プロローグ「クランクイン」
scene0.1
その日、
春休みの最終日。
朝早くに起きて、原付を走らせ目的の場所を目指す。
両脇に流れてゆくのは田んぼや畑。そして、春の訪れを待ちわびていたかのように青々と生い茂ろうとしていう草木たち。山深い道にはひとっこ一人おらず、道路には霧が漂っていた。
その霧が山から顔を覗かせた太陽に照らされ、白っぽく浮かび上がる。まるで雲海の中を原付で走っているようだ。
ここ、
周囲を山々に囲まれた町というより、山の中にいくつもの集落があり、それらが町の体を成している。
そんな田舎道を原付で10分ほど走っていると、目的地である
周囲を杉の木で囲まれ、その周りには田んぼがあり、そこに神社があるとは思えないような造りになっている。
勇太は道脇に原付を止め、杉並木の参道を真っすぐ歩いてゆく。
首からぶら下げたカメラのレンズキャップを取り、胸の前で構えた。
何度か握り込み、いつでもファインダーを覗けるよう準備をする。だけどそんなことをしなくても、すぐシャッターチャンスに対応できるくらいこのカメラは使い込んでいる。
勇太は被写体を探しつつ、境内に続く階段へと向かう。
苔の生えた狛犬。石の砕けた石階段。朝露に輝く蜘蛛の巣。木々の隙間から差し込む朝日。年期よりも歴史を感じさせる灯篭。
そんな写真をカメラに収めつつ階段を上ってゆくと……
「ん?」
ちょうど、階段を上り切った場所で足を止めてしまった。予想に反して先客がいたからだ。
麦わら帽子に、白のワンピース。ワンピースの裾から覗くすらっとした肢体は、美しい脚線美を描いていた。
この神社の神様だと言われたら、きっと信じてしまうほど神秘的な雰囲気を纏っていた。
そんな女の子が、こちらに背を向け境内に佇んでいるのだ。
だからだろうか。勇太はその女の子に対して、カメラを向けてしまった。
シャッタースピードをいじり、露出を調整。ピントを合わせる。そして、シャッターを切ろうとしたそのとき、彼女は振り返った。
その瞬間、勇太は見惚れてしてまった。
ファインダー越しの彼女から目が離せない。つい見つめてしまう、惹き込まれてしまう。彼女の眼にはそんな不思議な力が宿っていた。
それは星空を見上げたとき、身体ごと宇宙の果てに引っ張られるような感覚に似ている。初めて会った女の子で、彼女についてなにも知らない。なのに、愛おしさに似た気持ちが沸いてくる。
――カシャッ。
シャッター音が鳴った。その音に反応するように女の子は微笑んだ。
「……ねぇ。君は好き?」
「え?」
突然の問いかけに勇太の声が裏返る。
「好きなんでしょ? いい顔してた」
「顔?」
「うん。いい顔だった。好きなんでしょ? 写真撮るの」
その女の子は勇太に向って歩いてゆく。
「……まあ、そうですね。でも、ただの趣味ですよ」
「ふぅん。趣味なんだ」と、彼女は少しだけつまらなそうな顔になる。
「ところで君。名前は?」
目の前で立ち止まった彼女を、勇太はまじまじと見つめた。
ぱっつんヘアに、くるんとしたお目眼。そして、ぷっくりとした頬っぺたが幼子のような可愛さを感じさせる。反面、微笑みを携えた口は大人の色気を醸し出している。
大人と少女。その中間に位置する可憐さを彼女は持っていた。
「鏡川勇太。鏡のように綺麗な川。勇気が太いと書いて鏡川勇太」
「鏡川……勇太」と、女の子はポツリと呟いた。
「ふふっ。鏡みたいに綺麗な川だなんて、自分で言っちゃうんだ。おかしなの」
彼女は肩を震わせクスクスと笑う。
「えっと……私の名前は犬山かおる(いぬやま かおる)。犬が山に登って……かおるは……かるかな」
犬山かおると名乗った女の子は、なぜか寂しそうに視線を地面に落とした。
そのことが気になった勇太は口を開きかけたが、「ねえ」とかおるが小首を傾げる。
「ちょっと……道案内してくれない?」
「はい?」
突然、なにを言い出すのだろう?
だけど、勇太がその疑問を口にするより先に犬山かおるは口を開いた。
「私、迷子なの」
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