07-8.噂を辿れば君に巡り着く
エルマーとセシルの元にまで到着をするとハーディはメイヴィスを降ろした。
メイヴィスを抱き抱えていたことに対する不満等の表情を浮かべていたエルマーとセシルの目線に対し、ハーディは何も知らないと言いたげないつも通りの笑みを携えていた。無言の中で互いに牽制をするかのような行動をしている彼らのことには気付かず、メイヴィスは迷うことなくセシルの元に向かう。
「セシル! けがはしていない?」
エルマーの傍に立っていたセシルに抱き着く。
背中に両腕を回し、怪我をしていないかを確かめるように忙しなく上下に動かした。以前、会った時よりも背が伸びたセシルの顔を見上げ、顔色が優れないことに気付くとメイヴィスは一大事だと言いたげな表情に変わる。
メイヴィスは十三歳とは思えない知識量と魔法技術を習得している為か、大人びた表情を浮かべている時の方が多い。特に十三歳の誕生日を迎えた以降は子どもらしさがすっかり消えてしまったようにも思えた。
それがセシルの前だと嘘のように元に戻ってしまう。
これほどまでにメイヴィスの表情が豊かになることはないだろう。
「大丈夫だよ、メイヴィー。大丈夫だから、色々なところを触るな」
「大丈夫じゃない! 酷い顔色をしている。恐ろしい目に遭ったから? 身体も冷えている。もしかして、どこか、怪我でもしているのでは」
「大丈夫だって! だから、服を脱がそうとするな!」
「見えないところを怪我していたら大変だよ。私は治してあげられないからハーディ先生に診てもらった方が良い」
「痛くないから平気だって! メイヴィー!? 止めろって! あ、こら! 捲るな!」
セシルから少しだけ離れたメイヴィスは怪我をしていないか確認をする為にセシルの上着を強引に脱がそうとする。それを必死になって抵抗をするセシルの行動に対し、メイヴィスは怪我を隠していると勘違いをしたのだろう。
上着を脱がせないのならば仕方がないと言わんばかりにシャツを勢いよく捲る。
腹部を確認するが傷はなかった。それに対しセシルは悲鳴をあげていた。
「お、お嬢様、それ以上はどうかお止めになってください」
目の前で繰り広げられている光景が信じられないのだろう。
ハーディに背を押されたエルマーが声をかける。ハーディに至っては見たくないと言わんばかりに視線を逸らしていた。どこまでも無責任な従者に対し、エルマーは文句を言いたくなったものの仕方がない。
敬愛するメイヴィスの暴走など見たくはないだろう。
「ほら、メイヴィー! お前の従者も戸惑っているだろ!? 俺はどこも痛いところはねーから、大丈夫だから!」
エルマーたちの戸惑いに気付いたセシルはメイヴィスの暴走を止めようと言葉をかける。しかし、メイヴィスはそれどころではないらしく捲り上げたシャツを掴んだまま、動こうとしない。
「メイヴィー? メイヴィーさん? 俺の話を聞いてる?」
腹部に視線を感じる。
動きが止まったメイヴィスの左肩を優しく叩き、反応を促すと視線は腹部からセシルの顔へと動いた。
「……鍛えているんだね」
複雑そうな表情だった。
ようやくセシルのシャツから手を離した。
……また私から離れて行ってしまう。
セシルは貴族の生まれでありながらも魔力を持たない。
今は伯爵邸で過ごしているものの、半年後の九月になれば騎士養成学校へ入学をしてしまうかもしれない。セシルの夢が騎士になることだということもメイヴィスは知っている。それを邪魔することはできないだろう。
「メイヴィー?」
メイヴィスの思いを知ってか、知らずか、セシルは困ったようにメイヴィスの名を呼んだ。
他人でありながらもメイヴィスの愛称を呼ぶことが許されているのはセシルだけである。それ以外の他人から呼ばれてもメイヴィスは不快そうな態度を示すことだろう。
メイヴィスにとってセシルだけが特別だった。
そんな彼が離れて行ってしまうかもしれない。その可能性を思い出した。
「どうしたんだ、メイヴィー。そんな泣きそうな顔をするんじゃねーよ。俺は大丈夫だって。どこも怪我をしてねーし、メイヴィーが助けてくれたじゃねえか」
左肩に置いたままの手をそっとメイヴィスの背中に回す。それからメイヴィスの身体を引き寄せて、優しく抱き締める。エルマーから声にならない悲鳴があがるが、それどころではないのだろう。
セシルにとってメイヴィスだけが特別だった。
なにが起きても彼はメイヴィスのことを思い続けるだろう。
「ありがとな、メイヴィー」
なにが起きたのかをセシルの口から語ることはないだろう。
伯爵邸で起きた出来事は伯爵家の問題である。それもヨーゼフとの兄弟喧嘩が原因で引き起こされたのだと明かすことはしない。
「……うん」
メイヴィスはセシルに抱きしめられたことにより、落ち着いたのだろう。
小さく頭を動かし、伯爵邸へと視線を動かす。セシルの肩で見ることはできなかったものの、窓が割れている箇所にはセシルを空中に投げ出したヨーゼフがいたのだろう。恐らくは水のドラゴンに驚いたヨーゼフは気を失い、医務室に運び込まれたことだろう。
そのような推測をしながらも、メイヴィスは怒りを隠しきれなかった。
誰一人、セシルのことを心配していない。
メイヴィスの魔法が間に合ったとはいえ、空から放り出されたのだ。それなのに誰もセシルのことを探しにはこない。それが伯爵家に仕える者の在り方だろうか。
……伯爵邸にいるよりも学校に行った方がいいのかもしれない。
騎士養成学校は厳しい環境だと耳にしたことがある。
魔力の持たない者たちの中でも騎士になることを諦めきれない若者たちの為の最後の砦である。その入学基準からも外された者は貴族として生きることはできない。
自分自身の手が届かない場所に行ってほしくはない気持ちとセシルの安全が確保されるのではないかという気持ちがメイヴィスの心を揺さぶる。
……最低でも半年はある。決断をするのはセシルだ。
今は騎士養成学校に入学をする等といった話を聞いていない。
その可能性を知っているのは前世の記憶によるものだ。前世ではメイヴィスの婚約が決められたのと同時に入学が決定した。入学よりも前の時期に伯爵邸を追い出される形で辺境の地に旅立っていたことを思い出す。
それはセシルが伯爵家にとって価値がなくなったことによる判断だったのだろう。
しかし、それは前世の話である。今は違う。
「セシルを傷つけたら、相手を殺していたよ」
「おい。可愛い顔してなにを言ってやがる」
「許せないのだから仕方がない。大丈夫だよ、事故に見せかければいいんでしょ?」
「そういう問題じゃねーよ。メイヴィーはそんなことをするな。誰かを殺すなんて冗談でもねー。そういう犯罪はなによりもしてはいけねーことなんだよ、わかるだろ? どんな理由があっても人を殺す理由にはならねーの」
「頭では理解をしているよ。感情的になって殺しそうだって話だから大丈夫」
「なにも大丈夫じゃねーよ」
セシルはメイヴィスを抱き締めながら呆れたような声を出す。
嬉しそうな顔をして大人しく抱き締められている緩み切った表情とは異なる殺害予告にも似た言葉をヨーゼフが耳にしていたのならば、震え上がっていたことだろう。この場にいなかったのが不幸中の幸いである。
セシルがそのようなことを考えるなどと気付かず、メイヴィスは笑う。
幸せだと言わんばかりの笑顔を見せるメイヴィスに対し、セシルも釣られたように笑顔を見せた。
「そういや、さっき、背中になにか当たったんだけど。お前、ブレスレットを握りしめていないか?」
セシルに言われてメイヴィスは思い出したように自身の右手首を見た。腕の中で動くメイヴィスに対し、セシルはくすぐったいと笑っていた。
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