scene2.6
「てことで、ゴールデンウィークの撮影もラストだ。気合入れていくぞー」
「はーい。 頑張ってねー白鷹くん」
「おう。百万石も頼んだぞ」
「はい! 頑張りましょう白鷹さん!」
一日お休みを挟んだ、その翌日。
ところ変わって、勇太たち4人が訪れたのは町内の美山地区と呼ばれる場所。
周囲にあるのは田んぼ&田んぼ&田んぼ。そしてその中を突っ切る一本道。
田舎にありがちな風景だが、実は美星町では珍しかったりする。山間部に位置し、里山の体を成しているこの町は圧倒的に棚田が多い。よってどこまでも続く田園風景というのは、ここ美星町ではわりとレアな風景だったりするのだ。
勇太はそんな景色を背にして、
「よし、じゃあ各自準備してくれ」
と、合図をすれば4人はそれぞれ撮影の準備に取り掛かる。
が、今日の撮影はいつもと勝手が違う。
「とりあえず、かおるは白鷹と二人乗りしてくれ。で、俺は百万石と二人乗りだ」
今日撮影するのは主人公とヒロインが自転車で二人乗りするシーン。
かおるは空の漕ぐ自転車の荷台に乗る。その2人を撮影するため、勇太は灯に自転車を漕がせ荷台に乗る。並走する形でかおると空を撮影するのだ。
自転車に跨っている灯に、勇太は話し掛ける。
「なあ、一応確認なんだけど。ここ、百万石の土地なんだよな」
灯は肩越しに振り返り「はい」と頷いた。
「そうですよ。このあたりは昔から百万石の土地です。でも、戦前はあの山の向こうまで私たちの土地だったと祖父から聞いています」
遠くに見える山を指さす灯。
「どんだけ広いんだよ……」
「ま、百万石家って言や美星町じゃ名家で名前が通ってるしな」
と、白鷹が自転車のペダルを確かめながらそう言った。
「いえ、大したことありません。ただ、百万石家の人間が土地を持っていただけ。それだけのことです」
空に家のことを褒められたからか、それとも自分が褒められたと受け取ったのか。それは定かではないが、灯は頬を朱に染め首を振った。
「でも百万石の持ってる土地なら、お回りに見つかっても補導されることもないだろ」
「そうですね。私有地ですし」
空の言葉に、ふふっと笑う灯。
それに、田舎の監視ネットワークを恐れる必要もない、と勇太は思った。学校に一報でも入れられたら面倒だし、田舎なのでどこの誰が悪さをしたのか、人づてに調べてゆけばすぐに顔が割れる。そんなことになれば4人揃って仲良く生徒指導室行きだ。
「よし、それじゃ撮影するから、かおると白鷹スタンバイ頼む。百万石、頼んだ」
「はい。それでは行きますね」
灯は自転車を漕ぎ出した。二人乗りをしているために一瞬だけグラついたが、あとは真っすぐ自転車は走ってゆく。勇太が後方で待機している空に合図を送れば、空も自転車を漕ぎ始めた。そして、自転車同士が狙いの距離に来た当たりで、
「本番いきまーす。5、4、3……ちょ、待った待った。ストップ」
勇太の慌てた声にキキッと自転車のブレーキ音が鳴った。勇太の後ろを着いていた空も自転車を止める。
「すまん。ピントがボケた。もっかい頼む」
勇太がそう言えば、かおるはワザとらしい溜息をしてくる。
「は~あ。ちゃんとしてよ。ピントがボケるとかあり得ないから」
「いや、難しいんだよこれ。しかも一眼で動く被写体追うのって」
「はぁ……やれやれ。役者待たせるとかカメラマン失格じゃん」
「こっちは素人なんだよ」
勇太はかおるを軽く睨む。
活動休止をしているとは言え、かおるはバリバリのプロ女優だ。だから周りにいた人間もプロばかり。こんな初歩的な失敗など許されないという価値観でもあるのだろう。
「……よし。だいたいコツは分かった。もう一回いくぞ」
勇太の掛け声にともない、再び自転車二人乗りのシーンの撮影をスタート。今度はきちんとピントも合い、いい感じだったのだが、
「うげぇ! なんか口に入った! 白鷹くんストップ! 自転車止めて!」
かおるが騒ぎたて、再び自転車はストップする。
「ぺっぺっ! なにこの黒くて足が……虫?! 虫だよ! 勇太!」
「だろうな」
「ちょっと! なんでそんな落ち着いてるの!?」
「こんな田んぼの中で自転車走らせたら虫の一匹や二匹口に入る。当たり前だろ? てか、そんくらい我慢できるよな。女優だし」
勇太がかおるにだけ伝わる嫌味を言ってやれば、かおるはピクリと眉を動かした。
「ふ、ふん! 当たり前じゃん! もっかい行くよ!」
ムキになったかおるはバシバシと空の背中を叩いた。可哀そうに……。
そして再び撮影を再開させたのだが……
「あああああ!? なにこれ! なにこの虫の大群! 痛い! 肌が痛い!」
「蚊柱に突っ込んだろ。可哀そうに。でも田舎じゃよくあることだ。よし、そのまま続けて。はい、どーぞ」
「おかしいんじゃないの!? こんなの中止だよ中止!」
「いや、頑張れよ。女優魂見せろ」
「むりむりむり! ああ?! 眼に虫が入った! 眼がぁ!」
かおるは空の胴体に回していた腕を離し、自分の両目を抑えた。そのため自転車がバランスを崩しかけ、空は急ブレーキで自転車を停めた。
「大丈夫か犬山さん。ちょっと見せてみろ。虫取ってやるから」
するとその様子を見てのことだろう。灯は「わ、私も!」と言って自転車を停め、空の元へと駆け寄った。
「ああ、白鷹さん。私も眼に虫が入ってしまいました。しかも両目です。取っていただけますか?」
「お、おう。いいけど。あん? 両目見えないのになんで走って来れたんだ? つか、勇太に取って貰っても……」
「いえ、白鷹さんお願いします。鏡川さんは恐らく不器用です」
「ううっ。白鷹くん優しい。それに比べて勇太はクズ」
「うっせーな。虫くらいで大げさだ」
勇太がそう言うと、虫を取ってもらったかおるが軽く睨んでくる。涙目だった。
「ひどいよ勇太。私、虫あんまり好きじゃないのに……」
「奇遇だな。俺も好きなほうじゃない」
「……もうやだ。田舎怖い。お家帰る」
「いいやダメだ。このシーンは絶対に撮影する。絶対にだ」
語勢を強くする勇太。その態度にかおるは駄々をこね始めた。
「えー。もういいじゃん。自転車二人乗りするシーンとかいらないよ」
「必要だ。俺はこのシーンだけは撮りたい」
「なんでそんなにこだわるの?」
すると、3つの視線が勇太に集まった。
……なぜこだわるのか。そんなの簡単だ。勇太は咳払いをする。
「いいか。かおる。俺にとって……いや、美星分校に通う野郎共にとって女の子と自転車で二人乗りするのは、一度は思い描く夢なんだよ」
かおるは「は?」みたいな顔になる。だが勇太は構わず続けた。
「美星分校は基本的に原付登校だ。よって、この長い長い下り坂を、君を自転車の後ろに乗せてゆっくりゆっくり下るってのは無理だ。カブで二人乗りすれば尻が割れてしまう」
「いや、お尻はもともと割れて――」
「だからだ!」
かおるのツッコミは無視。勇太は真剣に語り掛ける。
「だから俺はこのシーンを撮りたい! 撮り切りたい! 俺の夢がつまったこのシーンを撮りたいんだ! 俺は――」
「君たち。なにをしているのかな」
突如、声がかかる。皆して振り返ってみれば、
「げっ! お巡り!」
空が声を上げた。そこにいたのは、自転車に乗った美星駐在所の駐在さんだった。
長身のがっしりとした体形に、ヨーロピアンを思わせる濃い顔立ち。年齢は32歳。名前は
狭い町の駐在さんであるために、勇太含めその場にいた全員が名前も顔も知っていた。
「さっき見てたけど、君たち二人乗りをしていただろ」
「は? いや、違うんですよ。いや、違わないですけど。でも、ここって私有地だから別に問題ないでしょ?」
「いいや。ここは公道だ」
「へっ? ここは百万石家が所有する土地ですよ。なあ百万石。そうだろ?」
勇太は灯に振り向く。だが灯は首を横に振り、
「いえ。ちょうど先ほど、百万石家が管理する場所を出ました。長く走りすぎましたね」
「短っ! 100mもなかっただろ!」
「ええ。戦後、GHQに取り上げられましたから」
「というわけだ」と言って駐在さんはズンズンと勇太に近づいて行く。
「話を聞かせてもらおう。それから学校の先生にも一報を――」
「ちぃ! ズラがるぞ! 勇太!」
瞬間、空は駆け出した。灯の腕を引き、自転車二人乗りで走り出す。
「ちょっ! 白鷹なにやって――」
「わかった! 私たちも逃げるよ!」
かおるに腕をグイと引かれた。地面に転がっている自転車に誘導させられる。
「お前もなにやってんだ!」
「警察から逃げるの一回やってみたかったの! 役に生かせると思って!」
「誰がこんなとこで女優魂見せろって言った! ああ! くっそ!」
勇太が半ばやけくそで自転車の荷台に飛び乗れば、かおるは立ち漕ぎでスタートダッシュを決めた。
「あ、こら! 待ちなさい! 二人乗りはやめないさい!」
駐在さんも自転車を発進させるが、出遅れたためすぐには追いつけない。
「大学時代、お菓子研究会だった本官を舐めるな!」
「なんの関係もねぇ!」
「許さん! 許さんぞ! 羨ましい! 女の子と自転車の二人乗りするとは許さんぞ! 青春しやがって! 絶対捕まえてやる!」
「ちょっ! なんか私情入ってません!?」
「だからこそ絶対に捕まえる! ちゃんと青春しているヤツは許さない! 許せないぃ!」
「あははっ!」
全力で自転車を漕ぐかおるが叫んだ。
「よかったね勇太! 勇太の夢叶ったじゃん!」
「叶ってねぇよ! 俺が求めてたのはこんなスリリングなヤツじゃない!」
「それでも本官は羨ましい! きいいいいいい!」
「もうアンタは黙ってろ!」
「くそ……本官は……本官も……」
次第に駐在さんの声が掠れてくる。
「本官も……青春したかった」
そのまま駐在さんは水の張った田んぼに突っ込んで行った。
かおると勇太はそんな駐在さんに目もくれず、ひたすら続く一本道を自転車で駆け抜けてゆく。
「いや~楽しかった。勇太もそう思うでしょ?」
「頭おかしいだろ。警官から逃げ切って楽しかったとか」
その日の撮影を終えた帰り道。
勇太は自転車に乗り、前を走るかおるの自転車について行く。
2人して雑談しながら自転車を漕いでいけば、そのうち長い上り坂に差し掛る。立ち漕ぎすらも辛い勾配の上り坂なので、2人は自転車を押して歩く。
と、ふいにかおるが「でもね」と口を開いた。
「楽しかったのはホントだよ。ありがとね。勇太」
「あ? なんだ急に?」唐突に礼を言われ、勇太は首を傾げる。
「撮影の雰囲気って久しぶりだったから。こんなに楽しかったんだなって思い出せた」
……ああ、なるほど。かおるが言おうとしているのは、そういうことか。
かおるはプロの女優だ。活動休止して芸能界を離れてはいるが、生まれてこの方ずっとプロの現場で女優として活躍してきた。かおるにとっては、たとえそれが学生のお遊びであったとしても、撮影できる空間はきっとどこよりも居心地の良い居場所なのだろう。なにより、戻りたい場所なのだ。
「まあ、それはなによりで。でも、いよいよだぞ」
「うん。だね」
かおるは頷く。だが、その顔にはやや不安の色が浮かんでいるのを勇太は見た。
ゴールデンウィークに予定していた撮影は終わった。そしてゴールデンウィーク明けからは、かおるのセリフシーンを含めた撮影を予定している。それはつまり、かおるが本格的に演技イップスに立ち向かうことを意味している。
「実際、演技イップはどんな感じだ?」
勇太は聞いてみれば、かおるは小さく溜息をつく。
「……練習はしてる、けど。正直、わかんない。セリフは言いきれたり……言い切れなかったり」
「まあ、簡単には治んないよな。だけど、そんなに気張らなくてもいいぞ。百万石には、かおるの演技イップス込みでスケジュールを立ててもらってる」
「……うん」
かおるの歯切れは悪い。
彼女が演技イップスのために活動休止を発表したのは中学3年生の頃。それから約2年が経過しているが、いまだに女優として復帰できていない。それはつまり、この約2年間演技イップスと戦ってきたということだ。だから、かおる本人は楽観視することなどできないのだろう。
ただそれでも、言葉の一つくらいはかけてやりたくなる。例えそれが、無意味な励ましであったとしても。
「まあ、なんとかなるだろ。俺が言ってもなんの説得力なんてねぇよな。でもさ」
勇太は言葉を区切り、微笑んでみせる。
「俺、かおるが演技しているとこ、見てみたい。あの、天才子役だった朝霧薫が高校生になって、もっとすごい女優になった朝霧薫を見てみたい」
「勇太……」
かおるは驚いた顔になったあと、コクリと頷いた。
「……わかった。私は、あの朝霧薫だもん。いいよ、見せてあげる。だから勇太」
かおる小さく微笑んだ。
「ちゃんと撮って」
「ああ。わかった」
かおるは闘っている。だからきっと、演技イップスも克服できるだろう。
だが、その考えは甘いものだったとすぐに思い知らされることになる。
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