scene3.9

「あ、イカ焼きだ」

「まだ食うのかよ。太るぞ」

「お祭りでそんなこと気にしちゃダメでしょ。おじちゃんイカ焼き一つ」

「はいよ~」

 勇太の助言など無視して、かおるは屋台のおっちゃんからイカ焼きを受け取る。

 勇太はカメラを構え、イカ焼きを頬張るかおるを写真に収めた。

 ひと騒動あった後、4人してお祭りを回っている。

 かおるはさっきから露店の食べ物を食べ続け、勇太はそんな彼女のポートレートを撮影していた。

 勇太は、久しぶりに使ったフィルム一眼のファインダーから顔を上げた。

 やはり女優ということもあってか、犬山かおるは絵になる。イカ焼きを食っているだけにも関わらず可愛らしいのだから、顔の良さというのはズルい。

 勇太はカシャカシャと写真を撮りつつ、後ろを見る。

「白鷹さん。リンゴ飴食べませんか?」

「リンゴ飴かぁ。小学校以来だな。よし、買うか」

 空と灯はそんなやりとりをしていた。

 灯は空の真横をキープ。嬉しそうな顔で空の横顔を見ている。眼が恋する乙女のそれだった。

「あ、リンゴ飴。私も買ってくる」

「おい。馬鹿。邪魔してやんな」

「すぐ戻ってくるから大丈夫」

 かおるは空と灯のいる屋台まで行き、小さいサイズのリンゴ飴を受け取ってすぐに戻ってきた。

「ただいま。灯ちゃんと白鷹くん仲良くお話してた。もしかして灯ちゃん告白するのかな」

「さあな。でも……」

 告白してもその恋が叶うことはない。勇太は心の中でそう呟いてみる。

『灯からの好意を知っている。でも応える気はない』いつだか空からそんな話を聞いている。

 急に黙ってしまったことを不審に思ったのか、かおるは顔をして首を傾げてくる。

「でも……なんなの?」

「なんでもないよ。それよか、リンゴ飴舐めてくれ。写真撮りたい」

「はーい。ご注文通りに」

 かおるは唇にリンゴ飴を近づけ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 彼女から犬山かおるという人間の匂いが消え、妖艶さを感じさせる女の子に変化してみせる。朝霧薫という女の子の変身ぶりは天才的だ。

 勇太はシャッターを切る。するとかおるはリンゴ飴を勇太に向って差し出してきた。

「勇太、食べる?」

 可愛らしく小首を傾げた彼女に、思わずシャッターを切ってしまった。

「いらない」

「えー、食べてよ。えいっ!」

「うぐっ」

 かおるは一瞬の隙をつき、勇太の口にリンゴ飴を突っ込んだ。

「あはは! 変なこえー!」

「犬山……お前」

 口からリンゴ飴を取り出した勇太は、かおるから顔を逸らした。

 頭はくらくらするし、リンゴ飴の味がわからない。

 高校生になって気にするようなことでもないとは思う。でも気にしないほどに女の子に慣れているわけでもない。だけど、飴とペットボトルじゃ色々違いするぎる。

「ねえ、ところで勇太。どうかな?」

 前を歩くかおるが両手を広げ、浴衣の袖を小さく振った。

 だが勇太には、その意図がよくわからない。

「どうってなんだよ」

「だから、あの朝霧薫が浴衣着てるんだよ? 一般人の眼で。こんなサービスありえないんだから」

「急に芸能人ぶるな」

「だって芸能人なんだも。で、感想は?」

 かおるにじっと見つめられ、勇太は思わず視線を逸らしてしまった。

「……いいと思うぞ。その浴衣はかおるっぽい」

 かおるの浴衣は少し派手な柄だが、それが彼女の可愛らしさと大人の色っぽさを惹き立てている。大人と子供の中間、高校生の犬山かおるの魅力を引き出しているように思う。

 そんな自らの感想を抜きにしいても、すれ違う人間がときおりかおるに振り向くあたり、客観的に観ても似合っているのだと思う。

「ふぅん。私っぽいか。よかった。……って、あれ、なに?」

 かおるは視線を上げ、そちらに向かって歩いてゆく。

 勇太がかおるの向かう先を見てみれば、脇道から短冊の飾られた笹が覗いていた。七夕の短冊だ。

 たしかに、このお祭りは時期的に考えても一応は七夕祭りの部類だ。ただ、どうにもかおるが気になったのはそこではないらいし。

「……ええ……。なんで魚の頭が飾ってあんの?」

 勇太が追いついてみれば、かおるは戸惑った様子でなにかを見上げている。

 道の向こうまでアーチ状並ぶ笹は、まるでトンネルのようなっている。ただ、そのトンネルの入り口には大きな魚のお頭が飾られていた。

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