scene3.2

 琴ヶ浜縁ことがはま ゆかり。勇太と同じ2年A組のクラスメイト。

 くりくりとしたお目眼に、明るく染色された髪はゆるふわカール。身だしなみに気を使っているらしいが、田舎には不釣り合いなほどオシャレすぎる格好をしている。

 縁は、この喫茶店を経営する夫婦の娘であり、いまはその手伝いをしているらしかった。いわゆる看板娘だ。

「おお、琴ヶ浜。なんか用か?」

 空が何気ない素振りで質問すれば、縁は「はあ?」と声を漏らした。

「だ・か・ら。コーヒー一杯でいつまで居るつもりかって聞いてんの? ママが超怒ってんですけど。ほら見ろ」

 縁に指さされた方を見ると、そこにはキッチンカウンターがあり、その奥にはニコニコ手を振ってくる琴ヶ浜縁ママ。ただ、その瞳の奥は笑っていないように勇太は見えた。

「でもさ、俺の家は壁の改修工事でうるさいんだ。ちなみに勇太の家はネット回線の速度が遅すぎて話にならない」

 と、白鷹は肩を竦め、

「だな。美星で無料のWi-Fiがあるのここくらいだし。仕方ねぇよな」

 と、勇太が言い訳を述べてみたが、縁の表情が和らぐことはなかった。

「いいから。これ以上注文しないなら出てって。超迷惑」

「あー。はいはい。わかったよ。ったく、勇太行こうぜ」

「だな。編集も終わったし、この店に用事もないしな」

「あ、待ってくれ勇太。その前に便所行ってくる」

「了解。行ってこい」

「あんたらねぇ……」

 縁がぷるぷると震え出し、いまにも怒りを爆発させようとしている。しかし空はそんな縁を無視して席を立ち、そのままトイレへと向かう。

 と、そこで勇太はふと思い出す。

「なあ、そういえば琴ヶ浜。あそこに座ってる奴、なんて名前か知ってるか?」

「はぁ? 名前? なに言ってんの?」

「いや、いま店に入ってきた奴ら。さっき琴ヶ浜が席まで案内したろ。白鷹が言うには芸能人らしんだけど」

 勇太は、先ほど入店してきた2人組を指さした。

 まあ、イケメン俳優であれば野郎よりも女の子のほうが詳しいだろう。

「あの髭面のおっさん? 誰?」

「そっちじゃねぇよ。向いのイケメンだ」

「ああ、あっちね。てか、こんなド田舎に芸能人なんて……ええっ!?」

 呆れ顔だった縁が一気に目を見開いた。

「うっそ! なんで!? なんで稲垣くんがいるの!? 信じられない! 」

「え? なんだって?」

「隼人くんだよ! 稲垣隼人いながきはやと! 俳優の! いま女子の間ですっごい人気あるの!」

 縁は眼を輝かせ、胸の前に抱いていたトレーを抱きしめた。

 どうにも、庵野一誠と一緒にいるイケメン俳優は稲垣隼人と言うらしい。

「へぇ。稲垣隼人ねぇ……。そんなに人気なのか?」

「あったりまえじゃん。鏡川くん疎すぎ。てか、知らなさすぎ。おかしいんじゃないの?」

「疎すぎって……琴ヶ浜こそ席まで案内したときに気が付かなかっただろ……。あ、そういや。その隼人くんと一緒にいる髭面の男、映画監督らしいぞ。庵野一誠っていう。知ってたか?」

「知らない。私、映画監督とか興味ないし」

「琴ヶ浜って疎すぎだろ。てか知らなさすぎ。おかしいんじゃないの?」

「ああ? なんか言った?」

「――すいません。注文いいですか?」

 突然声がかかる。

 その声の主は稲垣隼人らしく、片手を上げて縁を手招きしている。

「うっわ! どうしよう! サイン貰わないきゃ! は~い。いま行きまーす!」

 縁は声をワントーン上げて言ったあと、ギロリと勇太と空を睨む。

「いい? とにかく、トイレが済んだら出てって」

「わかってるよ。すまんな琴ヶ浜」

 縁は足取り軽く立ち去ってゆく。さすがに勇太もこれ以上長居するのは心苦しくなり、そろそろ店を出たいところだが、なんせ空がトイレに行ったまま帰ってこない。

「……もっかいだけ見とくか」

 仕方なく、先ほど編集を終えた映像を通しで見ることにした。

 毎年夏頃になると公開される系の恋愛映画。その予告映像は本当によくできている。

 自画自賛だと思いつつも素直にそう思ってしまう。その中でも、ヒロインを演じるかおるの存在感が大きい。むしろ存在感が大きすぎて異質だ。

 その理由を「彼女がプロの女優だからだ」の一言で片づけることもできるが、それ以上にかおると言う女の子は、ファインダーを通して見ると全く別な印象を感じさせる。映像の中で動く彼女は、普段のかおるとは全く違う。  

 というより、犬山かおるでも朝霧薫でもない。物語に登場する人物そのものなのだ。つい「この女は、最初からこういう人間なのだ」と思わせる力がある。ヒロインである内海三波とはこういう人間なのだと、疑いようもなく信じてしまう。信じさせられてしまう。そんな力がある。

 ここ数カ月の撮影を通して、かおるの女優としての凄みを実感させられた。そして同時に思う。おそらく彼女はお芝居の神様に愛された……

「天才だな」

 突如、後ろから声がした。勇太がぎょっとして振り返ると、

「あ……え? 監督?」

 そこには一誠いっせいの顔があった。

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