scene3.8

「なあ、勇太。女って何に関しても基本的に時間かかるよな」

「それは、買い物が長い奥さんとか彼女を待ってる男の気分って言いたいのか?」

「そんなとこだ」

 勇太と空は人の往来を眺めならそんな会話をしていた。

 2人して甚平に身を包み、家の中で浴衣を着つけてもらっているかおるを待っている。灯もまだ家の中だ。

 勇太は隣にいる空をチラリと見た。

 灯からの誘いについてあれこれ隠すのも面倒だった勇太は、かおると空に対し「百万石は白鷹と一緒に祭りを楽しみたいんだって。でも2人きりじゃ恥ずかしいからかおると俺も一緒にどうかだって」と包み隠さず伝えてる。かおるは浴衣が着たいと言って二つ返事で了承しているし、空は特になにも言うことなく承諾した。

 灯はいまだに自分の好意が空に知られていないと思っているし、こんな雑な誘い方でも問題ない。

 そんなことを勇太は考えていたのだが、空が何気ない顔で口を開き、

「で、勇太って犬山さんのこと好きなのか?」

「ん?……はぁ!?」

 大きな声を出してしまった勇太に、通行人が視線を向ける。だがすぐに目を逸らしそのまま歩いてゆく。

「んだよ。急に。つか、なんでそんな話になる」

「いや……だってよ」

 空が口元を押えククッと笑った。

「勇太。さっきのキスシーンの撮影のとき。すげぇ顔してたぞ」

「はあ?」

「だから、俺のこと睨んでたんだよ。勇太のあんな顔始めて見た」

「そんな顔してない」

「あっそ。でも、あの顔はネガティブな感情持ってるときの顔だな。例えばそうだな。嫉妬」

「……」

 その言葉に、勇太はなにも言い返せなくなる。たしかに、先ほどカメラを構えているときの感情を言葉にするならそれが近いかもしれない。だけど……

「でも、だからって恋愛感情にはならないだろ」

「そうか? 例えばだけど、俺が犬山さんと付き合ったら勇太はどうする?」

「どうするって……」

「いや、どう思うかなだな。俺と犬山さんがセックスするとこ想像してみりゃ――」

「やめろ」

「ほら見ろ。その顔だ」

 空はニヤニヤと笑ってくる。

 勇太は自分の顔が強張っていることに気が付く。小さく溜息をつき、地面に視線を落とした。

 空の言いたいことはわかる。でも、だからと言って簡単に頷くことはできない。プライドが邪魔しているというよりも、この気持ちを恋愛感情と言うことに納得できなかった。

 勇太は肩を竦め、気丈に振舞ってみせてた。

「かおるとはそれなりの仲だしな。仲のいい友達が誰かに取られたら、嫉妬くらいするかもしれない」

「女みたいなヤツだなぁ。勇太って」

「うるせぇ。でもこれは恋愛感情じゃねーぞ。わかったらこの話は終わりだ」

「あーはいはい。ったく。じゃあなんなんだよ。勇太と犬山さんの関係って……」

 と、そのとき。カラカラッと戸の開く音がした。

 二人して振り向いてみれば、戸の向こうから百万石灯が出てきた。だが、なぜか彼女は暗い顔をしている。

「……ねぇ。鏡川さん。鏡川さんと犬山さんの関係ってなんなんですか?」

「はい?」

 意味がわからず勇太は首を傾げる。

「私、よくわかりません。たしかに世の中にはそういう性的趣向があるのかもしれません。ですが二人はお付き合いしていないんですよね?」

「百万石。なに言ってんのかさっぱり分からないんだけど」

「私からすれば鏡川さんがわけわかりません! なんですか! これは! この首輪!」

 灯は戸の向こうからグイッとかおるを引っ張り出してきた。そして指さすかおるの首元。そこにあるのは……

「げぇっ! なんでその首輪着けてやがる!」

 かおるの首元にあったのは首輪。チョーカーなどではない。いつだか勇太がケンちゃん用に用意した首輪を、かおるがふざけて着けた首輪だった。

 かおるが恥ずかしそうに笑う。

「だって、勇太がくれたんだもん」

「かおるにやってねぇよ! ケンちゃんにだ!」

「でも勇太。こういうの好きなんでしょ? これ着けたらやらしい眼で見てきたし」

「見てねぇよ!」

「やっぱりそうなんじゃないですか!」

 灯がかおるをぶんぶんと揺さぶった。

「ダメですよ! 犬山さん! こんな……こんな! おかしいです!」

「うーん。おかしいかな? この首輪犬用だけど、チョーカーっぽくない?」

「犬用!?」

「うん。それにGPSも付いてるの。すごい便利」

「GPS⁉ 四六時中、鏡川さんに居場所知られてるんですか?」

「そうみたい。でもそのほうが安心かも」

「安心!? 監視されてるのがですか!?」

「うん。だって私方向音痴だし」

「あああああああああ」

 灯があわあわと慌てているが、かおるはきょとんとしている。

「勇太。お前ってそういう趣味があったのか。意外だなー」

 空が苦笑い気味にそんなことを言ってきた。だが、勇太としては誤解を解くものめんどくさかった。

「ああ。そうだよ。これが俺とかおるの関係性だ」

 そんな適当なことを言ってみれば、空にあきれ顔をされてしまった。

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