scene3.6

 このキスシーンは『喧嘩した主人公のがくとヒロインである三波みなみが仲直りの意味を含めてお祭りに参加し、そこでキスをする』という場面だ。そのため、空とかおるは限りなく身体を近づける必要がある。

 事実、ファインダー越しに映る2人はゆっくりとその距離を詰めてゆく。空が少し腰をかがめ、かおるは眼を潤ませた。

「三波……」

「……岳くん」

 2人は相手の名前を呼び合い、次第に唇に近づけてゆく。

 空の顔は震えているが、それらしさがあっていい。うっとりとした表情で空を見つめるかおるは、恋する女の子そのものだ。

 まるで引き寄せられるかのようにして、2人の唇が吸い寄せられてゆく。

 だが、その瞬間。勇太の胸の内をザラリとしたものが撫でた。

 揺らめく青色の炎でジリッと肌を焦がされたような感覚。じゅくじゅくとした痛みを伴った違和感が、じわじわと体の隅々まで広がってゆく。その感情を辿っていけば、そこには白鷹空がいた。

 ……これは演技だ。

 かおるも了承しているし、空も渋々ながら受け入れてくれた。なにより、渋る空を「かおるはなんとも思ってない」と言って説得したのは紛れもない自分だ。なのに、空という男に厭な感情を向けてしまう。かおると空がキスをするという事実に胸の内がさざ波立つ。これじゃあまるで……

「ねぇ。お二人、本当にキスしてしまいますよ?」

「……あ? そうだよ。予定通りだ」

「予定通り? まさか本当にキスするんですか?」

「だからそうだって言ってんだろ。こっちは集中してんの。邪魔すんな」

「ちょっと勇太! なんでカメラマンが喋ってんの!

 なぜかかおるが演技を止め、激高した様子を見せた。

 勇太がファインダーから顔を上げてみれば、空も怪訝そうな顔をしてこっちを見ている。

「信じらんない! なに一人でブツブツ独り言を――うげぇ!?」

「そうだぞ勇太。なんで喋ってんだ。マイクに音が入るだろ……あ」

 2人はギョっとした顔を勇太に向ける。ファインダー越しに映る2人の眼は恐怖の色に染まっていた。どうにもその視線は勇太の後ろに向けられているらしかった。

「なあ、お前ら。なにやってんだ。せっかくイイ感じに撮れて……」

 勇太は首を傾げつつ、ゆっくりと後ろを振り向いてみれば、

「――あっ」

 ヒュッという音が喉から漏れた。次の瞬間には頭皮の毛穴がぶわっと開くのがわかった。

「百万石……さん?」

「はい。百万石さんですよ~」

 そこに居たのはニコニコ顔で笑う百万石灯。

 髪を後ろでまとめ上げ、浴衣を着ていた。だがそんな涼し気な姿とは対照的に、瞳の奥で揺らめく感情の温度は高そうだった。

 勇太はスッと視線を地面に移す。

「……奇遇だな。なんでここにいるの?」

「はい。昔から百万家とこのあたりの地域はそれなりに関わりがあったんです。それで、今日は父の名代としてご挨拶に伺ったんです」

「へぇ……。そっか。地主ともなると大変だなぁ。あ、そうだ。俺ら撮影の許可とか取ってないからさ。百万石の地主パワーで――」

「鏡川さん」

 灯は笑みをスッと引っ込め、底冷えするような低い声で勇太の名前を呼んだ。

 勇太の顎先からポタリと汗が流れ落ちる。

「ちょっと……お話をしましょう。二人きりで」

「……はい」

 勇太は素直に答え、灯の後を黙って着いてゆくことにした。

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