04-2.貴方を受け入れることはない
……殿下が屋敷に足を運んだ理由は分かり切っている。
ニコラスと国王陛下の間に二人の婚約の話が持ち出されたのだろう。前世のことを踏まえるのならば国王陛下からニコラスへ提案された可能性が極めて高く、相手を試すような真似をしている限りはこの婚約話は確定ではない。ニコラスはアルベルトの様子を観察している。そうとも知らず、上機嫌で文句を口にする彼はなにも気が付いていないだろう。
……婚約話を撤回する方法を考えなくては。
時々、アルベルトから目配せをされる。
それに対してなにも反応を示さず、メイヴィスは心の底から退屈そうな表情を浮かべていた。アルベルトが提案するだろう事柄、彼の身分に対して興味の一つも抱いていないと静かな主張をしているものの、アルベルトはそんなことには気付かないだろう。メイヴィスの変化に気付き、その思惑に気付くことができるのならば、紅茶を口にして不味いなどと言葉を発するはずがない。
「メイヴィス、なにか王子に対して言いたいことは?」
ニコラスに問われ、メイヴィスは思わず父の顔色を窺った。
なにかを確認するわけでもなく、圧をかけられているわけでもない。それならば、メイヴィスの意思を聞きたいと思われているのだろうと判断をしても問題は無さそうである。
……言いたいことは山のようにある。
アルベルトに対し、向けられている感情は悪いものばかりである。
しかし、それらは全て前世での出来事が引き金となっている感情に過ぎない。前世の記憶等とは無関係な立場にある今のアルベルトに対し、それらの感情を向けることは正しい行動とは言えないだろう。
……それらは今の彼に向けるべきものではない。それはわかっている。わかっているのだが、……心がそれを受け入れられない。
前世での出会いと同じだった。
当時は公爵領にある公爵邸にて対面の場が設けられたということや紅茶の品種を除けば、ほとんど変わらない。公爵家に対して不満を口にするアルベルトの姿は見慣れたものである。彼自身、豪華絢爛な生活を好む貴族派の思想に近いものがあり、バックス公爵家のような中立派や革新派に対しては好印象を抱いていない。いずれは国の王となることが約束をされている彼の思想は、国そのものを揺るがすことになりかねない。それを危惧した国王陛下は中立派であるバックス公爵家と婚約を結ばせようとしたのだろう。
アルベルトの行動を抑制することが狙いならば、その婚約相手はメイヴィスではなくてもかまわない。中立派か革新派の上級貴族出身の娘であれば、国王の目的は果たせるだろう。多少公爵家よりも身分が低い娘が婚約候補として名をあげることになったとしても、同じ派閥の者同士、後ろ盾になればいい。
「アルベルト殿下は綺麗な色の眼をお持ちなのですね」
王族の血の濃さにより目の色の濃さが変わるというのは有名な話だ。
その眼を見ればイルミネイト王国の王族であるギースベルト家の血を引いていることがわかる。ギースベルト家に代々継承されている眼の色は青。アルベルトの眼は海のような深い青い色をしていた。
それは彼が王位継承者であることを示す、大切な証である。
その色がなければ彼は王位継承者から外されていたことだろう。幼い頃から王の器ではないと影口を叩かれ、革新派の貴族たちからは毛嫌いされてきた。代々継承している眼の色が薄ければ、彼は娼婦の子どもだと一方的に決めつけ、大騒ぎになったことだろう。
「王族の血を引いている証である眼には魔力の源が宿ると耳にしたことがございます。我々、貴族には魔力が宿る者が多くいますが、その源が身体のどこにあるのか判明していないことも少なくはありません。殿下、そういう意味でも貴方は貴重な存在であるのです」
「貴重? 言い直せ。僕は高貴な存在だ。たかが公爵の娘が僕の価値を決めるような物言いをするのは気に入らないね」
「では、訂正いたします、殿下。貴方の価値は貴方自身がお決めになることでしょう。貴方が高貴な存在だと口にすれば、そのようになるかと思います」
イルミネイト王国の平和を維持する為には、金遣いの荒い高貴な存在など必要はない。豪華絢爛を好み、高貴な存在だと胸を張ってなにもしない。そのような存在ならばこの国は隙を見せたと他国に笑われることになるだろう。アルベルトの貴族派の思想にはそのような危険性が危ぶまれている。彼はそのことにも気付かず、神のように崇められるのが当然だとすらも思っているのかもしれない。
「私は貴方の価値はその眼にあると思うのです」
海のような深い青色をした眼と眼が合う。
不満を隠すこともできない素直な性格がその色合いを引き出したのか、それとも、彼にはまだ発揮していない才能でもあるのかもしれない。
「その美しい色合いは国王陛下譲りのものでしょう。貴方に正当な血が流れている証であり、この王国を守護する一族の血の証明でもあります。それは尊いものでしょう。生憎ですが、私の眼にはそれは貴重な実験材料として見えませんが、見る人が見れば、それは心を惹き付ける要素になるでしょう。殿下、貴方の価値は貴方が決めるべきです。私の考えに左右をされないような心をお持ちならば、私の言葉は、貴方には届くことはないでしょう」
メイヴィスは前世でも今世でもアルベルトへ好意を抱いたことはない。
前世では、彼へ好意を抱いているからこそ胸が苦しいのだと自己暗示をかけることにより、彼への殺意を誤魔化していたことはあったものの、今は、それは好意とは程遠いところにあるものだと理解をしている。他人や家族から与えられる親愛等を信じられず、孤高に振る舞うことが公爵家の令嬢として在り方だと信じ込もうとしていた頃とは違い、メイヴィスはアルベルトへの悪意を自覚している。今はそれを公にするべきではないと理性で抑え込んではいるものの、その言葉には毒が含まれてしまう。
メイヴィスの言葉はアルベルトの心へ届かないだろう。
自尊心が高く、常に自分自身が中心でなければ気が済まないアルベルトにとってメイヴィスは目障りな存在でしかない。それならば、こうして理解の出来ない存在だと教え込めばいい。
「取引をしませんか、殿下。私はいずれ王になられる貴方の立場を危うくする者を退けるだけの力を持って、貴方に尽しましょう。その代償として魔力の源である眼を一つ、お譲りいただきたく思います。ご安心くださいませ、蘇生魔法を習得した後にお譲りしていただきます。貴方の視界が遮られるようなことはございません。ただ、その美しい色は褪せてしまう可能性もございますので慎重な検討をお願いいたしますわ」
その取引は成立するはずがない内容だということは、提案をしたメイヴィスも理解をしている。突然、とんでもない発言をするメイヴィスに対し、ニコラスは心配そうな眼を向け、メイヴィスの左隣に座っているエミリーはきょとんとしてしまっている。エミリーにはメイヴィスの目的が理解できていないのだろう。
……取引に来たわけではないと言われてしまえば終わってしまう。
交渉の場についたわけではない。
婚約候補として顔合わせに来ただけである。
その事実を口にされてしまえば、メイヴィスの発言は無駄になってしまう。十三歳の子どもの戯言としてその発言自体がなかったことなる。
……考える時間を与えてはならない。
その為にも遠回しな言い方をしているのだ。
単純な性格をしているアルベルトが混乱をするような言い方を選び、メイヴィスは彼の自尊心を傷つけるように余裕そうな顔を作る。
……叩き込まなくては。
彼が怒るだろうということは想定内である。
第一王子とはいえ同い年の令嬢に言い負かされたとは誰にも言えないだろう。それこそ、王の器ではないと非難の対象になる。それは彼に付き添っている従者の望むことではなく、手慣れた態度でアルベルトの感情を宥めていくことだろう。
そこまで想定をした上でメイヴィスは賭けに出た。
気が狂っている令嬢だと揶揄される可能性もある。しかし、アルベルトが言い負かされた事実を口外できない以上はメイヴィスにも逃げ道はある。婚約をしたくはないとアルベルトに思わせ、その言葉を言わせればメイヴィスの勝利だ。
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