scene4.3

「私は生きたい。なんのために生まれて、なにをして生きるのか。きっと、私にとってそれは女優になること。だから生きたいの!」

 かおるは胸に手を当て、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「なにが私の幸せで、なにをして喜ぶのか。それを知らないまま、答えられないままで終わりたくない! ……聞いて。私の夢。私の夢はいつか舞台女優として……」

 そのとき、かおるの体が大きく揺れた。

 唇を噛み、苦悶の表情を浮かべる。それでも口を開こうとする。

「いつか舞台女優として……。女優として……。くっ……。ごめん」

「……カット」

 勇太はレックボタンを押して録画を止める。かおるに視線をやれば、大きく息を吐き、額に浮かんだ汗をぬぐっている。

「かおる。大丈夫か?」

「うん。平気……だと思う」

 そう言われた勇太だったが、素直にかおるの言葉を信じる気にはなれなかった。

 かおるの顔には疲労の色が見え、声も擦れかけている。だけど、それもそうだろう。

 午前10時頃から撮影を開始して、お昼ご飯を挟みつつもぶっ続けでの撮影。かおるは約5時間ほどこのシーンの撮影にトライしていることになるが、未だにOKテイクを出せていない。そして、そんなかおるを追い詰めるかのように……

「不味いな……」

 勇太は小さな声で呟き、西の空を見た。

 夏場なので日照時間は長く、太陽は未だ山間に沈みかけてはいない。それでも着実に太陽は傾きつつあり、夕方を迎えようとしているのは事実だ。もし日が沈んでしまえば撮影は行えない。ただ、そんな状況をよりも、もっと厄介な問題が発生しつつあった。

「ごめん。皆。もう一回お願い」

 かおるはペットボトルを口から離し、カメラに向き直ろうとする。だが、足をふらつかせ転んでしまいそうになる。

 それを見た勇太は首を横に振った。

「かおる。いったん休憩にしよう。疲れてるだろ」

「うん。限界かも。でも、時間がないから……」

「ダメだ。休んでくれ。また喧嘩になっちゃ困るだろ」

 勇太が皮肉げに笑ってみせると、かおるはふっと笑った。

「だね。休んでからもう一回。ちょっと、お手洗い行ってくる」

「わかった。百万石。案内してやってくれ」

「わかりました。犬山さん。こっちですよ」

 かおるは灯に案内され、少し離れた場所にあるトイレへと向って行く。

 勇太が遠ざかる2人を眺めていると、隣にいた空が声を掛けてきた。

「勇太。撮れると思うか?」

 空の言葉を理解し、勇太は難しい顔になった。

「どうだろうな。回数重ねてるうちに、セリフの最後辺りまで言えるようにはなってる。だから成功するかもしれない。つか、それよりも……」

 勇太はスッと眼を細める。

「バッテリー残量のほうがヤバイかもしれん」

 三脚スタンドからカメラを取り外し、タッチパネルを空に見せた。

 画面右上にあるバッテリー残量表示は残り15%。

 元来、デジタル一眼レフは動画撮影を目的としない製品であるため、潤沢なバッテリー容量があるわけではない。それにデジタル一眼レフには特殊な制約があり、連続30分しか動画撮影ができないバッテリー容量になっていたりする。

 未だバッテリー残量があるのは、何度も途中で撮影を止めているからだ。ただそれでも確実にバッテリー残量は減ってゆく。

「日没になるのが先か、バッテリーが切れるのが先か分からない。でも、やるしかない。かおるもそう思ってるはずだ」

「朝霧薫が、朝霧薫であるためにってか」

「まあ、そんなとこだな」

 そう言って勇太はカメラストラップに首を通し、胸元に収まったデジタル一眼レフを何度か握り直した。そして視線を、かおるが向って行ったトイレのある方向へ向けたのだが……

「……ちょんまげ頭だ」

 なぜか視線の先に、和装の装いをしたちょんまげ頭の人物がいた。城務めのお侍、といった格好。そしてそのちょんまげ頭の隣には丁稚の恰好をした男。そんな2人がトイレに向かって歩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る