scene4.4
「ああ。ちょんまげ頭だな」
空もその2人組に気が付いたらしく、物珍し気に眺めていた。だが珍しいものを見たにしては、空はやけに落ち着いていた。
「つかアレだ。撮影のキャストだろ」
「撮影? キャスト?」
さも当たり前の装いの空に、勇太は首を傾げる。
すると空は「もしかして知らねぇのか?」と小馬鹿にするような眼を勇太に向けた。
「映画撮影だよ。『夢ヶ原』ってときどき時代劇のロケ地になったりするだろ?」
「そうだな。『七人の侍』に出てきそうな建物あるし」
たしかに、ここ『中世夢ヶ原』は中世の街並みを再現した建物が存在する。そのため、過去には大河ドラマに使用されたり、時代劇映画の撮影に使用されたこともある。だけど……。
「だからって。それとなんの関係があるんだよ」
「マジで知らねぇのかよ……。今日撮影してんだよ『はんらもん』って時代劇映画をな。ほら、ここに来るときスタッフっぽい奴らとすれ違っただろ」
「ああ、あれスタッフだったのか」
そう言われ、勇太は納得した。あの、自分たちを追い抜いていった男が観光客っぽくなかったのは、そういうことらしい。
「……つか白鷹。よく知ってるな」
「そりゃ知ってるだろ。春先の回覧板に『はんらもん』のエキストラ募集のお知らせてってチラシがあったし」
「あー……。そういや、そんなチラシがあったかもしれん」
たしか、かおるが転校してきた日の夜。かおるの家に届けた回覧板にそんなチラシが挟まっていたと思う。
すると空は何気ない顔のまま、
「てか。だからなんだな。あんとき喫茶店に、監督とあの俳優いたのは」
「……ん? どういうことだ?」
言っている意味が分からず、勇太は首を傾げた。
「昨日ネット見てたらあの監督と俳優のインタビュー記事があったんだよ。しかも美星町でインタビューされてた。いま思えば、撮ってる映画とのタイアップだったんだろうけどな。『はんらもん』のさ」
「は?」
勇太の呼吸が一瞬止まった。
いま空が言った、あの監督と俳優が喫茶店にいた理由。
『はんらもん』なる映画が、いまここで撮影されているという事実。その2つを紐づけるもの。それは……
勇太は空に詰め寄っていく。
「白鷹。それってつまり、あの監督が『はんらもん』の監督をしてて、あのイケメン俳優が『はんらもん』のキャストってことか?」
「んだよ、急に。てか、まあ、そういうことだ」
「それは今、あの監督とあの俳優がここに居るってことか」
「だから、そう言ってんだろ。庵野監督がいまここにいるんだよ。あと、あのイケメン俳優の……」
「稲垣、隼人」
「ああ、たしかそんな名前だったな」
瞬間、勇太は血の気が引いていくのを感じる。
その名前を知っているのは彼らが有名人だから、だけではない。
あの日。祭りに参加したあの日、彼女のマネージャーから聞いた真実。
彼女が長く映画界から去ることになってしまった事件に関わりを持つ人間。
それが庵野一誠と稲垣隼人。そして、この場所には彼らがいる。
そう思い立った瞬間、胸の内をザラっとしたモノが撫でた。
「鏡川さん! 白鷹さん!」
突如、灯の声が響いた。
勇太が視線を向ければ、灯は切羽詰まった様子で駆けてくる。
その様子を見た空が小首を傾げた。
「なんだ? 百万石。なんかあった――」
「いいから来てください! 犬山さんが! 犬山さんが!」
灯は今にも泣き出しそうな顔で空の胸元にすがった。
ただ事ではないと感じたのか、空は灯の肩を掴む。
「なにがあった百万石! おい勇太――」
「くっそ!」
勇太はすぐさま駆け出した。後ろから名前を呼ばれるが振り返る余裕はない。
この予測が間違いであって欲しい。だが、灯の切羽詰まった表情を見てしまえば、もう楽観視はできない。きっと彼女は出合ってしまったのだろう。過去のトラウマと呼べるものに。
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