第2話 現場検証
優太討伐から数日後、カーム村近傍の森にて彼らは調査をしていた。
「うーわ・・・・・・コイツはひどいな・・・・・・・」
眼鏡をかけ、ダボダボの白衣を着た青年——————ネロ・マッシナーリオは、苦い顔をしていた。
草は焼け焦げ、地面に穴は開き、そしてそこかしこに「ドラゴン」・・・・・否、「タツモドキ」の焼死体が転がっている。この惨状は「ベヒモス」のような上位モンスターが暴れた後のように見えるが、その実は人間の仕業なのだという。
「(こんな魔法を操るなんて、阿呆みたいだろ・・・・・・)」
そんな惨状ではあるが、その犯人を突き止め、処分するのが自分たち「転生者殺し」の役割だ。そして今もなおその痕跡を調査しにここ、「カーム村」近傍の森に来ているのだ
「ねえ、今の調査状況はどんな感じ?」
ネロは、近くに居たギルドの職員に尋ねた。
「はっ!現時点で“タツモドキ”6体の死骸が確認され、いずれもその魔力反応が同一人物のものであることが確認されています」
「やっぱり“
「そうですね」
大間当司。これまで「転生者殺し」の間では度々名前が出ていた転生者だ。数ヶ月前にギルドに登録された「魔導師」の冒険者ではあるが、デビュー当時から膨大な魔力を操ることで有名だった。確かに冒険者の中には始めからたぐいまれなる才能を発揮する者は存在したが、彼の場合はいささか不自然さを感じさせるほど度が過ぎていた。
そのため「転生者殺し」は念のためブラックリストに彼の名を追加し、その来歴などを調べていたが、ギルドに登録する以前の情報がまるっきり存在していなかったのだ。これはほとんどの転生者に共通する特徴だ。
又、彼はギルド登録時は「トージ・オーマ」の名で登録しているが、この言語パターンが「ニホン」での人名のパターンによく似ていることが明らかになっているのだ。さらに何度か彼のそばに隠密部隊に張り込みさせて彼の発言を録音していたりしていたのだが、かれは流暢に「おおまとうじ」と何度も言っていた。自分たちの世界では発音しにくい名前であるということは、「転生者」であることを裏付けている。
故に前々から目はつけていたのだが、とうとう看過できない事態にまで発展しているのだ。
「検出された魔力の成分は?」
「はい。炎属性が85%、雷属性が12%、光属性が3%ですね」
「焼死体の損害状況は?」
「大半が炭化するまで焼き焦がされていますが、気になる報告が」
「なに?」
「別の被害場所も同時に調査していますが、そちらは体の一部が爆散したように吹き飛んでおり、それを中心にやけどが広がっている死体もある、とのことですね」
「何でだと思う?」
度重なる問答の末、男性は少し黙った後、
「高密度の魔法が直撃した・・・・ということでしょうか」
と答えた。それを聞いたネロは、しかし首を横に振った。
「ていうのも考えられるけど、これは“腕力強化”で強化した物理攻撃によるものだろうね」
そう言うと、ネロは適当に棒を拾い上げ、地面にガリガリと丸を描く。
「おそらく今回使われたのは“爆炎魔法”だね。系統で行くと“エクスプロジア”かな。この魔法は着弾地点を中心とした爆発魔法だ。・・・・・こんな威力が出る時点でおかしいんだけどね」
だけど、とネロは続ける。
「本来高密度な魔法であれば、爆炎の内側だけで衝撃波が収束するから、死骸も残らず灰燼と化すだろうね。・・・・・でも地面のクレーターを見ると、一回の魔法でこれだけの範囲が爆炎に飲まれたんだろう」
ネロは描いた円の内側を、ぐりぐりとこねくり回す。彼の言うとおり、現場には巨大なクレーターが一つあるのみだ。だが、そのクレーターの大きさが尋常ではない。
直径が10メートルを優に超え、深さは2メートルにも届く超大型のクレーターだ。怪力に定評のある「ベヒモス」が地面を殴りつけてもこんなことにはならないだろう。
だが。
「だけど、直径に対して深さがあまりにも浅すぎる。本当に高密度な魔法なら半円状になっててもおかしくないし、焼死体も原形こそとどめてないけど炭化する程度で済んでいる。つまり・・・・・・・」
「本来の威力を発揮しきれず、威力が霧散しているってことですか・・・?」
「そういうことだね」
そう言うとネロは円の中心から外側に向かって、何本かまたがるように矢印を引く。
「きっと奴が爆炎魔法を放ったとき、この森はすごい地響きが起こっただろうね。ちょっと周りに衝撃波が漏れる程度ですむはずが、森全体を揺らす衝撃波となる・・・・・正直、人間が持っていい力じゃないね」
と、ネロの背後から何者かが話しかけてきた。
「全くだ。こんな力、ドラゴンなんかよりも危険じゃねぇか」
「トーヤ執行部隊隊長!!」
やってきたのはトーヤだった。彼は普段の白いロングコートではなく、白衣とやたらごちゃごちゃした双眼鏡のようなものを首にかけている。
「キミ、来たのかい?この前討伐任務を終えたばっかりなんだから、休んでてもよかったのに」
「生憎総帥の命令でね。まあ言われなくても、どんな奴がどんな事件を起こしたのか、この目で見ておきたくてな」
そう言って、トーヤは首元の双眼鏡をあてがい、クレーターの方を向く。
「・・・・・なんだこりゃ。一面真っ赤じゃねぇか」
「やっぱりまだ残っているんだ。どんだけ強力な魔力なんだよって話だよ」
トーヤは苦虫をかみつぶしたような顔でその様子を眺めていた。どうやらまだかなりの密度の魔力が地面や遺体にこびりついているらしい。さながら放射性物質のようだ。
「そういえば“もう一つの現場”も見てきたよ。本当に痛々しかった。・・・・・・アイツらだって生きているだけなのに、なんでこんなポンポンポンポン、狩られなきゃいけねぇんだろうな」
「冒険者たちがやってるからじゃない?」
そう、大半の転生者は冒険者として活躍している。ある者は勇者、ある者は暗殺者、そして大間のような者は魔導師。そういった様に多種多様な「職業」に就いてる。
こういった冒険者たちは、モンスターを倒し、ダンジョンを攻略し、宝を手に入れる。といったようにして冒険し、そして手柄を立てて、より高名な冒険者として名を上げていく。
だからこそ、モンスターを倒すことに全く抵抗がないのだろう。特に転生者はこちらの世界をまねた娯楽がはやっているという噂だし、さらに実際に仮想空間にも入れるという噂までもある。こちらの世界をそういった「娯楽の世界」だと勘違いしていてもおかしくはない。
そしてだからこそ、こちらの世界の生命がそんな「娯楽」によって脅かされるのは、我慢ならない。
「・・・・・・本当に、生命をなんだと思ってやがるんだ」
トーヤは吐き捨てるようにつぶやいた。その顔には嫌悪感が浮かんでいる。
と。
「オイッ!おまえたちはなにものだ!なぜここにいるのだっ!」
「「「?!」」」
甲高い声が突然聞こえてきて、三人は何事かとその声の方向を見た。その先には・・・・・
「ここはわれわれのりょーどのいっかくだぞっ!」
「にんげんよ!わるいことはいわない!さっさとここからでていくっピー!」
「さもなくば、われわれのなかまがおまえたちをはちのすにするっッピー!」
ピー!ピー!とけたたましく叫ぶのは、三羽の鳥形モンスターだった。
丸々太ったシマエナガをひよこカラーにそめて、甲冑をかぶらせたようなすがた。人語を理解し、話すほどの高度な知能。それでいて人類に対し敵対心を明確に向ける攻撃性。このかわいらしい見た目と危険度のギャップの激しいモンスター、かの希少モンスター「フンワリキシチョウ」だ。
「えっ・・・・・な、なんでこんなところに?!こんな希少種が!?」
「知らねぇよ、さっさと撤退するぞ」
「し、しかし調査が・・・・・」
などと拘泥していると。
「はやくここをでていけ!ひめがまっておられるのだっピー!」
「・・・・・姫?」
彼らが言った「ひめ」という単語に、トーヤは疑問を感じた。
「なあ、ネロ。こいつらって女王みたいな奴って居たか?」
「いや・・・・リーダーみたいなのが居るのは解ってるけど、女王は聞いたことが・・・・」
ネロも首をかしげていた。彼の言うとおりフンワリキシチョウはいわゆる「騎士団長」みたいなポジションの個体は存在するが、そもそも彼らが雌を「女王」として崇めるなどとは、聞いたこともない。
と。
「だめでしょ!ぴよちゃん!」
「ピー!?」
草むらから一人の少女が飛び出してきて、フンワリキシチョウの一羽を抱え上げた。
「ひめ、こやつらはひめのもりをあらしにきたにちがいありませぬぞ!こやつらをはやく・・・・」
「大丈夫だから!この人たちはギルドの人だから!!」
「ピー!」
と、少女がフンワリキシチョウたちを説得していた。
「この子・・・・・フンワリキシチョウと心交わしている・・・・!?」
「しかも、彼らが“ひめ”と呼んでいる・・・・・?」
ネロもトーヤも、男性職員も目を丸くしていた。やがて説得させたのか、少女はフンワリキシチョウを優しく下ろすと、
「ごめんなさい!この子たち、今とっても気が立っているんです!ご迷惑をおかけしました!!」
と深々とお辞儀をした。14歳ほどの少女は、とてもかわいらしい姿だった。栗色の髪を後ろで二つに結んでおり、赤いワンピースとベレー帽をかぶり、白いエプロンを掛けている。目はくりくりとしていて、ぱっちりとしている。顔立ちも整っており。年相応に幼さを感じさせるものだった。
そんな彼女に、
「な、なあ」
トーヤは話しかけた。ギルドの職員も、ネロもトーヤの行動に驚いている。彼が立場上人と関わることをよしとしていないこともあるのだが、本人が元々進んで人と話すような人物とは思えないからだ。
だが、このときなぜか、トーヤは少女に進んで話しかけた。
「少し、話を聞かせてくれないか?」
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