scene1.2
生徒全員が席に着いたのを確認した土佐先生は教壇に立ち、ぐるっと生徒を見渡した。
「それではHLを始めたいと思います。皆さん改めまして。去年、皆さんの担任を務めました土佐満です。このあと始業式があって、そこで皆さんが楽しみにしているクラスの担任が発表されるわけですが――」
「どうせ土佐せんせーでしょー。わかってるってー」
土佐先生の言葉を遮るようにして、2年A組の女子生徒が声を上げた。それに吊られるようにして、他のクラスメイト達も「またトサマンかー」とか「一年間よろしくねー」と声があげる。
土佐先生は一瞬だけ口の動きを止めたが、話を続けた。
「えー、始業式で担任の先生の発表があるのでよく確認しておいてくださいね……。あと、担任が私だと発表されたてもため息は止めてください。地味に傷つきますから」
なかば、次の担任は自分だと宣言した土佐先生。そんな光景に、勇太は苦笑いを浮かべた。
実際、2年A組の担任は土佐先生で間違いはない。この学校が分校であり、教員の数も限られているからかは分からないが、基本的に一年生のときに担任だった教師が、そのまま三年間同じクラスの担任を務めるのは、美星分校において常識的な話なのだ。
「とりあえず私からは以上です。……と言いたいところですが」
なぜか土佐先生は面白そうな顔になった。そして教室の扉をチラリと見る。
「実はこのクラスに転校生がやってきました。というわけで、転校生を紹介します」
その瞬間「え?」みたいな顔になるクラスメイト達。
直後、ざわめきが起こる。「え? 転校生? ホントに?」「転校生ってあの転校生? 黒板に名前書いてよろしくとか言っちゃう、あの転校生?」「俺、都会の高校でしか転校生なんて来ないと思ってた」などなど。
「おいおい。マジかよ」
隣の席からも驚きの声が聞こえてくる。
勇太が顔を向けてみれば、ワクワク顔の白鷹空がいた。
「勇太。転校生だってよ。ホントにいたんだな」
「なあ白鷹。お前にとって転校生は未知の生物かなんかなの?」
「そりゃそうだろ。こんなド田舎の分校に転校する奴なんていない」
「あのさ。俺も一応、小学校のときにこの町にやってきた転校生なんだけど」
「あん? そうだっけ? 付き合い長すぎて忘れてた。もう親友みたいなもんだしな」
「し、白鷹……」
勇太は思わずウルッとくる。
面と向かって言われるとやはり嬉しいものがある。あのころ、不安な気持ちでこの町に引っ越し、美星小学校に転校した自分を励ましてやりたくなった。
と、そのタイミングで土佐先生が「ちょっと静かにしてください」と2年A組の面々をなだめる。
「それでは犬山さん。入ってください」
その瞬間、カラカラっと教室の扉が開き、一人の女の子が姿を現した。真っすぐに黒板の前まで歩いてゆけば、クラス全員の視線がその女の子に注がれる。
艶のある髪の毛先が歩くたびにさらっと揺れた。くるっとした目元は愛くるしさを感じさせる。反面、微笑を携えた口元と、綺麗な姿勢で歩く姿は大人びた雰囲気を纏っている。
なんだか、以前にも会ったような気がする。そう。あれは確か昨日、あの神社で出会った……
「しゅっ……宗教勧誘の女!」
そのとき、勇太の目の前を通っていた宗教勧誘の女がニコリと微笑んだ。だがそれも一瞬。教壇に立つと黒板にチョークを走らせる。
「皆さん初めまして。私、『
犬山かおるは綺麗なお辞儀をした。
かおるのあいさつを引き継ぐようにして、土佐先生が前に出る。
「犬山さんに色々と聞きたいことがあるとは思いますが、とりあえず始業式が終わってからにしてください。それでは犬山さん、百万石さんの後ろの席……えっと……窓際の一番後ろの席にお願いします」
「はい。わかりました」
かおるはクラスメイトの視線を一手に集めつつ、そのまま指定された席まで歩いてゆく。
その間にクラスメイトからは「超可愛いんだけど」とか「すげぇ美人」とか「なんか女優さんみたい」などといった言葉が投げかけられた。
だが勇太は、そんなクラスのざわめきに加わる余裕などない。
「しっ、白鷹。どうすりゃいい。あの女。俺を追ってここまでやってきやがった」
「落ち着け勇太。宗教勧誘のために転校する奴なんているわけねぇだろ」
「でもさ。この町の住人全員を信者にするために、手始めとしてあの女を転校させてきた可能性だってあるだろ」
「あ。それホラー系の作品ならアリだな。ちょっとそのネタもらうわ」
「おいいい! ふざけてる場合か白鷹!」
「うるさいですよ鏡川くん。白鷹くん。転校生が来て嬉しいのはわかりますが落ち着いてください」
土佐先生に叱れ、勇太と空はとりあえず黙ることにする。
「それでは始業式が始まりますから、体育館に移動をお願いします」
土佐先生に促された2年A組の生徒たちは移動を開始する。当然、かおるは2年A組の生徒たちから質問攻め。果ては噂を聞きつけた3年生までやってくる始末。
勇太はそんな光景を横目に、足早に教室を後にする。
……困った。……どうやって逃げ切ろう。《ルビを入力…》
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