scene1.11
夜も深まり、星々はよりその輝きを増している。そんな星達にわき目もふらず、勇太は走り出す。
――なぜ。こんなことをするのか。
正直、キャラじゃないと思う。熱くなっていると思う。酔っていると思う。
でもそれ以上に、彼女があきらめようとしているその事実が許せなかった。やりたいことがあるのに、それに向かって走らない人間であって欲しくなかった。
勇太は自分の部屋に戻り、チラシを掴むとそのまま部屋を出る。途中、祖母に見つかり小言を言われそうになったが、無視して駆け出した。
勇太はかおるの自宅まで戻ると、息を切らせながら居間に足を踏み入れる。
かおるは驚いたような顔をして、ケンちゃんは勇太に向って吠え始めた。
「……かおる。次の主演はこれだ」
勇太はかおるに向ってチラシを突き出した。それは、下校中に彼女に見せたコンテストのチラシだった。
かおるは狼狽えながら、そのチラシを受け取る。
「……写真、コンテストのチラシ」
「そっちじゃない。かおるが出演するのは、映画予告コンテストだ」
それは、瀬戸内海写真コンテストの中にある別部門。映画予告コンテスト。撮影してもいない映画の予告を作り、その面白さを競うコンテスト。
「かおる。お前が主演だ。俺が撮ってやる」
惚けたようにチラシを眺めていたかおるだったが、首を振り勇太を睨みつける。
「私できないよ。それに、もう女優は諦めたって言ってるでしょ」
「だからそれは嘘だ。かおるはまだ諦めてねぇだろ」
「――っ! 嘘なんかじゃない! 私は――」
「じゃあなんで、あんなそんな悲しそうな顔してたんだよ」
かおるは一瞬戸惑いの表情を見せたが、再び睨みつけてくる。
「……してない」
「いや、してたさ。今日の帰り道、このコンテストのチラシを見たとき、かおるはすっげぇ悲しそうな顔をしてた。だけどそれと同じくらい。いや、それ以上にやってみたそうな顔をしてた」
勇太はグッと拳を握りこんだ。
「好きならやればいい。好きなことがあるのに、なんでそうやって隠しちまうんだよ。ほんとは、女優として活動したいんだろ」
かおるはきゅっと唇を噛む。
「……俺はお前のことが羨ましい。誰かになにか言われて、怒って、泣いて、取り乱せちまうかおるが羨ましい。だってそれは、それだけ情熱を持ってるってことだろ。だから……俺に見せてくれ」
勇太はスッと息を吸ったあと、かおるを見据えた。
「かおるが人生を捧げられるほど夢中になってる、女優ってやつの凄さを見せてくれ。自分がなにがしたいのかすら分からない俺に、かおるの夢を見せてくれ」
その言葉を彼女はどうとらえたのだろう。かおるは俯き、黙り込んでしまった。
だけど、全てが本音だ。自分が思ったことを全部ぶつけた。
こんな言葉がかおるを動かすかどうか分からない。でもそうせずにはいられなかった。思考よりも先に身体が勝手に動いていた。
「……はぁ」
と、小さい溜息が聞こえたのはそのときだった。その後でかおるは、なぜか「ふふっ」と笑った。
「かおるの夢を見せてくれ、ね。そんな暑苦しいセリフ、映画でも言われたことないよ。でもさ……」
かおるは笑みを引っ込め、スッと立ち上がる。
「刺さったよ。そのセリフ。……ねぇ、勇太」
「……なんだ」
「私。もう一度チャレンジしてみたい。女優として復活できるように、演技イップスをやっつける」
かおるは勇太を見据え、右手を差し出した。
「演技イップスをやっつけて、女優として復活する。勇太に誓う」
その眼には、先ほどまでの怯えの感情はなくなっていた。それどころか、荒々しく燃える焔の熱が勇太に流れ込んできた。ともすればそれは、恐怖すら感じさせるほどの温度だった。
……ああ、これだ。きっと、鏡川勇太にはこれが足りない。他者をも焦がしてしまうほどの熱量。だからこそ、目の前の女の子は眩しく、手を伸ばしたくなってしまうのだ。
犬山かおるという女の子は、自分にないものを持っている。そう強く感じた。
勇太は右手を差し出し、かおるの手を握る。力強く硬く結び、この誓いが必ず成し遂げられるように。
「勇太、力を貸して」
「望むところだ」
こうして、俺と彼女の夢物語の幕が上がった。
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