04-3.貴方を受け入れることはない

「実験材料を提供してくださるのならば、中立派の一角、バックス公爵家の令嬢として貴方を支えることも考慮いたしましょう。私からの条件はただ一つ、殿下の美しい眼を一つだけ分けてくださいませ。それは魔法学会を揺らがす研究の一つとして輝かしい褒章を貴方に与えることになるでしょう」


 それは提案されたアルベルトも同じだった。

 瞬きを三回ほどしていたアルベルトは首を傾げる。メイヴィスの提案内容を理解していないのだろう。


「悪い条件ではないと思います。評判のない殿下にとっては学会での評価は良い話題作りとなることでしょう」


 ……大丈夫。成功する。


 十三歳のメイヴィスが交渉の場につくことはない。


 しかし、前世では魔法学園に通う為に様々な交渉技術を身につけた。学園という名前の社交界において優位に立てるように身につけた術は生かされることだろう。


 ……公爵家が損をすることはない。殿下の性格を考えれば、無理難題を押し付けられると怒り始めるのは分かり切っていることだから。


 右隣に座っているニコラスへ視線を向ける。


 大丈夫なのかと訴える視線に対し、メイヴィスは頷いて見せた。それにすらも不信感を抱かないアルベルトに対しては大丈夫なのだろうかと心配すらしてしまう。露骨なまでに顔に出てしまっていることに対しても、隙がある交渉であるということにすら気づいていない余裕のなさに対しても、心配をしてしまうのは仕方がないことだろう。


「その取引に応じていただけないのならば、この件はなかったことにしていただきたく存じます。お父様、私は紅茶の味がわからない男性に嫁がされるのは遠慮したいのですが、いかがでしょうか?」


「……陛下には辞退の申し出をしておこう」


「ありがとうございます、お父様。私の我が儘を受け入れてくださって感謝いたしますわ」


 ニコラスもこの話には乗り気ではなかったのだろう。


 少なくとも先日のメイヴィスの話を聞いてしまった後は断る方面に思考を走らせていたとしてもおかしくはない。どのような口実であっても断れるのならばなんでもよかったのかもしれない。


「それで、殿下。お返事は決まりましたか?」


 アルベルトに選択をさせる。

 それが公爵家の利益を損なわない為には必要不可欠なことだった。


「当たり前だ。眼玉を寄越せという野蛮な女の交渉なんか付き合う義理もない! そのような取引は絶対に応じない!! 婚約候補から外れるというのならば好都合だ。僕から父上に提案しておこう。こんな野蛮な女とは僕は釣り合わないと伝えておく!!」


 ……言質を取った!


 心の中で思わず拳を握りしめ、喜びを噛みしめる。


 応接間にはアルベルト側の証人となるだろう三人の従者がいるものの、宰相を任せられている公爵の前では無意味な行動はしないだろう。


 メイヴィスの思惑を把握しており、その上を歩んでいるニコラスは言葉を録音することを可能とする魔法石内蔵の専用魔道具を机の上に置く。質素な作りをしているそれは新たな言葉を録音することはない。


 既にアルベルトの取引に応じないという言葉を録音しており、それはバックス公爵家が証拠を持っているということを強調する為だけに見せつけられたものである。


 ……おや、意外にも魔道具の存在は知っていたのか。


 それにはアルベルトも気が付いた様子を見せた。

 証拠となる魔道具を目にした途端、冷や汗が頬を伝う。


 ……それにしても、なぜ、動揺をしているのか。


 婚約候補の一つを断っただけで問題が起きるわけがない。


 あくまでも候補の一つである。アルベルトを抑圧することを目的とした婚約候補はバックス公爵家以外にも用意をされているだろう。筆頭候補が自らの意思で辞退をしたと知られても、公爵家にはなにも不利益は生じない。


「今の発言を全て記録していたのか!?」


 アルベルトの声は裏返っていた。

 露骨なまでに動揺する彼へ助け舟を出す者はいない。


「アルベルト王子、交渉の場に着くということは様々な危険が伴うことを意味する」


 十三歳の子どもにはそれを理解するのは難しいだろう。


 メイヴィスも前世の記憶がなければ上手に立ち回れた自信はない。しかし、子どもでありながらも交渉の場に足を踏み入れたのならば、年齢など些細なことである。年齢や性別、経験を理由に相手は交渉の手を緩めることはない。


「陛下が貴方と同じ年齢だった頃には、悪徳商人を逆手に取り、多額の利益を得たこともある。その息子であるのならば、さぞかし巧みな立ち回りをするのだろうと期待していたのだが。残念だ、王子にはその才能は見受けられないようだな」


 ……国王陛下が悪徳商人を利用する姿は想像できないね。


 今世では謁見をしたことのない国王陛下を想像する。


 イルミネイト王国の平和は国王陛下の治世による恩恵だとされるほどには、現国王は有能な人物である。他国に付け入る隙を与えず、必要以上に相手を煽るような真似もしない。武力を見せつけずとも相手の意欲を失くす方法を見せつけるかのように巧みな立ち回りをするのだろう。


 ……お父様は幼い頃から陛下のご友人だと聞いたことがある。その当時は一緒になって様々なことに挑戦をしたのだろうか。


「陛下は中立派を蔑ろにしないようにと忠告なさっただろう」


 貴族派、中立派、革新派。その三つの派閥により王城や騎士団、司法は成り立っている。司法に関しては王城にある統治機関が纏め上げている為、実際は国王陛下のお言葉を最優先とし、その次に宰相や大臣、騎士団長等の権力者が実権を握っている。


 その中でも中立派の活躍は素晴らしいものである。


 昔から衝突を繰り返してきた貴族派と革新派の仲を取り持ち、国王陛下の意思を最優先にすることができるように調節をしている。そこまでの役目を果たしながらもどちらにも付かずに居続けるのは神経が削られることだろう。


 だからこそ、中立派は人数こそ少ないものの重要視されている。


 彼らが貴族派や革新派に靡くようなことがあれば、イルミネイト王国の平和は歪なものへと姿を変えてしまうことだろう。国王陛下はそれを恐れている。


「その忠告の意味を考えるように。それが王子の成長に繋がると信じよう」


「……ご忠告、感謝する」


 アルベルトは不満を押し殺したような声をあげる。

 ゆっくりと立ち上がり、メイヴィスを見下ろすように視線を向けた。


「僕はメイヴィス嬢との婚約には応じない。だが、……もし、お前が僕の手助けをしたいと心を入れ替えたのならば、考えてやらないこともない」


 アルベルトの言葉に対し、メイヴィスは笑った。


 ……誰が望むものか。


 一度たりともアルベルトの隣に並ぶことを望んだことはない。


 公爵家の損害となってはならないという一心だけでその地位に立っていただけであり、それはメイヴィスの望むこととは掛け離れている。


 ……バカな男。つまらない男。


 露骨までに態度へ出しているというのにもかかわらず、アルベルトは気が付いていないのだろうか。今ならばまだ間に合うと言いたげな表情を浮かべるアルベルトの手を取り、彼に赦しを乞うとでも思っているのならば、アルベルトの頭の中は春の花が詰められているのだろう。


「その綺麗な眼を抉り取られたいようでしたら、いつでもお声がけくださいませ。痛み止めも使わずに取り出して差し上げますわよ」


「野蛮人が。公爵令嬢とは思えない発言ではないか。とても宰相を務める公爵に育てられたとは思えない」


「我が公爵家は自由主義の風潮でございますのよ。それもご存知ではいらっしゃらないとは、殿下はなにを習っていらっしゃいますの? 王族の方が教養を身に着けていらっしゃらないとは嘆かわしいことですわ」


 普段ならば使わない言葉遣いを口にする。


 アルベルトを目の前にすると前世の記憶が鮮明になる。その影響を受けているのだろう。

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