04-3.メイヴィスの選択

 爆音が鳴り響く。


 指輪から放出されたのは魔力の塊だ。巨大な力が一方的に当てられた扉は崩れ落ちる。頑丈な作りが施されていたとは思えないほどに呆気ないものだった。傍にいたエルマーは腰を抜かしている。破片の一部が当たったのだろう。頬から血が流れている。周りにいた従者たちも立ち込める土埃で咽ている者や音の泥いて座り込んでいる者、破片が飛び散ったことにより負傷した者までいる。死人がでるような大きな被害はなかったものの、それは公爵令嬢がするような行動でもない。

 感情的になったのも事実である。

 本当は脅しのつもりだった。なによりここまで破壊するとは思っていなかったのだろう。扉を開けるしかない程度の脅しになればいいと思って実行しただけだった。


 ……魔力が強くなっている。


 魔法を唱えたわけではない。それなのにこれほどの破壊力を持っている。

 それはありえないことだった。


 ……前よりも危険性が増している。魔力を放っただけでここまで破壊をするなんてありえなかったのに。


 平和な時代においてメイヴィスの存在は悪でしかなかった。


 破壊力の高い属性魔法と血統魔法を自由自在に操ることができるメイヴィスは、前世では自ら死を選んだ。それは公爵家の安泰を願うからこその選択はあったものの、ここまで破壊力を高めていた魔力を考えれば、死を選んだのは正解だったのだろう。このことが公になってしまえば、メイヴィスの力を悪用して国を引っ繰り返そうと企む者も現れるだろう。平和な時代に亀裂が入り、戦争を引き起こすかもしれない。それこそ昔話では登場する魔王のように世界の平和を乱す存在として迫害され、命を狙われることにもなりかねない。


 ……死を選んだのは正解だったのかもしれない。


 メイヴィスには自覚がなかった。

 しかし、彼女の存在は悪である。


 このまま成長すれば誰からも恐れられることになるだろう。


 ……あの少女のようには私はなることはできない。殿下の選んだ少女のようにはなることはできない。あのように振る舞いたいわけではないけれど、彼女のように愛されることはない。私は誰かの為に生きることはできないのだろう。


 足掻いても普通の令嬢にはなれないのだろう。

 恋をしている少女にはなれないのだろう。


 前世では死を選ぶ切っ掛けとなった少女、エミリアの姿を思い出す。泣きながらメイヴィスのことを酷い人だと訴えていた姿だけしか思い出せない。当時はエミリアのことを気に掛けたことはなかった。殿下に恋人がいようとも興味を抱けなかったのだ。当然、エミリアが訴えたような行動はなにもしていない。


 それでも、充分だった。


 誰からも愛される為だけに生まれてきたようなエミリアと比較されながら生きていくのならば、誇り高き公爵令嬢として人生の幕を下ろしてしまいたかった。当時は自尊心と公爵家の為を思い、服毒をしたのだが、結果としてはメイヴィスの心を守る為には正しい行動だったのだろう。


「フィリア、手当てをして。私にはできないから」


 壊すことはできても癒すことはできない。

 攻撃性の高い魔法は簡単に習得することができる。理論さえ理解してしまえば、すぐに魔法を発動できるようになった。しかし、他人の傷や病を癒すことのできる魔法は適正がなかった。


「……ごめん。傷を負わせたいわけではなかったのに」


 エルマーの顔を見ることはできない。

 扉を守っていた従者たちの顔を見ることができない。それでも、今更、この場から立ち去ることなんてできなかった。爆音と扉が破壊されたことに驚いたのだろう扉の先にいた従者たちからの視線に応えるように顔をあげることはできない。俯いたまま、メイヴィスは扉があったところを歩く。


 エルマーたちが非難の声をあげないのはメイヴィスが公爵令嬢だからだ。それ以外には理由はないだろう。メイヴィスはそう決めつけてしまった。だから気付けなかったのだろう。申し訳なさそうな表情をしてメイヴィスを見ているエルマーたちの気持ちにメイヴィスが気付くことはなかった。


「お嬢様」


「触るな」


「しかし、お嬢様、お嬢様の頰から血が流れております。すぐに手当てをいたしましょう。ミセス・フィリアが応急処置用の道具を取りに戻りました。その間は椅子に座ってお待ちいただけませんか」


「必要ない。それより、……けがをした人を上の階に連れて行ってくれないか」


 駆け寄ってきた従者、ベンの腕を振り解く。

 それがベンの腕だったということにも気付いていないだろう。俯いたまま歩くメイヴィスの頰から血が流れている。破壊した扉の破片が当たったのだろう。何カ所も傷を作っているメイヴィスに対してベンたちは気が気ではないのだろう。心配そうに声をかけるものの、メイヴィスはそれに応えることはなかった。


「……エドワルド。助けに来たよ」


「助けに来た人の顔じゃないでしょう。扉を壊すような真似をするなら、せめて手当を受けてださいよ。それが嫌なら傷を負わないようにしてくださいよ」


「そこまでするつもりはなかった。……エドワルド、縄抜けくらいできるよね。それから拷問の酷い傷は自力で治療して。私には治せないのは知っているでしょ」


 メイヴィスは縄で縛られているエドワルドに声を掛ける。

 呆れたような表情を浮かべているエドワルドの指は全てが変な方向に曲がっている。その痛みを感じていないのだろうか。エドワルドは慣れた手つきで縄抜けをしてから困ったような表情を浮かべた。


「姉上、……じゃなかったですね。公爵令嬢、なにか媒体になるものを貸してください。感覚を遮断することはできたのですが、治癒魔法はさすがに媒体がなければ上手くできません」


 エドワルドの要望に応え、メイヴィスは小さな宝石が幾つも組み込まれているブレスレットを投げつけた。それを器用に受け止めたエドワルドは魔力を込める。すると、変な方向に曲げられていた指は元に戻り、剥がされたのだろう爪も綺麗に生えている。


「ありがとうございます。お返しします」


「あげるよ。なにもないと困るだろうから」


「……それは、そうですけど……。あの、俺、なにも返せるものはないですよ。姉上、じゃなくて、ええっと、公爵令嬢」


「姉上と呼ばないのか」


「呼べないでしょう。今の俺は孤児ですよ」


 二人の会話を理解する者はこの場にはいない。

 セシルが暮らしているオルコット伯爵邸以外には出かけることが少ないメイヴィスの知り合いだとは思えないのだろう。それもぎこちない会話をしているのは呼び方に困っているだけであるということも、この場にいる誰もが受け入れられるようなことではない。


 メイヴィスには兄弟はいない。


 バックス公爵家の分家には従妹や又従妹がいるものの、彼女たちがメイヴィスを姉のように慕うのとも違うだろう。


「それならば師匠と呼べばいい。それは弟子入りの証拠として贈ろう」


「……弟子入りを許してくれるんですか?」


「私はお前以外には弟子をとらないよ」


 前世でのことを思い出す。

 当時は義弟だったエドワルドを弟子にすると言い始めた時は両親に怒られたものである。そういうものは成人をしてから決めるものだと、重要なことなのだから真剣に考えなくてはならないと何度も言われた。それは懐かしい思い出だ。


 ……いずれは姉上とも呼ばせる。


 エドワルドの身元を証明しても受け入れられないだろう。アベーレ家は公爵家の恥である。その名を捨てたとしても簡単には迎えられない。


 それでも、メイヴィスの義弟はエドワルドだけなのだ。


 王国にとって悪でしかないメイヴィスの代わりに公爵家を守る為にも、エドワルドには公爵家の養子となってもらわなくては困るのである。

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