scene4.2
「なんだよ。時間ねぇんだぞ」
「わかってる。でもその前に挨拶しないと」
「挨拶?」
勇太が首を傾げてみれば、かおるは大きく頷いた。
「これで最後になるんだし。挨拶しなきゃ。監督でしょ?」
「はあ? 監督? いや、俺はカメラ回してだけだろ。それに皆の協力がなかったら――」
「いや。やれよ勇太」
今度は、空が勇太の言葉を遮った。おまけに皮肉気に笑ってくる。
「先陣切ってやろうって言ったのは勇太だ。だからその権利はある。なあ、百万石」
「ええ、そうですね」
空に話を振られた灯は微笑む。
「これで最後なのはちょっと寂しいですが、だからこそ鏡川さんが挨拶すべきです。この数ヵ月とても楽しかったです」
「お前ら……」
三人から視線を向けられた勇太は、居心地の悪さに身をよじった。しかもその視線は賞賛とも言えるものだったので余計に恥ずかしい。
でもここまで来れたのは空や灯。そしてかおるのおかげだ。だから一言くらいあってもいいかもしれない。
勇太は仕切り直すように咳払いをする。
「……よし。えー……。今日をもって撮影は最後になります。ここまで来れたのは、脚本と演者として協力してくれた白鷹。そしてアシスタントとスケジュール管理を務めてくれた百万石。それから演技イップスの克服という目的があったとは言え、かおるの存在が欠かせなかったと思います。思い出せば……」
「勇太長い。時間ないの分かってる?」
「うっせぇ。挨拶しろって言ったのはお前だろ」
とは言いつつ、こんなことで時間を食うのは本意ではない。
勇太は頭の中で組み立てていた内容をばっさりと捨て去った。
「とにかく。みんなありがとう。もう少しだけ力を貸してくれると助かります。それじゃ気合入れていくぞ」
勇太が投げやり気味に言ってみれば、3人の掛け声が返ってくる。
そうして各々準備に取り掛かる。
勇太はカメラを準備し、灯はガンマイクのチェック。出番のない空にはアシスタント要因として働いてもらう。
カメラの準備を終えた勇太は、ステージ上に佇むかおるへ歩み寄る。
かおるは眼を閉じ、深く長い呼吸を繰り返していた。かおるにとってのルーティーンなのだろう。
声を掛けるべきか勇太は迷っていると、かおるがスッと眼を開けた。
「……なに?」
「あ……いや」
勇太は言葉に詰まる。別段、なにか伝えるべきことがあるわけでもない。なんとなしに近づいてみただけだ。でも、言ってやりたいことはある。
「かおる。その……。こんなことしか言えないけど」
勇太はかおるを見据え、かおるだけに伝わるような小さな声で言った。
「朝霧薫の力、見せてくれ」
「……うん」
かおるは自信たっぷりに笑う。
「魅せてあげる。だから勇太。ちゃんと撮って」
「もちろん」
勇太はカメラを設置した場所まで戻り、各自に合図を送る。
「それじゃ本番いくぞー。よーい」
そうして最後の撮影が幕を開けた。
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