scene3.7

「つまり。私に内緒で犬山さんと白鷹さんのキスシーンを撮影しようとしていた。ということでいいのでしょうか?」

「はい。その通りで。でも百万石、これには――」

 その瞬間、眼前を黒い影が落下して畳に突き刺さる。勇太が恐る恐る見てみれば、ギラりと輝く守り刀が畳に刺さっていた。

「ああ。すいません。うっかり落としてしまいました。いいですか鏡川さん。返事ははいかいいえでお願いします。それ以外はダメです」

「はい。いや、でもさ」

「いいですね?」

 灯がまたしても守り刀を取り出した。そんなものをどこから取り出したのか分からないが、とりあえず黙ることにする。

 いま勇太と灯がいるのは四方を襖で仕切られた仏間だ。

 正座して俯く勇太に対し、灯は仁王立ちスタイルで腕組みをしている。

 ここは、灯に連れてこられたのは蔵付きのお屋敷の一室。灯が父の名代として挨拶に向かう家だったらしい。その家の仏間に勇太は引き釣り込まれ灯に事情を説明することになった。ちなみにかおると空はお家の外で待機中。

 灯が「はあ」と深いため息をつく。

「鏡川さんは、私が白鷹さんのことを好きなのを知っているんですよね。というより、いつぞやお話していましたよね」

「はい」

「そのとき協力してくれると言ったはずです。なのにこの仕打ちはあまりじゃありませんか?」

「たしかに」

「それに……。その、し、白鷹さんの……白鷹さんの……」

 灯は言葉を詰まらせ、頬を朱色に染めた。

「白鷹さんのファーストキスをもらうのは私です。犬山さんはお友達ですが、きっとあのままキスしていたら私は犬山さんをぶっ殺していたでしょう」

「でしょうね」

「私としても犬山さんとは良い関係のままでいたいと思っています。なので、このキスシーンは中止にします。

「いや、でも……」

「いいですね?」

「……はい。わかりました」

 灯の眼が恐ろしく怖かったので、勇太は黙ることにする。

 こうなってしまってはどうしようもない。それに百万石の眼を盗んで撮影するというのも無理だろう。なら、撮影ができない以上ここにとどまる必要もない。

「よし。キスシーンは中止にするから許してくれ。そして俺を開放してくれ」

 勇太は立ち上がろうとしたのだが、

「いえ、待ってください。せっかく来たのですから皆さんでお祭りを楽しんでいきませんか?」

 灯が嬉しそうな顔で勇太を引き留めた。

「いや。別にそんなつもりで来たわけじゃないし……」

「それに、若い人が参加してくれたほうが地域の皆さんも喜ぶと思いますよ?」

「……うわぁ。田舎のよくないとこだ。年寄り喜ばせるために地域の行事に子供を強制参加させるの」

「まあ私としてもそれは建前です。本音を言えば白鷹さんとお祭りを楽しみたいんです」

「腹黒いぞ……。てか、それなら白鷹誘えばいいだろ。俺とかおるはいないほうがいいじゃないのか?」

「ダメです! ダメに決まってるじゃないですか!」

 灯はぶんぶんと首を振った。そのあとで眼を右上に動かし、顔を真っ赤にさせる。どうにも空とのデートを想像しているらしい。

「そんなことをすれば噂になってしまいます!」

「噂って……そんなの気にしなくていいだろ」

「ダメなんです。それに……」

 百万石はしゅんと肩を落とした。

「それに……私は百万石家の人間です。ですから……その」

「……」

 勇太は俯き気味の灯をジッと見る。

 たしかに田舎じゃ噂のめぐりは早い。どこどこの誰それさんが何をしていた。なんて情報はすぐに広まってゆく。煩わしいと思う人間はそういった田舎の風潮をとことん嫌うし、気にしない人間は気にしない。なら気にしないければ問題ないとも言える。

 だけど百万石灯は別だ。

 その苗字にどれほどの重みがあるのは知らない。でも、地域行事や政に百万石性が連なっていることを考えると、きっと灯にしか見えない世界もあるのだろうと思う。そういった田舎の煩わしさを搔き集めた世界に灯はいるのだ。だから好意を寄せている人間に対しても、行動が制限されてしまう。

「……わかったよ。白鷹とかおるを誘ってくる」

「本当ですか!?」

「撮影でいろいろ世話になってるしな。そのお礼だと思ってくれ」

「おーけーです! さあ、白鷹さんと犬山さんに話をつけてきてください!」

 灯は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。

 そんな灯の姿に勇太は苦笑いを浮かべる。まあ、これでキスシーンを撮影しようとしたことも帳消しにしてくれるだろう。

「んじゃちょっと行ってくるから」

「わかりました。あっ、そうです。いいこと思いつきました」

 勇太が肩越しに振り向けば、百万石は浴衣の袖をひらひら振っていた。

「せっかくなで、皆さん浴衣を着ませんか?」

「浴衣?」

「ええ。このお家の奥さんは着物教室の先生をしておられます。なので、私が頼めば貸してくれるはずですよ」

「ふぅん。いいんじゃねぇの。夏っぽくて。とりあえず、かおると白鷹呼んでくるわ」

 勇太は何気なしにそう答え家の外へと向かう。

 ふと、かおるの浴衣姿を想像してしまい、思わず肩を竦めた。

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