scene3.14
「種崎さん。僕はかおるが演技イップスで女優業を休業しているのは知っています。でも、なぜ演技イップスになったのはか知りません。よかったら教えてくれませんか?」
「そ、それは……」
千尋は誤魔化すように口をもごもごと動かす。
かおるが演技イップスになった理由を鏡川勇太が知っていると思い込んでいた。だけど、その理由までは知らないときた。なら、かおるが伝えていないことを許可なしに教えてもよいのかと迷っているのだろう。勇太はそう思う。
「いま、かおるは俺と一緒に映画予告コンテストって言う映像作品を作っていて、そこでヒロインを演じています」
「え……」
「かおるは演技イップスを克服するためにそのヒロイン役を引き受けてくれました。それで、ちょっとづつですけど演技イップスを克服しつつあります。でも完全に克服したとは言い切れません」
勇太はジッと千尋の眼を見つめる。
「だから、よかったら教えてくれませんか? かおるが演技イップスになった理由を。そうすれば俺もなにか協力できるかもしれない。かおるが演技イップスを克服するのに」
勇太が真剣な声色を意識して話してみれば、千尋はしばらくの試案するような素振りを見せた。そして数秒ほど唸った後に、
「わかりました。でも……あの。できれば……」
「わかってます。種﨑さんから聞いたってことは内緒で」
「助かります。じゃないと僕、かおるさんにお仕置きされますから」
……どんな関係なんだろうか。
と、勇太は心の中でツッコミながらも、千尋の話の続きを待った。
「一応、最初に言っておきますがこれは又聞きの話です。そのとき僕は用事で撮影現場から離れていましたから」
そう前置きをした千尋は、口をごにょごにょと動かした後重々しく口を開いた。
「かおるさんが演技イップスになったのは、ある映画撮影の最中でした。鏡川さんは『君は悪い子』という映画をご存知ですか? かおるさんが最後に出演した映画なのですが」
その映画名には聞き覚えがある。行き倒れしているかおるを自宅まで送り届け、ごはんを作ってやったときに見た映画だ。なにより、犬山かおるが朝霧薫だと気が付いた映画だ。
「……知ってます。てことは、その映画の撮影中に演技イップスになったと」
「はい。その撮影の中でかおるさん演じるヒロインが、主人公を演じる男の子にカッターナイフで斬りつけるというシーンがあったのですが……」
千尋はこくりと喉を鳴らした。
「かおるさんは、その男の子を本当に斬りつけてしまい怪我を負わせてしまったのです」
「え……は?」
勇太は眼を見開く。だが千尋はブンブンと首を横に振った。
「いえ、実際は斬りつける演技でした。というより、そのカッターナイフも刃を潰した小道具が使われているはずだったんです。なのに……」
千尋は唇をギュッと噛んだ。
「スタッフさんがミスしたのか、刃の潰されていないカッターナイフが使われてしまったのです。それで現場は血の海に。斬りつけられた男の子は数針を縫う大ケガ。一応、そのシーンでお二人はクランクインアップだったので撮影自体は終わりました。でも、かおるさんはそのときのショックで……」
「演技イップスになった……と」
「はい。それが直接の原因だとは言い切れませんが……大方そうでしょう。それに、そのときの監督さんはけっこう厳しい人でしたので、かおるさんはNGをたくさん出されて精神的にも疲労していました。それらが合わさって演技イップスになったのかと」
千尋は深いため息を吐き出した。まるで、心の内につっかえたわだかまりを吐き出したかのようにして。
「それで……」
千尋は勇太にすがるような顔を向けた。
「それで、かおるさんの演技イップスは治りそうですか」
「それは……」
勇太は言葉に詰まる。
千尋から聞いたかおるの過去。勇太が知るよしもない、かおるの居た世界のお話。
正直、ド田舎に住む一介の高校生がどうこうできるような問題ではない。それに、これはかおるの問題だし、他人がどうこうしてやれることでもない。
だけど勇太は言わずには言われなかった。
「大丈夫だと思います。かおるは演技イップスをやっつけるために頑張っています。それに……かおるは俺に誓ってくれました。女優として復活するって」
勇太は少しだけ笑った。
「せっかく話してくれたのに……すいません。俺ができることなんて限られてると思います。でも俺は、かおるが女優として復活する姿を見てみたい。だから力を貸してあげたい。そう思ってます」
「か、鏡川さん……」
その瞬間、千尋はぶわっと泣き出した。
「ちょっ、あの」
「ううっ。すいません。すいません。そんなことを言ってくれるお友達がかおるさんにできてよかった。よかった。ううっ」
腕を眼に押し合えて、うっぐうっぐと千尋は泣き出した。
「かおるさんは東京から引っ越すときに僕に言ったんです。女優業は諦めるって。なのにっ、かおるさんは女優とした復帰したと思ってる。全部、鏡川さんのおかげです」
「いや、そんなことは……」
「いえ! 鏡川さんのおかげです! 鏡川さんなら構いません! かおるさんの彼氏さんでも!」
「だから違うって言ってんだろ! アンタ飛躍しすぎだ!」
「ううっ。結婚式には出ますからぁ!」
千尋は泣き続け、勇太は困ってしまった。
まったく泣き止む気配がないが、このままでは話が先に進まない。
「とりあえず。行きましょう。ケンちゃんが案内してくれますから」
そうして勇太は眼を赤くして泣き続ける千尋を引き連れ、かおるの元へと向かった。
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