06-6.咎人は犠牲の上に生きている
「あは、ははは、はははっ」
リリーと眼が合った。
絶望の中にいるのか、生気のない眼をしていたリリーの表情は人形のように抜け落ちており、その口から零れる力のない笑い声は壊れているとしか思えないものだった。
エドワルドの言葉がリリーに届いたのだろう。
リリーの眼から一筋の涙が零れ落ちる。利き手である右腕をエドワルドに捕まれたまま、振り払うことも立ち上がることもせずにエドワルドを見上げているリリーの変化を見落とさなかった。
「リリー、戻って来い。自分の意思で罪を償うんだ」
それはエドワルドが他人に掛けられるような言葉では無いのかもしれない。
大切な人を取り戻したい一心で禁忌に手を染め、その罪により多くの人々が巻き込まれていく。アベーレ家が没落し、孤児院の友は命を落とし、妹と同じ年頃の子どもは術者に操られて罪を犯した。それらはエドワルドが引き寄せてしまった不幸の一つに過ぎない。
運命に抗おうとした者に対する罰は多くの人々の罪なき命を蝕んでいく。
その事実に耐えられなければ、命を絶つ以外の方法はないのだが、エドワルドは自殺をするつもりはなかった。自分自身の幸福を追求するわけでもない、罪を償うわけでもない。ただ、大切な人たちが笑っている日常を取り戻したかっただけだった。その為ならばどのような代償を払うことになったとしても、エドワルドは逃げるわけにはいかなかった。
だからこそ、エドワルドはリリーを助けたいと思ってしまったのだろう。
それは彼の自己満足に過ぎなかった。
「あ、あ、あ、あ」
リリーの口からは意味のない言葉が発せられる。
大粒の涙が頬を伝っていく。その姿は後悔をしているかのようにも見えた。
「え、え、え、え、ど、わ、るど」
壊れてしまったのだろうか。
同じ言葉を何度も繰り返しながらも、リリーはエドワルドの名を呼んだ。その途端、リリーの身体は大きく揺れる。頭上に保たれていた雷の魔法は消滅したものの、その魔力はリリーの身体に戻ることはなく、霧散した。
……消えた?
エドワルドは不自然な消滅をした魔法に対して疑問を抱いた。
発動した魔法は霧のように消えることはない。なんらかの影響を与え、消滅することはあり得るものの、まるで役目を終えたかのように音もなく消えるというのは聞いたことがなかった。
……術者が近くにいるのか。
他人を奴隷のように扱う魔法使いは、対象の魔力を自分自身のものにする魔法を習得していることが多い。中には魔力を多く維持することを目的に魔力を持つ人間や亜人を奴隷として飼い慣らす者もいるくらいである。リリーもそのような魔法が掛けられていてもおかしい話ではない。
それらの魔法は使用制限がある。
主に一定の距離を保たなくてはならず、対象と距離が離れてしまうと効果が半減してしまうことも少なくはない。発動していた魔法が消滅をしたのは術者が魔力を吸収した為に起きた現象だろう。
「に、に、に、にげ、にげて。み、み、みんな、きけ、ん」
リリーの身体が震え始める。
僅かに身体の中に残っていただろう魔力が外へと溢れ始めたのだろう。身体の周りが発光し始める。雷属性の魔法を使う者が魔力の暴発を引き起こす際、高確率で見られる現象が始まっていた。
エドワルドはリリーの右腕を離した。
支えを失ったからだろうか。リリーの腕は下へと降り、床に触れる。
「リリー。君は今の状況を理解しているか?」
魔力の暴発は危険を伴うことがある。
通常ならば火花が出る程度のものではあるのだが、その程度では済まされないだろう。意図的に魔力の暴発を促されている可能性が高かった。
……別の方法を探す時間がない。
暴発寸前の魔力を抑えられないだろう。
もはや、彼女の魔力は、リリーの意思とは関係のない動きをしている。
……一人か、五人か。
どちらかを助ければ、どちらかを見殺しにしなければならない。
エドワルドの迷いはリリーにも伝わったのだろう。震える身体を抑え込むかのようにリリーは身体を抱き締めるように腕を胸元で交差した。それから静かに頷いた。
「ごめん。リリー。……君は正気のままだったんだな」
正気を失っているかのような身振りをしていた。
エドワルドはその様子から正気ではないと判断をしていたのだが、問いかけに対し、反応を見せていることを踏まえれば、操られているものの、状況の理解はできているのだろう。
正気を保ちながら身体を操り、見知った人の命を奪わせる。
そのような残酷な方法を取られていたのだろう。エドワルドはそのことに気付いたものの、もはや、リリーに対してどうすることも出来なかった。
「【水よ、動きを捕えよ】」
右腕に見つけているブレスレットに魔力を込める。
それはメイヴィスから与えられた魔道具だった。魔法を発動させる為の媒体の役目を果たすブレスレットに魔力を込めることにより、エドワルドは、前世の頃と同等の属性魔法を扱うことができる。
水はリリーの身体を覆っていく。
冷たい水に身体を冷やされたからだろうか。リリーの顔色は悪くなっていく。
「【水よ、集まれ】」
エドワルドの右手から水が噴き出し、それらは空中で丸くなる。
一つの塊となった水に対し、エドワルドは人差し指を向けた。
「【エドワルド・アベーレが告げる】」
水の色が変わった。
魔力を通したからだろうか。透明感のある水が少しずつ濁っていく。
「【エンゼルトランペットの毒を生成せよ】」
未成年の魔法使いで血統魔法を扱うことができる者は少ない。
貴族の生まれであるとはいえ、没落をしたアベーレ家の出身であるエドワルドには才能も魔力も充分すぎるほどに持ち合わせていたものの、神からの寵愛は与えられなかった。その為、正しい手順を踏まなくては血統魔法を発動させることはできない。バックス公爵家の血筋を組む家系の出身の為、彼の扱うことのできる血統魔法はメイヴィスと同じ毒を生成する血統魔法である。しかし、その威力はメイヴィスとは比べ物にならないくらいに低いものだった。
媒体となる魔法を用意し、そこに毒を含ませる。
水の塊は淡い黄色へと変わった。それを人差し指で弾く。空中を漂いながら移動をした水の塊はリリーの目の前で止まった。
「……俺が生成した毒では君の命を奪うこともできないだろう」
小さく息を吐く。
リリーの命を救おうとすれば、この場にいる子どもたちの命を失うことになるかもしれない。暴発寸前の魔力を抱えているリリーを宥める方法はなく、術者の介入を遮る術もない。
「俺を恨んでくれてかまわない」
水の塊はリリーの顔に当たり、爆ぜた。
直接、毒を浴びたリリーの表情は歪んだ。それから頭を揺らし、そのまま、意識を手放してしまう。意識を手放した身体を支えることはできず、そのまま、右横に倒れ込んだ。
「爆弾を抱えたままの状態にしてすまない。でも、それ以外の方法はないんだ」
エンゼルトランペットの毒を完璧に再現することができたのならば、リリーは苦しむこともなく命を落とせたのかもしれない。致死量を超える毒物の生成が可能であれば、エドワルドはリリーの命を奪うことができただろう。
それは彼女にとって救いとなったのかもしれない。
しかし、エドワルドにはそれができなかった。
魔力の暴発を控えたリリーを眠りにつかせることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます