scene3.13
「……あー。えっと……つまり、かおるのネージャーってことですか」
「はい。そうです。僕はかおるさんのマネジメントを務めていました。あ、申し遅れました。僕、
種﨑千尋と名乗った巨漢の男は丁寧に名刺を渡してきた。勇太は「あ、どうもご丁寧に。鏡川勇太と申します」と名乗る。勇太が名刺に眼を通してみれば『プロダクション ダビデ。種﨑千尋』と書かれている。
「それで、いま。かおるさんはどちらに?」
千尋は心配そうな顔で勇太に尋ねる。
「かおるさんがこちらに引っ越ししてから電話をしても出てくれないんです。できれば様子だけでもと思いこの町にやって来た次第でして……」
「はあ。なるほど。てか、そのためにわざわざ東京から?」
「はい。社長からの命令でもあります。それで……」
「話はわかりました。でも電話に出ないってことは、かおるは『会いたくない』って言ってるようなものだと思うんですけど」
「ええ。たぶん。そうだと思います。だから、遠くから一目見るだけでもいいんです」
千尋は残念そうに肩を落とす。
かおるがマネージャーである千尋の電話を無視しているのは、なにか思うところがあるのだとうとは思う。でも直接会うわけではないし、たぶん問題はない。
勇太は「わかりました」と頷く。
「おい。ケンちゃん。この人危なくないから。出てこい」
暗がりに向かって言えば「くぅ~ん」と鳴き声と共にケンちゃんが姿を現す。
「わっ! なんですかこのワンちゃんは?」
「かおるが飼ってるんですよ。さあケンちゃん。かおるのとこまで案内してくれ」
勇太がそう言ってみれば、ケンちゃんは千尋をチラ見しながら歩き出した。
勇太と千尋は連れ立ってケンちゃんの後をついてゆく。
「それで……その。鏡川さんとかおるさんはどういうご関係なのでしょうか。も、もしかして彼氏さんですか?!」
「なんですか。いきなり。そんなんじゃないですって。家が近所で……同じ高校ってだけです」
「そうなんですか。よかった。僕、かおるさんが小さい頃からマネージャーをしているので、かおるさんのことを娘とか妹みたいに思ってるんですよ。なのでそういうの聞くと心臓に悪いんです」
「へぇ。てか、かおるが小さい頃ってことは子役時代……」
「はい。あの頃から一緒にお仕事をしていました」
千尋は遠くに視線をやり、なにか思い出しているような顔になる。
「あの見た目からは想像できないかもしれませんが、とってもわがままな子だったんですよ。でも演技にかけては天才的で、将来は名女優として名を残すはずだったのですが……」
千尋ははっとした顔になり口を閉じた。恐らく、名女優になるはずだったの言葉に続くのは。
「演技イップスのせいでその夢も崩れさった。と」
「え? ご存知なんですか!?」
千尋は信じられないようなモノを見た顔になる。
「まあ……いろいろあってかおるから聞いてます」
「そうなんですか。かおるさんは鏡川さんのことを信頼しているのですね。かおるさんは自分が演技イップスになったことを伝えている人は、数えるほどしかいませんから」
「そうっすか」
千尋が口にした「数えるほどしかいない」という言葉に、勇太はこそばゆさを感じ、身体をよじった。すると千尋は小さく溜息をついた。
「だけど、それも仕方ありません。かおるさん自身も、あの事件のことは誰にも話したくないと思いますし……」
「あー、そうでしょね。……え? あの事件?」
「え……あれ? ご存知ないんですか?」
千尋はその場で立ち止まり、あっけに取られた顔になる。
勇太も立ち止まり、肩越しに千尋を見た。
たしかに、かおるの演技イップスについては知ってる。だけど演技イップスになってしまった理由までは知らない。いま千尋が口走った「あの事件」という言葉。それはたぶん……。
勇太は千尋に振り直った。
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