scene3.3
その視線は、勇太の目の前にあるノートパソコンに注がれている。正確には、いま流れている映画予告だろう。
「この映画は君が撮ったのか?」
一誠は間髪入れず、勇太に質問する。
「ええ、まあ。でもこれは映画予告コンテストに出す映像で、実際に映画は撮ってません。てか、あの……なんか用ですか?」
「いや。気になっただけだ。ちらっとパソコンの画面が見えて」
一誠は食い入るように映像を見つめる。しまいには勝手にマウスを動かし、再び映画予告の映像をリピートさせはじめた。
……どうしよう。ヤバイ人につかまっちまった。
「あ、あの。すいません。そろそろ――」
「待たせたな勇太。帰るぞー……ってなにやってんだよ」
勇太の視界に空が現れる。トイレを済ませ席まで戻ってきてみれば、この状況に出くわしらしかった。
「いや、なんか気になったらしい」
「へぇ。プロに興味持ってもらえるってすげぇな。じゃなくて帰るぞ。勇太。なあ、アンタもどっか行ってくれ。監督さんよぉ」
「……」
空の言葉を無視して一誠は無言でモニターを見つめている。
「はあ……。やっぱクリエイターっておかしいヤツ多いな……っと」
空はノートパソコンをパタンと閉じると、パソコンを持ってそのままレジへと向かってゆく。
「あ、おい。白鷹」
勇太は空を追いかけつつ、チラリと一誠を見みばそこから動く気配すら見せない。
「彼女はどうしてる?」
ポツリ、と一誠が呟いた。
それが自分にかけられた言葉だと理解するまで、勇太は数秒を要した。
「……彼女?」
「ああ、朝霧薫はどうしてる?」
「――なっ」
なぜ、そのことを知っている。喉まで出かかった言葉を勇太は飲み込んだ。
かおるは活動を休止しているとはいえ、数年前までは現役で活躍していた。なれば眼の前にいる一誠がその存在を知っていてもなんら不思議ではない。同じ映画界に属していた人間であるならば。
一誠がジッと勇太を見つめる。
「彼女はいま、どうしてる? なぜそんな学生映画に出演している」
「それは……」
「彼女は女優として復帰しないのか?」
「いや、だから」
質問ばかりされ辟易する勇太。どうにもこの一誠という男は、かなりの変り者らしい。
「――それで、演技イップスはいつ治る?」
勇太の喉が鳴った。いま、なんて言ったか。
「……あんた。知ってんのか」
「ああ」
「……なにがあった?」
勇太の口から自然とその質問が出た。別に聞いてみたいと思ったわけではない。ふいに口を突いて出た。
だが、一誠は興味を失ったかのように勇太から視線を逸らした。
「君が知らないのなら、それでいい」
一誠はきびつを返すと、元座っていた席へと戻って行く。
「教えてもらえないんですか?」
「知らなくていい。君は素人だし、業界の人間でもない。全部、こっちの話だ」
言い残し去ってゆく一誠の背中を、勇太はジッと見つめる。
こっちの話。その言葉が指すのは、かおるが元いた世界の話。つまりプロの世界。だから業界の人間でもない素人に聞かせる話でもない。そう一誠は言っているのだ。
「おーい。勇太。会計済ませたから帰るぞー」
レジ前にいる空が勇太を呼んだ。勇太は、一誠と、その向こうで様子を窺ってくる隼人に一瞥くれたあと店の外に出た。
「なあ。いまなんの話してたんだ?」
原付に跨った空が、ヘルメットをかぶりつつそんな質問をしてくる。
「……いや、大したことじゃねぇよ。ほら、俺のコーヒー代」
勇太は金を空に渡し、ヘルメットを被る。
「じゃあ白鷹。テスト明けは頼んだぞ」
「ああ。わかってるよ。てか、マジでいいんだな?」
「なにが?」
勇太が首を傾げてみれば、空は小さく溜息をついた。
「だから、俺と犬山さんがキスするの。お前としてはなんともないんだよな」
「……」
そう何度も言われると、考えないわけにはいかない。さっきは、あの二人の来店もあってうやむやになった。しかし再び聞かれ、その気持ちに誤魔化しができなくなる。
だけど、これは撮影だ。彼女はプロだし、そのあたりのことはなんとも思ってないだろう。
「別に。なんともねぇよ。撮影だしな」
「……ふぅん。そうかよ。ま、ならガチでやってやるよ」
「ああ」
勇太は原付に跨り、エンジンをかけた。
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