第二部「演技を止めるな」

scene2.1

「つうわけで白鷹。映画の脚本書いてくれ」

「どういうわけだ。ぶっ殺すぞ」

 白鷹空の額には青筋ができていた。

 いまにもド突いてきそうな気迫に勇太はビビる。

 翌日の一時間目。身体測定の時間。

 勇太と空は順番を待ちながら、体育館の壁際に横並びで座っている。

 昨日あったことを説明し、そのために映画の脚本が必要なのだと空に伝えてみれば、反ってきた応えがそれだった。

「だから脚本が必要なんだって。映画予告コンテストっても、やっぱ大元になる物語が必要だと思ってさ。だから白鷹、2、3日でパパッと脚本書けないか?」

「なんだろうな。お前の今の発言、俺みたく話作りしている人間が聞いたら絶対激怒する内容だかんな」

「あ、マジで? 白鷹こういうの慣れてるから簡単だろ?」

「慣れてるけど2、3日で書けるわけねぇだろ。映画一本、だいたい90分の脚本として、どんだけ時間かかると思ってんだ」

「マジか」

「マジだ」

 勇太はポカンと口を開けた。

 映画予告コンテスト。

 1分30秒以内の映画予告を作成する。テーマはなく、内容も自由。どんな映画の予告を作っても問題なし。映画予告だから、実際に映画を撮影必要もなし。

 昨日、かおると2人してどんな映画予告にするかと話してみたのだが、そもそも映画の脚本がなければ映画予告を作ることができないことに気が付いた。だからこうして、漫画原作にて物語作りのノウハウがある空を頼ってみたのだ。

 空は小さく溜息をついた。

「てか、そもそもどんな物語にするのか、その方向性も決まってねぇんだろ」

「いや、そんなことはない。昨日のうちに色々と考えてきてる」

「ほう。どんなジャンルなんだ」

「恋愛ものだな」

 勇太がそう言ってみれば、空は「話してみろ」という顔になった。

「えっとな『ありがちな余命3カ月系の恋愛映画。なんやかんやあってヒロインはやっぱり死ぬけど、主人公は頑張って生きる』そんな感じだ」

「おーけー。理解した。『この夏、2人の恋に日本中が涙する』って感じの煽りが入る映画な。はいはい」

「すげぇな白鷹。この説明でわかるのか。さすが漫画原作してるだけはある」

「いや、スゴかねぇだろ。小学生でもわかるわ。……つか、勇太よ」

 空は怪訝そうな顔になる。

「なんでそんな内容にしたんだ。お前、そういう系の話が好きだっけか」

「いいや、別に好きじゃない。ただ、こういう系のほうがコンテストに入賞しやすいと思ったんだ」

 勇太は体操服のポケットからコンテストのチラシを取り出す。

「コンテストの過去作を見てみたんだが、お涙頂戴な恋愛映画の予告作品ばかり入賞してる。てか、最優秀賞から入選まで8割方がそんな感じだ」

 白鷹空に脚本を相談するとしても、ある程度内容は決めておいたほうがいいだろう。そう考えた勇太は、ネットで公開されていたコンテストの歴代受賞作を何作も見てみた。その結果として、そういう答えになったのだ。

 かおるには別の目的があるとはいえ、コンテストで入賞して念願の一眼レフを横流ししてもらう計画に変わりはない。だがら本気で賞を取りにいく。

 そんな勇太の話を聞いていた空は「なるほどな」と唸ってみせた。

「ま、受賞することが目的なら正解だな。その方法は」

「だろ? だから白鷹が協力してくれたら可能性がある」

「よし、わかった。脚本書いてやる」

「だよなぁ。白鷹も漫画描かないといけないし……。え、いいのか?」

 勇太が驚いた顔をしてみれば、空は「ああ」と頷いた。

「映画脚本を書いてみるのもいい経験だ。ま、いろいろ形式は違うだろうけど、話作りの要領は同じだしな」

「……助かる」

 勇太は素直に頭を下げた。突然のお願いだし、図々しいにもほどがある。でも、協力してくれることは素直に嬉しい。

「それで白鷹……」

 勇太は窺うように空を見た。

「コンテストの締め切りは夏休み前くらいだけど……撮影期間を考えたら脚本は早めが嬉しい。だから……3カ月とかでどうだ?」

「はっ……本気で言ってんのかよ。勇太」

 鼻で笑った空の反応を見るに、どうにも甘かったらしい。

 映画まるまる一本分の脚本を書くのに、どのくらいの時間が必要なのか分からない。だから先ほど空から言われたことを考慮したつもりだ。なら、もっと時間を。と思っていたところ、

「俺は甘くみるな。こんな脚本、2週間で書いてやるよ」

 空はニヤリと笑みをこぼした。

 断言した空の眼は自信満々。ある種の高慢さまで感じさせた。思わず、カッコいいと思ってしまうほどに。

「ありがとう白鷹。まかせた」

「まかせろ。つか、もっかい確認するけど、マジでベタベタの恋愛系映画でいいんだな」

 空は体操着のポケットからメモ用紙とペンを取り出した。たしかあれは、空が肌に放さず持ち歩いているアイディア帳だったはずだ。さっそく取り掛かってくれるらしい。

「そうだな。てか、そのあたりは白鷹の自由にしてくれ」

「自由にしてくれって言葉ほど……不自由ってのもないけどな、と」

 空はペンを走らせながら立ち上がった。勇太が空を眼で追ってみれば、身体測定の順番が回ってきたことを知る。勇太も空に続き、身長、体重、視力、聴力などの測定場所を順番に回っていくことにする。

 その途中、前を歩く空から「ところでよ」と勇太は質問された。

「どんな感じにするんだ?」

「どんな感じとは?」

「いや、だから。その映画予告コンテストの作品だよ。俺、映像のことは詳しくねぇけど、予告映像の構成とか考えてんのかって聞いてんだよ。ほら、漫画のネームみたく」

「ああ、そのことか。それなら考えてきてる」

 勇太はそう言って、昨日考えてきた映画予告の構成を口にする。

「まず、ナレーションと一緒に主人公とヒロインを紹介する映像」

「ほう、それで?」

「軽快なBGMと共に主人公とヒロインが楽しそうに遊ぶ映像」

「あー……すっげぇ見たことあるわ、そんな恋愛映画の予告映像。で、その後どうせ、『彼女には秘密があった』とか意味深なナレーションが入ってBGMストップするんだろ?」

「おお」と勇太は声を漏らした。次に言おうとしたことを完璧に当てられてしまった。

「さすが白鷹。んで次はヒロインが『私、病気なの』って感じで突然カミングアウトする映像。んで、主人公が動揺する映像」

「テーマ曲が流れだして主人公が走るカット、ヒロインが泣くカット、主人公かが叫ぶカット。最後は『この夏、この恋に日本中が涙する』的なナレーションが入るな」

 空はペンを走らせながら、あきれたような顔でそう言った。

「白鷹わかってるなー。ちなみにラストは――」

「どうせ、主人公とヒロインが映画のタイトルを読み上げて終わりだろ」

 勇太は尊敬の眼差しを空に向けてしまう。

「すげぇな白鷹! さすが漫画原作!」

「いや凄かねぇだろ。ベタ過ぎて誰でもわかるわ。つか、それ言っときゃ俺が喜ぶとか思ってんのか。……っと、んなこと言ってる間に」

 空は足を止め、勇太に振り返った。

「よし。できだぞ」

「なにが?」

「脚本」

「え? ウッソだろ。天才かお前は」

「ま、嘘だけど。書けたのはあらすじの前半部分だ。読んでくれ。これでいいなら、そのまま書き進める」

 騙された勇太はぐぬぬっと唸ってみたが、空はそんなことはお構いなしにメモ帳を渡してくる。メモ帳を受け取り、その内容に目を通してみた。

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