07-7.噂を辿れば君に巡り着く
「かしこまりました、メイヴィスお嬢様。公爵閣下と奥様へと言い訳はご一緒に考えましょう」
「お任せください、お嬢様。なんなりとお申し付けください」
掌を返したかのように態度を変えるハーディとエルマーに対し、メイヴィスは文句を言いたくなかったものの、堪える。二人に対して文句を言っているような時間はない。
……大丈夫。やるべきことは理解をしている。
メイヴィスはネックレスを外し、右手首に巻き付ける。得意としている攻撃魔法を発動させる時はそのようなことをしなくても平気なのだが、今からメイヴィスが行おうとしているのは空中に投げ出されているセシルを救うことである。
右手首に巻き付けたネックレスが落ちないようにバラの飾りを握りしめる。
深呼吸を行い、集中をする。視線はセシルから外さないまま、全身の魔力をかき集めていく。それからゆっくりと拳をセシルのいる方向へ向けた。
「【風よ、散れ】」
離れたところから魔法が発動された声が聞こえた気がした。
その声に従うようにセシルの身体を拘束していた風は解かれ、セシルの身体は重力に従うように落ちていく。
「【風よ、巻き上がれ】」
それはヨーゼフが発動させた魔法と同じものだった。
しかし、メイヴィスが発動させた魔法の威力は桁違いの強さを誇る。
落下をするセシルの身体を下から持ち上げるのには継続的に魔力を消費させる。
それを維持できなければ威力は弱まり、重力に従い落下しているセシルの身体を支えることはできないだろう。離れた距離から魔法を正確な位置に発動させるのは繊細な作業が要求される。そういった行為は苦手だった。
相手の身体を傷つけないように魔力量を操作する。
本来、攻撃をする為の魔法を発動させながら、他人を救おうとするのには無理がある話である。しかし、メイヴィスにはそれをする以外の方法はなかった。メイヴィスが扱うことの出来る魔法は攻撃力の高いものばかりである。他人を傷つけることを前提とした魔法以外は習得をすることができなかった。
……速さを落とさなくては。
落下を食い止めることはできない。
今もセシルの身体はゆっくりと落ちてきている。
「エルマー。セシルを受け止めて」
「お任せください。ミスター・フィッシャー、お嬢様の警護を任せます!」
メイヴィスの命令を待っていたと言わんばかりにエルマーは地面を蹴り上げた。詠唱もせずに【加速魔法】を発動させたのだろう。眼にも止まらぬ速さで駆け抜けていく。
その途中、背負っている大剣に手をかけようとした姿が見られたが、思い直したのだろう。セシルが落下すると予測される地点まで走り去っていく。
「メイヴィスお嬢様、妨害魔法が放たれています」
ハーディの指摘通り、セシルの身体が揺れている。
メイヴィスは集中力を維持する為にセシルから視線を外せない為、その他の補足はハーディが行っているのだろう。
「相殺して」
二重、三重と魔法を発動させるのは容易い。
しかし、攻撃力を可能な限り削り取る作業をしなくてはならない現状においてはメイヴィスが他の魔法を発動させるのは難しかった。
集中力を途絶えさせない為、メイヴィスは短く命令を下す。
いつもならば信頼しているハーディやエルマーに対し、主人として命令をすることを避けているメイヴィスであるが、今はその配慮をする余裕すらも無いのだろう。
十三歳の子どもとは思えない淡々とした声だった。
右手首に巻き付けたバラのネックレスが眩い光を放ち続ける。媒体となる魔石が放つ光は強ければ強いほどに魔力量が多く流れている証拠である。その為、光が強くなり過ぎないように調節をしなくてはならなかった。
メイヴィスの魔力量は他人と比べ物にならない。生まれつき多くの魔力を所有しており、成長期に合わせて増え続けている。成人を迎えるころには王国随一の魔力量を誇ることは簡単に予想できた。
それまで生き抜くことができれば、メイヴィスに敵う者は王国からいなくなることだろう。
「かしこまりました。【水よ、術者を捕えよ】」
ハーディの左手から大量の水が放たれた。
家庭教師をしていた頃の名残で先生と敬称をつけられているものの、その実力はメイヴィスに劣っている。それでもメイヴィスを補佐することはできる。
ドラゴンの形を模した水は迷うことなく術者のいる場所へと向かっていく。圧倒的な攻撃力を誇る魔法を発動させたのは、メイヴィスが必要以上に注目を集めないようにする為の細工だろう。言い掛かりをつけられた際には従者に命じて魔法を発動させたと言い切れるように大掛かりな魔法を選んだのだろう。
……妨害が消えた。
水で造られたドラゴンが窓の一角を破ったのと同時だった。
発動をしている魔法への抵抗が消え、セシルの状態も安定をする。その隙にゆっくりとセシルの身体を地面に引き寄せていく。
セシルの身体は地面に近づいたのと同時にエルマーが落下地点に到着をした。
そして両腕を伸ばし、セシルの身体を支えたことを確認したハーディは安心したように息を漏らした。
「メイヴィスお嬢様。エルマーが仕事を果たしました」
セシルの無事を伝えたハーディの言葉にメイヴィスは頷き、魔法を解除する。
……一先ずはなんとかなった。
このようなことが起きるとは思ってもいなかったからだろうか。
セシルの無事を確かめる前だというのに安心をしてしまう。エルマーが受け止めたのならば二人とも怪我はしていないだろう。
……セシルの大怪我を阻止できた。
実際には目にしていないものの、セシルを窓の外へと連れ出した犯人を知っている。それは母親違いの兄、ヨーゼフによる嫌がらせだということも知っていた。だからこそ、ヨーゼフが好んで使用している魔法と同じものを発動させ、相殺させることを思い付いたのだ。
……なにもかもが変わったわけではなかった。
前世と同じ出来事が引き起こされた。
その事実は重くメイヴィスの心に押しかかる。
……基準を見つけなくては。
前世でもセシルを尋ねたメイヴィスの目の前で引き起こされた出来事だった。
その時、メイヴィスは間に合わなかった。
セシルは命こそ奪われなかったものの、大怪我を負ってしまった。
そのことを覚えていたからこそ、メイヴィスは屋敷に到着した途端に行動を移すことができたのだろう。
前世と変わることもあれば、同じこともある。
それを目の前で見せつけられた気分だった。
「お嬢様? いかがなさいましたか」
「いや、なんでもない。……エルマーとセシルのところに行こう」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
「は? ハーディ先生、私は自分で歩ける。抱き抱えなくてもいい」
「メイヴィスお嬢様の顔色が優れないようですのでお許しください。エルマーがいる場所まではお運びいたします」
軽々とメイヴィスを抱き上げたハーディの言葉に対し、メイヴィスは不満そうな表情を浮かべる。顔色が優れないのは魔法を発動させたことによる影響ではない。前世のことを思い出してしまったことによる影響を受けただけである。
……前はしなかったのに。
それを知ってか知らずか、ハーディはメイヴィスを抱き抱えて移動をする。
年相応の子どもだった前世では両親の代わりに傍にいたハーディに抱き抱えてみてほしいと甘えたこともある。それはできないと平然と断れたことも一緒に思い出した。その頃には叶えられなかったことを与えられたというのに不満そうにメイヴィスは頬を膨らめた。
……前世と比較するのをやめなくては。私たちは今を生きているのだから。
幼い子どものように抱き抱えられたことは不服である。
それを口にはせず、ハーディの身体に体重をかける。十三歳の子どもを抱き抱えながら平然と歩くハーディに対し、メイヴィスはなにも言わずに眼を閉じた。
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