07-1.噂を辿れば君に巡り着く
* * *
王都ライデンを離れたメイヴィスたちを乗せた公爵家の馬車は、数日かけて公爵領にある公爵邸に到着をした。事前にニコラスからエミリーが滞在することが通達されていたのだろう。メイヴィスたちが馬車を降りた途端、大勢の使用人たちが待ち構えていた。
「メイヴィーちゃん」
「はい、なんでしょうか。お母様」
「お母様は少し休ませていただくわ」
「わかりました。お休みなさいませ、お母様」
「ええ、また後からお話を聞かせてちょうだいね」
馬車に揺られてきたからだろうか。
エミリーは疲れたような表情を浮かべていた。それからメイヴィスの頭を優しく撫ぜ、メイドたちに囲まれながら自室へと向かっていく。その姿を見送ったメイヴィスはすぐに身体の向きを変え、庭へと向かおうとする。
「お嬢様、どちらに向かわれますか」
「メイヴィスお嬢様、庭を手入れする余力があるのならば本でもお読みなってはいかがですか?」
エルマーとハーディに問いかけられる。
問いかけた本人たちは言葉が重なったことに対し、嫌悪感を抱いているのか互いを睨みつけ、エルマーは眉を潜め、ハーディは舌打ちをしていた。二人の仲の悪さは護衛騎士たちの中では有名なものだったが、今回の件を得て、メイヴィスの前でも隠しきれなくなっていた。
それに対し、メイヴィスは仲裁をすることはない。否定をすることもない。
彼らの仲が悪いことは知っていた。前世となにも変わらない関係性を目にしたことにより、僅かな安堵を抱いていた。
……二人は仲が悪いけど、嫌い合っているわけではない。
前世での出来事がなければ、メイヴィスは彼らが嫌い合っているものだと思っていたことだろう。実際、前世でもエルマーが心の底からハーディのことを疎んでいるわけではなかったと知ったのは、ハーディが命を落とした後の話だ。それを知っているからこそ、メイヴィスは彼らが変わらずに傍にいることが嬉しくて仕方がないのである。
……それならば、私は止めなくてもいい。
仕事に影響が出るようなことはないだろう。
互いに暴言を吐くことはあってもメイヴィスを優先するのは変わりない。メイヴィスが望めば気に入らない相手とであっても笑い合う努力をするだろう。彼らの真面目な性格を知っているからこそ、メイヴィスはなにも言わなかった。
二人のやり取りは嫌いではなかった。
退屈な時間を潰してくれる掛け合いは好きだった。
……平和な証拠でもあるし。
護衛騎士を兼ねた従者のエルマーと元家庭教師のハーディ。
二人が傍にいることがメイヴィスの望みだった。彼らの命を守ることもメイヴィスにとっては今世で果たさなくてはならないことの一つだった。
大切な人の命を奪われない為にも傍にいてほしいと願うのはおかしいことではないだろう。
「セシルに会いに行こうと思う。二人とも着いて来てくれる?」
一週間以上もセシルに会っていない。
今までもそのようなことは少なくはなかった。互いの時間が合わず、待ちぼうけをすることも少なくはない。公爵令嬢と伯爵令息という立場の彼女たちがずっと待ち続けていることは難しく、様々な事情が重なり、一か月以上も会えないということも珍しい話ではない。
それでも、今、セシルに会いたかった。
アルベルトとの婚約を回避することに成功した今だからこそ、セシルに会いたくて仕方がなかった。
「お嬢様が望まれるのならば、喜んでお供します」
「メイヴィスお嬢様の傍にいるのが仕事ですので。確認は必要ありませんよ、私たちはお嬢様に命じられなくとも貴女の傍におりますから」
「お嬢様、何なりとお申し付けください。ミスター・フィッシャーではなく、俺たちに言ってくださればなんでもします」
「大した腕のない護衛騎士では任せられることも少ないでしょう。メイヴィスお嬢様、一度、はっきりとおっしゃるべきかと。役に立たない護衛騎士は黙っていればいいと伝えることも主人としての大切な仕事ですよ」
ハーディの言葉に対し、エルマーは拳を握りしめた。
これがメイヴィスの前でなければ、仕事中ではなければ、エルマーはハーディに殴り掛かっていたことだろう。当然のことながら、ハーディは仕事中だからこそエルマーが殴り掛かってこないことを知っていて余計なことを口にしていた。
素知らぬ顔をしてメイヴィスに対して忠告をして見せたハーディの言葉を聞き、メイヴィスは楽しそうに笑っていた。それに気づいたエルマーは心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「ふふ、エルマー、笑ってしまって悪かったね」
「……いいえ。お嬢様が謝られるようなことは何一つありません」
「ありがとう。ふふ、君たちのやり取りが楽しくてね」
笑いが堪えきれない。
久しぶりに笑った気がした。
「君たちはそのままでいいよ。お父様やお母様はそれではいけないというかもしれないけど、それならば私が説得をするよ」
公爵令嬢の従者の仲が悪いと知られるのはあまり良いことではない。公爵家の教育がなっていないからだと言い掛かりをつけて来る者もいるだろう。
それならば、それを揉み消してしまうだけの権力を行使すればいい。
愛娘であるメイヴィスが彼らのやり取りを楽しんでいるのだと知れば、両親はそれを否定する者を認めないだろう。溺愛する娘に対し、過保護になりやすい傾向の強い両親の愛を知っているからこそ、メイヴィスは自由に振る舞う。
「だから、君たちはそのままでいて。私の傍から離れてはいけないよ」
それは従者に掛ける言葉ではない。
この場にいる誰もがそう感じていることだろう。しかし、メイヴィスが嬉しそうに笑う姿を見てしまってはそれを否定することができる者はいなかった。
公爵邸の使用人たちは知っている。
王都ライデンへと向かう道中、二人のメイドがメイヴィスの命を狙ったことを聞かされている。メイドの生死は知らされていなかったものの、メイヴィスの命が危険に晒されたことには変わりはない。
それは、使用人を信用できなくなってもおかしくはない出来事だった。
それなのにもかかわらず、メイヴィスは楽しそうに笑っていた。なにもなかったとは思えない大人びた顔を崩し、子供のような笑顔を浮かべていた。
「それは二人に限定した話ではないけどね。でも、今日は着いてくるのは二人だけでいいよ。セシルに会いに行くのに大人数で向かう必要はないだろう?」
……私にもできることはある。
手放したくない大切な人たちばかりである。前世では奪われてしまった大切な人たちもいれば、自らの意思で手放した人たちもいる。前者はエルマーたちのことで、後者はエドワルドたちのことである。
それらは全て仕方がないことだったのかもしれない。
それでも可能ならば悲しませたくはない。そう願ってしまうのはいけないことだろうか。
……守りたい人を守る。奪わせはしない。
命を狙われることは増えるだろう。それに抗う術は持っている。
……でも、今は、セシルに会いたい。
王都への移動が疲れてしまったわけではない。
前世のことを思い出して疲れてしまったわけではない。
ただ、アルベルトと顔を合わせただけで心が削られたような気分に陥った。普段は口にもしない言葉遣いを巧みに操り、言いたいことを隠さずに口にした。
それでもメイヴィスはアルベルトの顔を見たくはなかった。
この疲れを癒してくれるのはセシルだけである。
「いこうか。セシルが待っている気がするんだよ」
不思議なことがある。
メイヴィスが疲れている時には必ずセシルと会えるのだ。
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