したものを・・・・・・・・ハァ・・・・・・・・一つ!!単純に証拠があるだけで法律で裁くことができる!!・・・・・ハァ・・・・・・・・さらに魔力を解析して・・・・・・・・”奴”の魔力だとわかれば・・・・・・そいつを処分することができる!!」


 トーヤは息を切らしながら、これから自分たちが行うことを話す。


「俺たちの仕事はもともとこういうことをする奴らを裁き、粛正することだ!!・・・・・・ハァ・・・・・・同じような被害に遭っている奴らを、・・・・・・・ハァ・・・・・・・・これ以上野放しにはできねぇ!!」


「なんで・・・・・なんでわれわれに・・・・・そこまで・・・・・・」


 ぴよちゃんたちは、戸惑うように、トーヤに問いかけた。


「お前らは自分たちが・・・・・・・保護されている側だってことを、ちったぁ理解した方が・・・・・・いい・・・・・・」


 彼はありったけの力を振り絞って、火傷を負った彼らを冷やし続けている。体の芯まで凍らせないように、だけど火傷の冷却が途切れないように。それを細心の注意を払って、彼らに魔力を注ぎ続けているのだ。


 やがて、ぴよちゃんはカチャン・・・・・・と、ランスを取り落とした。


「たかじけない・・・・・・かたじけない・・・・・・」


「おんにきる・・・・・」


「なかまを・・・・・たすけてやってほしいっピー・・・・・」


 と、涙ながらに訴えた。トーヤは冷や汗をかきながら、満足そうに微笑んだ。









 カーム村の酒場。そこには小規模であるが「クエストカウンター」なる場所がもうけられている。辺境の地と言えども、そういう場所にこそ冒険者は赴く。決して来訪者は多くはないが、それでも冒険者が途絶えることはないという。


 そんな酒場のテーブルの一つに、二人の少年少女が座っている。


「当司くん。惜しかったね」


「ああ、結構手強かったな」


 少女の方はピンク色を基調にしたワンピースを着ており、その上から金属製の胸当てなどを装備している。さらりとした明るい茶色の髪を下ろしており。赤いヘアバンドを当てている。少女の腰には短めの剣が刺してある。


 一方の少年の方はツンツンした黒髪に若干日に焼けた肌を持っている。漆黒の鎧に身を固め、さらにその上に黒いマントを羽織っている。少女が何かしらの武器を持っているのに対し、少年は何も武器を持っていない。


 いや、武器ならある。


「当司君の魔力で倒せないモンスターなんていたんだね」


「ああ。しかも逃げ足が速かったせいで“キャプチャ”する暇もなかったぜ」


 少年の言った「キャプチャ」とは「解析魔法」の一種で、モンスターに当てることでそのモンスターの詳細が自身のモンスターノートに登録され、彼らの持つ「ステータス」や「レアアイテム」の記述が閲覧できるようになる、という代物だ。


「でもあの見た目の奴、絶対レアモンスターだって!!きっとすっげぇレアドロップ落としただろうな~っくぅ~!!」


「でも、そのうち見つかるんじゃない?」


 悔しそうに地団駄する少年を、少女がなだめる。少年はよほどあのモンスターを取り逃したことが悔しいらしい。


 そしてこちらに来て日の浅い彼らは、そのモンスターが「魔獣保護法」にて「討伐禁止」とされていることを知らなかった。


 否、知ろうともしなかった。


 そのとき、少女が上空を指さして、少年に呼びかけた。


「当司君?何あれ?」


「紗綾、あんなモンスター見たことあるか?」


 少年も目の上に右手をかざしながらその方向を見る。少年の問いかけに対し、少女はフルフル、と首を振る。


 彼らの目に映るのは、巨大なトンボ型モンスターだった。体長は10メートルはあろうかという巨体が、金属のコンテナを抱え上げて「ナーリャガーリ大帝国」に向かって飛んでいくところだ。


「ねえ、もしかしてあれ、馬車の荷物じゃない?」


「なに?!だとしたらやべぇぞ!!」


「ねえ、ちょっと!!」


 少女の制止も振り切り、少年は村の道路に飛び出た。


「ここからなら・・・・・届く!!」


 そう言って、少年はそのモンスターの方に右の手のひらを向けてた。すると掌の中に火球が生成され、みるみるうちに大きくなっていく。


 が。


「ま、待ってくだされ!!勇者様!!」


「なっ!?」


 通行人の老人に止められ、少年は驚いて火球を握りつぶした。それはブワァ、と辺りに熱気をまき散らし、霧散した。


「あれはナーリャガーリ大帝国に存在します“エンデ”というギルドの所有する輸送船の一種でございます!!あれに危害を加えては、勇者様のお命が危ないですぞ!!」


「あ、アブねぇ~~!!捕まるところだった~!!」


 老人の言葉にふう、と少年は冷や汗をかいた。やたら豪勢な腕当てで額を拭うと、遅れて酒場から鬼の形相で少女が飛び出してきた。


「なあ、あれはギルドの・・・・・・・」


「もう、当司君の馬鹿!!なんですぐに突っ走っちゃうの?!」


 少女にその正体を説明しようとしたとき、少女に思いっきり怒鳴られた。


「大体、村の中で魔法をぶっ放すなんて、なに考えてるの!!当司君の魔力は“世界最強”クラスなんだからね!!」


「お、おう・・・・・・・・・」


 ガミガミと少女に叱られている少年。一見すればただの冒険者の一人だ。しかし彼こそが数多のモンスターの命を奪い去り、フンワリキシチョウたちを苦しめた元凶だ。


 そして彼は「輸送機」を撃ち落とさずともギルドに目の敵にされていることも、その撃ち落とそうとしたものの中に狙っていたモンスターがいることも、そしてそれを犯したがためにギルドに狙われていることも知らない。








 少年の名は「大間当司オオマトウジ」。「転生したらチート魔力を得た異世界人」であり、今回の「転生者殺し」の討伐対象だった。











「本当にありがとうございます。ネロ調査部隊隊長。あと数刻遅ければ彼らの命は危ないところでした」


 現場に駆けつけた「生活部隊」のメンバーの女性が、ネロに深々とお辞儀した。


「生活部隊」というのは、「転生者殺し」の家事や医療などを全面的に補助する部署で、食事の準備から掃除洗濯、さらには怪我の手当まで行う。自分たちの身支度ぐらいはできるが、本来しなければならない施設内の掃除などは彼らはやっている暇がない。いつ、どこで、どんな転生者が「人災」を引き起こしているか、常に把握して居なければならないからだ。特に今回のように、一分一秒が明暗を分ける自体になることも多々あるため、自ら調理や掃除洗濯などをする余裕がないのだ。


 冒険者ギルド最大の拠点「エンデ」。ここにしかない設備として「輸送機」というものがある。ギルドには巨大な帆船のオールの代わりに翼をつけたような「飛行船」という乗り物があるのだが、動力の関係で大型のものしかない。小型で機動力もあり、さらにいくらか特殊な設備を搭載できるようなものは技術的に難しいのだ。


 そのため、「グラス・ネウラ」というトンボ型巨大のモンスターを、フェロモンを応用して制御する「輸送機」という乗り物が発明された。これは単純な操縦はできず、フェロモンの力で目的地の指示から離陸・飛行・着陸まで制御するため極めて操縦が難しく、「エンデ」のみ運用されている。


 そんな「輸送機」はすべての動力と移動をグラス・ネウラに任せてあるため、ある程度大型の設備を「コンテナ状にして」搭載可能という特徴がある。今回は単純に人員を収容できる「客室」と、フンワリキシチョウたちのやけどを治療するための「消炎プール」を完備した機体を運用している。


 そして彼らは今、その客室で急遽本部に向かってるところだ。


「お礼ならトーヤ執行部隊隊長に言って。彼の即座な判断がなければボクたちの判断は遅れていただろう。症状の進行を遅らせたことは、彼の懸命な冷却活動に起因してる」


 そういって、ネロは傍らで壁にもたれかかっている少年に視線を向けた。トーヤは毛布にくるまって、冷や汗をかきながらガタガタと震えていた。


「あの・・・・・大丈夫ですか?トーヤさん・・・・・」


「あ、ああ・・・・・・・・・」


 トーヤは氷嚢・・・・もとい「湯嚢」を首筋にあてがっている。


「俺は人より数段魔力量が少なくてな・・・・・魔力を使い過ぎると体温が下がって、ひどくなると凍傷になることもある」


「そ、それは大変じゃないですか!!いくらモンスターさんを助けるためっていっても、そんな無理しちゃ・・・・・・」


 マナは慌てた様子でぐったりともたれかかる少年に駆け寄る。


「いいか、たとえどれだけ非力であっても、やらなくちゃいけないときはやらなきゃいけないんだ。それに_____」


 と、トーヤは自身の指の細い手のひらを目の前に掲げた。


「お前たちは知らないかもしれないが、この世界には“異世界の住人”が大量になだれ込んでいる。だけどそいつらは向こうの世界で手にし得なかった力を得たことに悦ぶあまり、節操なくそいつを振りまいているんだ」


「”転生者”・・・・・・!」


 マナはどこかで聞いたその単語を、思わず口にする。


「そうだ。そいつらはこっちの世界の人間・・・・・どころか、モンスターさえ手にしていないような、理不尽な力を宿している。そいつをわきまえて使ってくれればよかったんだが・・・・・・・アイツらは好き勝手にそいつを振りかざして回って居るんだ」


 すると、トーヤはその手を握り、ガンッ!!と「客室」の床をたたいた。その表情は険しく、ギリギリと歯ぎしりする。


「俺はな・・・・・そんな身勝手を働く奴らが許せないんだ・・・!!この世界の命が、なんであんな身勝手に巻き込まれて、ないがしろにされなきゃいけねえんだよ!何で余所者に、こんなに虐げられなきゃいけねぇんだよ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 マナは、彼にかける言葉が見当たらなかった。彼はそう言っているが、世の中では未だに転生者を「異世界の勇者」だの「異世界の英雄」だの讃えている。そのことに彼女自身もいささか疑問を感じていたところもあった。


「ところで、お前はこんなところに来てていいのか?」


「え・・・・・?」


 マナはトーヤの言葉に、虚を突かれたように目を丸くした。


「お前には家族が居るんだろう?何も言わずにこっちに来ていいのか?俺たちが向かっているのは冒険者ギルド”エンデ”だ。送り迎えだけのためにこの”輸送機”を出すわけには行かないぞ?」


「あっ・・・・・・・・・」


 彼女は目の前の状況について行くのに精一杯だったようだ。成り行きのまま「輸送機」に乗り込んだが、その後のことまで頭に回らなかったようだ。


「まあ、この辺はこっちでなんとかつじつま合わせをしとくよ。あいつらの手当てをしていたのはお前だけだし、どっちにしろ後で取り調べはさせてもらうつもりだった。少し話は聞かせてもらうぞ」


「は、はい・・・・・・・・・・」


 そうこうしているうちに、「治療室」の方からメイド服の女性が出てきた。


「お疲れ様でした。トーヤ様、ネロ様。まもなく”エンデ”に到着します。搬送先で本格的な治療を行いますので、準備の方を」


 と、淡々と話しかけた。そして彼女はトーヤの方を見ると、


「・・・・・魔力の枯渇が見られますね・・・・・あなた様も本部に戻られたら、少し寝た方がよろしいかと」


「ゲイボルグ、ありがたいが今はそれどころではない。それよりもそこの彼女に少し案内と、今後の説明をしてやってくれ。彼女が実際にあいつらの治療を行っていた。事情聴取は必要だと思う」


「かしこまりました。では、そこの村娘のあなた。軽く説明いたしますのでこちらに来てください」


「あ、はい・・・・・・・・・・・」


 マナはゲイボルグと呼ばれたメイドの女性の後をついて行った。そして彼女と入れ替わるように、ネロがトーヤの近くにやってきた。


「それにしても、彼女ゲイボルグ驚いていたよ?”綿毛だけ凍り付かせた上にその冷気だけで火傷を冷却させ、さらにそれをフンワリキシチョウ一個体レベルで制御・管理されていた”って。これも2年間の修行の成果かな?」


「さあ、知らん」


 トーヤは湯嚢の位置を入れ替え、そっぽ向くように顔を背けた。


「俺は元々”レベルアップ”も見込めない。だから魔力の”量”じゃなくて”精度”で勝負すると決めて居るんだ。無差別に凍てつかせるような未熟者に、俺は成り下がるつもりはねぇ」

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