第4話 魔獣と心通わせるもの
「なるほどな・・・・・・ネロの言うとおりだった訳か」
「はい、あの子たちの“古い綿毛”に“薬草”の煮詰めた汁を染みこませて、なんとかしてきました」
ナーリャガーリ大帝国。その中心部に存在する世界最大級の冒険者ギルドにして総本山「エンデ」。その建造物の一角に存在する「対転生者特別防衛機関」の一室で、マナは取り調べを受けていた。彼女はフンワリキシチョウたちを介抱してあげていた人物で、現在彼らは「治療室」で大規模な治療を受けている。本来であれば人間を収容する部屋ではあるが、フンワリキシチョウが「絶滅危惧種」であることから、特例的な措置をとっている。そして彼らを発見するまでの間、どのようにして命をつないでいたのか、トーヤは彼女から聞いていたのだ。
「大体解った。辺境の村といえど、その知識は甘く見れないな・・・・質問を変えるが」
「はい?」
マナはトーヤの話題転換に、小首をかしげた。
「お前は数日もの間、あいつらを介抱してやっていたわけだが・・・・それまでなぜ、モンスターに襲われなかった?」
トーヤはずっと気になっていた。あの森はタツモドキが複数体棲息してたほどの危険区域だったはずだ。今はそれが件の転生者に駆逐されているとはいえ、モンスターが闊歩している森なのに変わりはなかった。それとも、そのモンスターもすべて討伐されてしまったのか?
「ええと・・・・・ここだけの話にしてほしいんですけど・・・・」
「・・・・・・後ろ暗いことでもあるのか?」
マナはもじもじしながら、ばつの悪そうにしている。トーヤはメモをとりながら、訝しげに尋ねた。
「・・・・・・私、実はこれまでに一度もモンスターさんに襲われたことがないんです」
「・・・・・・・・!?」
トーヤはその驚愕の事実に、目を見開いた。
「私はあの村から出たことはないですけど、森にはよく薬草とか、キノコとか取りに行くんです。だけど、なんどもモンスターさんは見かけるんですけど、襲ってこないんです」
「ほかの村人にもそうじゃないんか?」
「いえ、たまに冒険者さんたちを呼んで、“防衛”とか言うのをやってたときもあるので・・・・」
「確かに、本当に襲わなければギルドを置く理由がないな」
トーヤの言うとおり、辺りにモンスターがいて、なおかつ襲う危険性がなければギルドは設けられない。しかし実際には多種多様なモンスターが棲息し、そのどれか一種類でも危害を加えてくる危険性があればギルドを置かざるを得ない、つまり実質的にモンスターの棲息が認められれば、そこに必ずギルドが設営されるのだ。
「で、試しにあの黒いオオカミさん・・・・たしか“ドレッドファング”っていうんでしたっけ・・・・白い毛の混じったあの子に試しに話しかけたりしてみたら、なついてくれたりしました」
「白い毛を持つドレッドファング・・・・・アイツか・・・?」
実は森での調査の時、白い毛の混じった黒いオオカミ型モンスターを見かけたのだ。名は「ドレッドファング」。高い瞬発力と鋭い歯牙を持つモンスターで、一個体ではなんともないが複数引き群れるとやっかいな種族だ。彼らも群れでの狩りを得意としていて、常に2~4頭の群れで行動している。
しかしトーヤの見た個体は一個体だけで、しかもまるで殺気がなかった。それでいて一切の隙を見せず、まるで人を見定めているようだった。群れのリーダーなどであれば仲間を引き連れているだろうし、仮に群れからはぐれた個体だとしてもあまりにも堂々としすぎている。あの個体からは「敗北」の気配が全く感じられなかった。
「そんな感じであの子だけじゃなくて、いろんな子たちに話しかけたり、木の実を上げてたりしたら、仲良くなっちゃって・・・・」
「なるほどな。つまりそうしてモンスターたちとふれあっているうちに、あのフンワリキシチョウたちともつながるようになり、自然と“姫”と呼ばれるようになったってことか」
マナはトーヤの言葉に、こくり、と神妙にうなずく。モンスターとつながっている人間がいるとなれば、確かに村人は気味悪がるだろう。彼女が「ここだけの話」と言ったのも納得がいった。
「あの・・・・・私って、やっぱりおかしいんでしょうか・・・・・?」
「・・・・・・」
目の前の少女はすがるような目でトーヤを見ている。きっと彼女は自身の価値観や行いが、世間一般から外れていることに、不安を感じているのだろう。トーヤは数刻考えた後、
「結論から言おう。確認例は少ないが、似たような事例なら知っている」
と答えた。
「・・・・・・!!そういう人が居るんですか?!」
マナはバン、と机をたたき、身を乗り出した。
「ただ、残念ながらそいつはモンスターを“使役”するスキルで言うことを聞かしていただけだった。お前のように心を通わせていたわけじゃなく、モンスターの心を支配して、さも絆を育んできたように演じていた、そんな奴だった」
「・・・・・・・・・・・・・・」
少女はそれを聞くと、おずおずと乗り出していた身を引き、椅子に座り直した。トーヤは微かに心が痛んだが、正直この系統の「スキル」にいい感情は持てなかった。
彼は以前「
たまたまギルドの職員が奴の姿を見つけ、当時彼が使っていたアジトに残されていた地図やメモなどからその企てが発覚し、急いでその国のギルドに連絡したのだ。そしてその国の戦力と「転生者殺し」が総出で奴に立ち向かい、なんとか討伐したのだ。
本人の戦闘力自体は転生者としてはかなり貧弱であったものの、戦闘力の高いモンスターを数多く「使役」していたことがかなり厄介だった。特に5体ものタツモドキを従えていたときは、トーヤはかなり肝を潰した。その国のギルドの援助がなければ再び奴を取り逃がし、最悪敗北して国ごと滅ぼされていただろう。
そんな出来事があったため、トーヤは「使役」系のスキルを毛嫌いするようなった。
と。
「トーヤ。お嬢ちゃん。今治療魔法が終わったよ。そっちはどうだい?」
ガラガラ、と引き戸を開け、ネロが顔を覗かせた。
「ああ。こちらもひとしきり終わったところだ。アイツらはどうだ?」
トーヤはメモをとったノートをたたみ、椅子から立ち上がった。ネロはほっとしたような顔でトーヤに告げる。
「みんなどうにか命をつなげたよ。今はみんな安静にして、静かに眠っている。・・・・・本当にあと一歩遅ければ、あの子たちは死んでいた。少なくともあの半数は・・・・・解らなかった」
「・・・・・・・・ふぅ」
トーヤはなにも言わず、ただ大きなため息を一つついた。できるだけ気に止めない用にしていたが、やはり気がかりだったようだ。
そしてその隣で、
「・・・・・・・・・よかった・・・・・!!本当によかった・・・・・!!」
マナはその場に崩れ落ち、トーヤにもたれかかってきたのだ。
「なっ・・・・・・・ちょ!!」
トーヤは突然のことにたじろぎ、慌てふためいた。
「トーヤさん、ありがとうございます・・・・!!あの子たちを助けてくれて・・・・ほんとうに・・・・・・ほんとうに・・・・・うう・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
マナはトーヤの胸元に顔を埋めて泣いていた。その涙は悲しみではなく、喜びの涙だった。トーヤは自分とさほど変わらない少女に抱きつかれてむず痒いやら、ここまで混じりけのない感謝の言葉をかけられてむず痒いやら、なんともいえない表情をした。
「いいねぇ!その子お嫁さんにもらっちゃいなよ!!きっといい家族ができるよ?」
「うるせぇちょん切んぞ」
はやし立てるネロを、トーヤは鬼のような形相でにらみつけた。
「・・・・・・まあ、泣くのはよせ。とりあえず今回は俺たちの方でギルドに話しておくから、止まっていけ。もう外暗い」
「ふぇ・・・・・・?もうそんな時間だったんですか!?」
マナは涙と鼻水でびしょびしょにした顔を上げると、時間の経過の早さに驚いていた。
「まー、親御さんには“モンスターに出くわしていたのでギルドの方で保護していました”とでも伝えておくよ。だから今日はゆっくり休みな」
といって、ネロはスラックスのポケットに手を入れて、何やら金属の板の表面を滑らすと、それを耳元に当てがった。
「もしもし?調査部隊のネロだよ。今夜、カーム村の例のお嬢さんに部屋を貸してやってほしいんだ。とりあえず一晩だけで。それから・・・・・・」
と、何やら注文していた、そのときだった。ネロは不意に眉をひそめると、
「なに・・・・・・?解った。とりあえず向かうね」
といって、金属板を話し、表面をなぞった。
「・・・・・・・ネロ、何があった?」
トーヤは怪訝な顔をして尋ねた。そしてネロは難しい顔をして、
「なんか、玄関前でエミリアがドレッドファングに組み伏せられているって言うんだけど」
と、答えた。
「シロちゃん!!こんなところにまで付いてきてくれたの?!」
「!!」
マナが玄関先で駆け寄ると、甲冑を着た赤いポニーテールの女性にまたがっていたそれは彼女に気づき、すぐさま彼女の元に駆けていく。そしてマナはその場にしゃがむと、そのシロちゃんと呼ばれたドレッドファングは後ろ足で立ち上がり彼女の肩に手をかけてベロベロと顔をなめる。
「ごめんね~!心配かけさせちゃった!!大丈夫だよ!!」
「ハッハッハッ・・・・・!!」
その様子は、帰りを待っていた大型犬が、主人に会ってはしゃいでいるように見える。白いラインの入った漆黒の尻尾を盛んに振るっている。・・・・・いささかでかすぎる気がしないでもないが。
「・・・・・・ネロ様、これはどういうことでしょうか」
「・・・・・・私にも聞かせてくれないかな」
ジッタリとした顔で、ゲイボルグと先ほどまで組み伏せられていた少女が問い詰めてきた。
「ええと・・・・ゲイボルグ、エミリア、ボクもこの辺がよくわからないんだけど・・・・」
二人に問い詰められて、ネロはしどろもどろする。それはそうだろう。目の前でドレッドファングの特殊個体が、先ほどまで事情聴取を受けていた少女をベロベロなめている、そんな目の前の状況の因果関係が解らないのだから。
仕方がない、とトーヤはこのことについて彼なりの推論を話す。
彼女はモンスターと心通わせていること、その中でもあのドレッドファング特殊個体と特に仲睦まじいこと、そしておそらくは自分たちに連れ去られた彼女を追ってここにたどり着いたであろうということ。彼女には申し訳がないとトーヤは思ったが、洗いざらいすべて話してしまった。ぴよちゃんたちが彼女を「姫」と呼んでいる理由にもつながり、ひいては彼女がぴよちゃんたちを介抱できた理由にもなるため、いずれにせよ話さなくてはならないと感じたからだ。
「へぇ・・・・・モンスターと心通わす少女ね・・・・・お伽噺にでも出てきそうな話だね」
「なるほど・・・・・というか、フンワリキシチョウと対話できるとは、これは世紀の大発見なのでは?」
「理解しました。・・・・・・にわかには信じがたいですが・・・・・」
などと、マナの方をチラチラと見やっている。確かに、モンスターを「使役」する「転生者」は居れど、モンスターと「対話」する「現世人」というのは聞いたことがなかった。彼女らが興味津々なのもムリはないことだろう。
と、ギルドの職員たちが集まってきて、物珍しそうに少女とモンスターのふれあいをまじまじと眺めている。
そして、その気配に気づいたマナはハッと顔色を変え、シロをかばうように抱きかかえた。
「な、皆さん!お願いです!!この子は、悪いことはしないんです!!殺さないでください!!」
「!!!」
マナとの再会に喜んでいたシロだが、彼女の気の変わりようと辺りを包む異様な雰囲気に毛を逆立てる。普通のドレッドファングと異なり、白い毛の部分が特に目立って逆立つ。
「ダメよ、シロちゃん!!殺されたちゃう!!」
「グルルルル・・・・・・・・・・」
抱きかかえられているシロだが、彼女の怯えようを察知してか、うなり声を上げて威嚇する。その様子を見ていたギルドの職員は及び腰になっている。
まさに一触即発。そんな緊張感が辺りを包む。何かきっかけがあれば、その均衡が崩れてしまいそうな・・・・・そんな危うさが漂う。
と。
「なあ、マナ。なんか勘違いしているが・・・・・別に俺たちはそいつを殺そうなんて思わないぞ?」
「・・・・・・・!?」
マナはトーヤの呼びかけに反応し、彼の方に目を向ける。その目は何かを期待させるような、それでいて疑り深いようなまなざしだった。
はあ、とトーヤはため息をついて、種明かしする。
「・・・・・・・俺たちがいるこの建物は、“対転生者特別防衛機関本部”・・・・・・つまり、ここに居るのは“転生者専門のギルド職員”だけなんだよ」
「・・・・・・・・?ええと、それは・・・??」
マナは疑り深い目で、今もなおトーヤを見つめている。その目は猜疑心、というよりも単純に疑問の色の方が色濃く出ていた。
「えーと、つまりだな・・・・・・・もっと簡単に言うと、ここに居るギルド職員は“転生者”のみを討伐対象とする奴らばかりだ。だからそのモンスターを連れ込んだところで、討伐になんかしやしないよ」
トーヤはボリボリと頭をかきながら告げた。
「・・・・・・ほ、本当に大丈夫なんですか?!」
マナは信じられない、といった様子で聞き返す。彼女の中で、「ギルドの人間=モンスターをたおす」という図式ができあがっているらしい。その誤解を解かなければならない。
「ならば、私が説明しよう!!」
バサリ、とマントを翻しながら、赤いポニーテールの少女が一歩前に出た。
「そもそも我々“対転生者特別防衛機関”は確かにこのギルド“エンデ”の一部である。それは間違いない」
少女はガチャン、ガチャンと鎧をならして、少女の方に歩み寄る。
「だが、我々は“転生者により引き起こす人災を食い止め、むやみな殺生や人的損失を防ぐ”という役割を持つ。つまり、我々が動くのは“転生者”がらみの事案のみだ!モンスターについては管轄ではない!」
さらに、と彼女は付け加える。
「その“転生者”を相手取る以上、既存の設備や技術では対応できない場合が多い。そのため我々は“エンデ本部”からは切り離され、独立した拠点を構えている!それはつまり・・・・・」
少女は、マナの目の前に立ち、拳を握って高く掲げた。
「この場に居る職員は“モンスターを討伐し得ない”!!だから、安心するのだ!」
と力強く語りかける。その様子に、マナは呆気にとられていた。
彼女だけではない。取り囲んでいたギルド職員たち、さらにネロやゲイボルグも彼女の力説に聞き入っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
彼女の圧倒的な語り口調。それに気圧されたマナは、それに対する、自分の今の率直な気持ちを、口に出そうとする。
そして、彼女が絞り出したその言葉は・・・・・・・・
「あの、誰ですか?」
その場に居た全員が、ドッ!!とずっこけた。
「あーあ。」
その様子を見ていたトーヤは、ただ一人肩をすくめていた。
彼女は「対転生者特別防衛機関 執行部隊 副隊長 エミリア・ゼッケンドルフ」。その肩書きとは裏腹に、何かと抜けていることの多い彼女は、マナに力説する前に自己紹介をしておくべきだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます