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それから3週間が経過した、5月1日。ゴールデンウィーク初日。
桜もすっかり散り、新緑の息吹を感じさせる季節がやってきた。空は青く澄んでいて、カラッとした風が吹き抜ける。だが、夏には程遠い季節。
そんな五月晴れの元、勇太、かおる、空、灯の4人は美星分校の教室に集合していた。時刻は午前10時を回ろうとしている。
「よーし。それじゃさっそく撮影していこうと思う。まずキャストの紹介。本作のヒロイン、
勇太が仰々しく手を掲げてみれば、かおるは皆の前に出る。
「はーい! 内海三波役を演じさせていただきます朝霧薫……じゃないや、犬山かおるです。みなさんよろしくお願いします!」
かおるは綺麗なお辞儀をする。それにともない他メンバーは拍手。
「では次に本作の主人公、
「えー……はい。今回、桐山岳を演じさせていただきます白鷹空です。精一杯頑張りますので……なあ、マジで俺がやんのか」
空はげんなりとした顔を浮かべた。だが勇太は当たり前だという顔をしてみせる。
「仕方ないだろ。俺はカメラ。かおるはヒロイン。百万石はスケジュール進行とアシスタント要因。な? 主人公役は白鷹しかいない」
「そうですよ。白鷹さんがやらないのなら、いったい誰がするんです」
百万石が勇太の言葉を援護した。
「いや、だけどよ。なんだ? ……自分で書いた脚本を自分で演じるってのもなぁ」
「うるせぇ。締め切り破った野郎に人権はない」
空が珍しく弱気なのをいいことに、勇太は強気に出る。
実際、一週間前くらいに主人公役を演じる人間がいないことに気が付いていた。だけど「いやー、二週間で脚本書けてねぇわ。すまん」と空の脚本が遅れてしまい、それどころではなかったのだ。だから脚本を書いた張本人に演じさせることにした。
「よし。とりあえず白鷹はスタンバイ。俺はカメラとか準備をする」
と言いつつも、そんなに大層なものもない。
勇太は鞄の中からカメラを取り出し、三脚スタンドを装着する。そして、学校の放送室から拝借したガンマイクのコードをボイスレコーダーに差し込み、それを百万石灯に渡す。ちなみに灯にはヘッドホンを装着してもらい音声チェックもしてもらう。これで準備完了。
こういった撮影に必要不可欠な機材は他にもあるだろうが、そんなものを準備している時間も金も。それに、このあたりが高校生で準備できる限界だろう。
勇太がカメラの設定をいじっていると、かおるが声をかけてきた。
「ねえ。勇太。そのカメラ。どうしたの?」
「カメラ?」
「うん。だってそれ、勇太が分校長から横流ししてもらう予定の……」
「デジタル一眼な。いや、これは俺のじゃない。じい様に貸して貰ったんだ」
勇太はカメラ設定をいじりながらそう答える。
いま手にしているカメラはデジタル一眼レフと呼ばれるカメラだ。家に転がっているハンディカムで撮影してもよかったが、わざわざ祖父が趣味で所有している一眼レフを借りた。理由としては、一眼レフで動画を撮影すると映画のような映像になるからだ。簡単に言えば雰囲気がでる。それに、
「あと、かおるの演技イップスも和らぐかもしれないって思ってな」
「へ?」
かおるが不思議そうな顔になる。
「だから、何が原因で演技イップスになったのか俺は知らないけど、そういう撮影現場の雰囲気が演技イップスを悪化させる可能性だってあるだろ。だから一眼にしたんだよ。パっと見、これなら映像撮ってるっぽくないだろ」
「……そうなんだ。ふふん……ありがと」
かおるは俯き、ぽしょぽしょと喋るように礼を述べた。
でも、お礼を言われるようなことでもない。
「よし、じゃあ。始めるぞ。白鷹頼む」
「ったく。わかったよ。よし、やるか」
腹をくくった空は自分の頬を何度か叩いた。
勇太はカメラを構え、百万石はマイクを掲げた。かおるは腕を組み、静観している。
今日の撮影で、かおるに出番はない。彼女の演技イップスも考えた結果、先に空が演じる主人公のセリフシーンだけを撮ってしまおうと決めているからだ。
そうして、記念すべき最初の撮影が始まったのだが――
「俺、もうお前の涙拭いてやれねぇから!」
「――あっははははは!」
空の熱演に笑ってしまった。勇太が。
笑ってはいけないと分かっているのに、どうにも笑いがこみ上げてしかたなかった。白鷹空とそのセリフが全くあっていない。はっきり言ってキャストミスだった。その笑いが伝染したのだろうか、プロであるはずの犬山かおるもケラケラと笑っている。
「ひっ、あははっ! なにこれ勇太! 超面白い! あははっ!」
「だよな! 『涙拭いてやれねぇから』だってー! あははっ!」
「笑い過ぎですよ! 鏡川さん。犬山さん!」
灯になだめられた勇太とかおるは、どうにか笑いを引っ込める。
空を見れば、額に青筋が浮かんでいることを知った。これは真面目にしないとマズい。
「よ、よし。まあ、笑い声はセリフにかぶってないし使えるだろ。じゃあ次。白鷹は椅子に座ってもらって……そう。その感じ。で、次のセリフ頼むわ」
「おい、勇太。つぎ笑ったら俺は降りるからな」
「お、そのセリフ。偏屈な大物俳ぽくていいな。怒って降板すんの?」
「あとでブッコロス」
そんなこんなで勇太はカメラの録画開始ボタンを押し、演技開始の合図を送る。
すると空は顔から怒りの感情をスッと消しさり、キメ顔を作った。
「お前、おもしれーヤツ」
「――あっはははは!」
「てめえ勇太! ぶっ殺す!」
「やめて! やめて! あははっ! その顔で近づくな! 胸倉つかむな! あははっ!」
「俺だってこんな少女漫画みたいなセリフ言いたくねぇよ!」
「白鷹が書いたんだろ。あははっ! ベタだなぁ!」
勇太は空に胸倉を掴まれているが、全く笑いが収まらない。それどことか、目の前に空の顔があるというだけで笑いがこみ上げてくる。お腹が痛いくらいだった。
「もう! 鏡川さん笑いすぎです! ふふっ! 犬山さんも笑い転げないでください!」
「灯ちゃんも笑ってるじゃん! ダメだよあははっ!」
笑いを我慢する灯を、かおるが指摘しながら笑い転げた。
さすがに空に悪いと思った勇太は、ひとしきり笑い終わったあと空に謝罪する。
「いや、すまねぇって白鷹。もう笑わない……ふふっ。笑わないから。よろしく頼む」
「覚えてろよ。ぜってえ仕返ししてやるからな」
だが、その日の撮影で勇太は再び笑い転げるハメになってしまい、最後には空が本気で家に帰ろうとした。なので勇太は空に対して本気で謝ることになり、撮影が終わることには夕方になっていた。
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