04-2.メイヴィスの選択

 螺旋階段を下り、迷うことなく玄関を出る。


 予定もなく雨が降っていなければ過ごすことが多い中庭の横を通り抜け、メイヴィスたちが主に使用している本邸を壁沿いに歩いていく。普段はニコラスが書斎代わりに使用している別邸を通り越し、その奥にひっそりと立てられている頑丈な作りの三階建ての塔の前に立った。ここまで来るだけで三十分も歩いている。メイヴィスを止めようと文句を口にしていたフィリアも目的地に到着する頃には口を閉ざしていた。十三歳となり、子ども用のドレスではなく、一般的なドレスを着用することになったメイヴィスは歩きにくかったのだろう。走り回ることの多いメイヴィスは豪華な作りのドレスではなく、裾が短めの子ども用のドレスを好んでいたのだが、さすがに十三歳になったのだからと両親に止められたのだ。いつもよりも歩く速さが遅かったのはそれも理由の一つだろう。


「フィリア、一昨日まで愛用していたドレスと同じ型を注文しておいて。お母様の好みのドレスでは動きにくい」


「注文はいたしません。淑女として相応しいものをお召しになるようにと奥様から言われております。子ども用のドレスを好むのはお嬢様くらいではないでしょうか。今時のご令嬢は大人同様のものを好まれる方が多いとお聞きします」


「これでは動き回れない」


「動き回らなくてもかまいません。そもそも、ドレス姿のまま剣を振るうなどといった行動をすることを前提に作られてはおりません。お嬢様の行動を配慮し、動きやすさを考慮したものをご準備しておりますので、今しばらくお待ちくださいませ。明日の午後には何着か届く予定でございます」


「ありがとう。気に入ったら追加しよう」


「かしこまりました。それでは明日の午後には針子を何名かお呼びいたします」


 新しく仕立てたドレスは動きにくい。


 なにかあれば魔法を発動すればいいだけの話ではあるものの、やはり、自由に動ける方がなにかと都合良い。メイヴィスが動きにくいと文句をつけることがわかっていたかのようなフィリアの行動の速さには、いつも驚かされる。厳重に鍵が掛けられている塔の前で交わす会話ではないものの、メイヴィスは木にもしていないのだろう。


「【開錠】」


 メイヴィスが右の掌を鍵に触れながら魔法を唱えれば、簡単に扉が開いた。

 この塔は主に使用人たちへの折檻に使用されている場所である。また、今回のように侵入者を捕縛した際にも拷問をする為の場所として利用される。独特の冷たい空気に思わず身震いをする。


「フィリア、ここで待っている?」


「いいえ、お供いたします。従者がいるとはいえ、お嬢様を一人にするわけにはいきません」


「そう。ありがとう、フィリア」


「お礼を言われるようなことはしておりませんよ、お嬢様。お嬢様の傍付きとしての仕事をしているだけでございます」


 メイヴィスが足を踏み入れた途端に灯りがついた。

 それは侵入者を警戒するものではないのだろう。公爵家の人間に反応をするように床下に魔法陣が仕組まれているのは珍しいことではない。


 メイヴィスは迷うことなく地下へと降りていく。


 なぜエドワルドのいる場所がわかるのか、それはメイヴィスにもわからない。微弱な魔力を通さないように加工されているこの場所ではエドワルドの魔力を辿ることもできず、全部屋を探すことも想定したことだった。


 ……転生魔法の効果かな。


 転生魔法と逆行魔法はよく似ている。

 しかし、生まれ変わることを前提としている転生魔法は前世とは異なる点が複数あるのに対し、生きてきた時代を遡ることを前提している逆行魔法はまったく同じであるとされている。実際、その魔法を発動することができたのはエドワルドだけである為、どちらの魔法を発動させたのかわからなかったのだ。


 しかし、ようやく確信を得られた。


 エドワルドの置かれている状況は前世のものとは大きく異なっている。そのことにより逆行魔法ではなく、転生魔法を発動させたのだと判明した。


 ……厄介なことをしてくれたものだ。


 名前も立場も同じ人間として生まれたものの、前世とは異なってしまう。どう足掻いても異なる点が生まれて来てしまうのが転生魔法の特徴である。それは同じ末路を辿りたくはないのならば良いことではあるのだが、想定外の出来事にも見舞われやすいということになる。


「お嬢様! なぜ、ここにいらっしゃるのですか!?」


 地下の扉の前に立っていた従者、エルマーが大声をあげた。

 本人はいつもよりも少しだけ声をあげたつもりだろうが、かなり響き渡っている。その声を聞き付けた従者が次から次へと集まってくる。


「悪い魔法使いに会いに来たんだよ」


「お戻りください。お嬢様」


「嫌だよ。せっかく、ここまで来たんだ。その扉を開けてよ」


「そのお願いには従うことができません。お戻りください」


「戻らないよ。ここは冷えるね。私も病を貰いたくはないんだ。早く扉を開けて」


 ご丁寧に持っていた槍を壁に立てかけたエルマーに対し、メイヴィスは扉を開けるように迫る。階段を降りたメイヴィスの後ろには呆れた表情を浮かべるフィリアがいることに気付いたのだろう。どういう状況なのか言いたげな表情に変わったエルマーに対し、メイヴィスはゆっくりと笑みを作ってみせた。


「命令だよ、扉を開けて。私はエドワルドに用事があるんだ」


「そのご命令には従うことができません。お嬢様、侵入者は危険な存在でございます。適切な処置が終わるまでの間、会わせるわけにはいきません」


「丁重に扱うように言い付けたはずだけど」


「侵入者に対しては適切な処置を行っております。お嬢様、これは旦那様から許しをいただいて行っていることでございます。どうぞ、ご理解をしてください」


「理解なんてしないよ。私は丁重に扱えと言ったんだ。それに拷問をしないでとも言ったはずだよ」


「存じております」


 エドワルドとリリーが公爵邸の敷地内に侵入をしたことはニコラスの耳に入ったようだ。一時間程度しか経ってはいないものの、直ぐに適切な処置をするように命令が下されたのだろう。適切な処置というのは拷問にかけろということを意味している。それを理解しているからこそ、メイヴィスは拷問が行われている部屋に立ち入り、その行為を止めたかった。エルマーたちが頑なに扉を開けようとしないのはメイヴィスの眼に残酷な現場を見せたくはないからだろう。


 ……お父様の仕事中毒!


 王都にいるニコラスの元にまで魔法を使って知らせたのだろう。公爵邸の敷地内に侵入したのだから当然の対応ではあるものの、メイヴィスの想定ではまだ拷問は始まっていないと思っていたのだ。拷問がすぐにでも始められてしまうとわかっていたのならば、母の元に向かずにそのまま来たことだろう。


「扉を開けないのならば、けがをすることになるよ」


 メイヴィスの右手の人差し指に付けられている銀色の指輪が光る。

 子どもが拷問に耐えられるはずもない。それがわからない人たちでもないだろう。それでも仕事だから仕方がないと命令に従うのだ。


 メイヴィスはそのことも頭では理解をしている。


 与えられた仕事に対して文句も言わずに行う姿は素晴らしいものだと感心もしている。扉の先にいるのがエドワルドではなければ、メイヴィスも仕方がないことだと引き下がっただろう。


「十秒以内に扉を開けて。それ以上は待たない」


「なにをなさるつもりですか。お嬢様、狭い場所で魔法を使ってはなりません」


「使わせたくなければ扉を開けて」


「なりません。お嬢様、考え直してください」


「後三秒! 吹き飛ばされたくなければ扉を開けるか、今すぐ扉から離れて!」


 メイヴィスは指輪に魔力を込める。

 血統魔法も属性魔法を使うつもりはない。メイヴィスが名称のある魔法を使えば、この場は扉が破壊されるだけでは済まないということは、メイヴィスが誰よりもわかっていることだった。扉を開けることができないエルマーは覚悟を決めたように両目を固く瞑った。次の瞬間、指輪から魔力が放出された。

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