04-4.メイヴィスの選択

「俺のしたことをわかっていますよね。そうじゃなければ、俺のことを助けてくれるはずがないですし、覚えているなら、どうして変わらずに接してくれるんですか。俺は……、貴女の意思を守れなかったのに」


 拘束をされていた場所から離れないのは罪悪感があるからなのだろうか。拘束具や縄を外し、傷の再生を行うことに関してメイヴィスの言葉に従ったものの、エドワルドの眼には迷いがあった。

 エドワルドの言葉に対し、メイヴィスはゆっくりと顔を上げる。

 二人の眼が合った。


 ……泣きそうな顔をしている。


 迷子になった子どものような表情をしている。なにをすればいいのかわからなくなってしまったかのような眼をしている。それはメイヴィスの記憶の中には存在しているエドワルドの表情とは重ならないものだった。メイヴィスが覚えているエドワルドは常に自信で満ち溢れているような青年だった。第一王子であるアルベルトの主張が正しいと支持する側であった彼は自分の生きる未来を選べる力があった。


 だからこそ、メイヴィスは彼に全てを託したのだ。


 メイヴィスの愛する家族を守るのには彼が相応しいと、義弟ならばバックス公爵家を導いてくれるはずだと信じていた。そうでなければ大切な人たちの未来を預けられるはずがない。


 ……なにも遺すべきではなかったのか。


 エドワルドが口にした言葉には心当たりがある。

 前世ではエドワルドにも遺書を残した。その言葉はエドワルドを縛りつける枷になってしまっていたのだろう。メイヴィスには彼を縛りつけようという意図はなく、むしろ、命を絶った義姉など忘れてほしいと願いを込めたのだ。師匠としても教えることはなにもないと、堂々と優秀な魔法使いとしての人生を歩んでほしいと背中を押したつもりだった。


「本来ならばこの場で話すような内容ではない。公爵家の従者は耳が良いからね、お父様にも伝わってしまうようなものだ。……でも、それも仕方がないことなのかもしれないね」


 メイヴィスは一歩前に進む。

 エドワルドとの距離を近づけるメイヴィスを止めようとする者はいなかった。この場にいる誰もがわかっているのだろう。今のメイヴィスを救えるのはエドワルドだけであることをわかってしまっているのだろう。誰もが大切に思っているメイヴィスを救うのが自分ではないことを悔しく思う気持ちはあるが、それよりも、泣きそうな顔をしているメイヴィスが元気になってほしかった。


 その為ならばメイヴィスの望むままにさせたかったのだろう。


 誰かが言い始めたわけではない。しかし、この場にいる従者や救急箱と共に戻ってきたフィリアは同じ思いだった。


「エドワルド、君が泣きそうな顔をするのならば、私は秘密を打ち明けよう。どちらにしてもお父様にもお母様にも打ち明けなくてはならないことだ。予定よりも随分と早まってはしまったが、問題はないだろう」


 ゆっくりとエドワルドに近づいていく。

 その度にエドワルドは泣きそうな顔になっていく。


「私は君のことを自慢だと思っている。前世においては義弟としても弟子としても自慢だった。私の持っている知識を引き継ぎ、バックス公爵家の血統魔法を習得することができたのは君が賢い魔法使いだったからだと思っている。それを生前、伝えることができなくてすまなかった」


 エドワルドの頬に触れる。

 二人とも生きている。再会をすることができた。

 それはエドワルドの緊張を緩めてしまったのだろう。彼の眼からは大粒の涙が零れ落ちる。ただでさえ、泣くのを堪えていたのだ。メイヴィスの言葉と共に触れられた温もりが彼の我慢を解いてしまったのだろう。


「泣くな、エドワルド。私は君の泣いている姿は見たくない」


「ひっく、無理をっ、言わないでくださいよ……」


「そう言われても困る」


「だって、姉上に、あなたに、そんなことを言われたら……」


 まるで子どものようだった。

 二人とも姿こそは子どもである。しかし、中身まで子どもかといわれてしまえば、それは違うだろう。前世で生きた人生はそのまま二人の中に残ってしまっている。メイヴィスが覚えている限り、前世ではこのように泣くようなことはなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、姉上っ、ごめんなさい」


 先ほどまで義姉とは呼べないと口にしていたのが噓のようにエドワルドの口からは縋るように言葉がでてくる。意地を張っていたわけではないものの、今世の状況を考えると呼ぶことはできないと判断することができたのだろう。泣いているからなのか、感情が乱れているからなのか、エドワルドは泣きながらメイヴィスに縋り付く。


「俺がっ、俺が、姉上を殺したようなものなんですっ。姉上、あなたに許されたかった。あなたに、もう一度、名前を呼んでもらいたかった。なのに、俺は、あなたを見殺しにしてしまったっ」


 メイヴィスの背中に腕を回して泣きじゃくるエドワルドに対し、メイヴィスは困ったような表情を浮かべていた。なぜ、ここまでエドワルドがメイヴィスに対して謝るのかを理解することができなかったのだ。


「私は見殺しにされたわけではないよ。あの時はそれが最善策だった。だからこそ私は誇りの為に命を絶った。エドワルド、泣きながらでもかまわない。一度しか言わないから、しっかり聞いてほしい」


 メイヴィスの前世の記憶は自害を図ったところで終わっている。


 見殺しにしたようなものだと大泣きをするのならば、それはエドワルドではなくセシルだろう。セシルの目の前で服毒自殺を図ったのだ。それを止められなかったと嘆かれても仕方がないと思えるものの、エドワルドは違う。彼はなにも見ていない。それなのに見殺しにしたとはどういうことだろうか。


「私は前世にはなにも未練はない。しかし、こうして転生したということは前世になんらかの未練があったということなのだろう」


 エドワルドの背中に腕を回し、彼の背中を優しく叩く。

 昔、義弟となったばかりの頃のエドワルドにしたようにする。それくらいしか他人を慰める方法を知らない。


「私は誇りの為ならば死すら恐れなかった。だけども、それはお父様に否定されてしまったよ。命を惜しまないのならばその誇りは持つべきではないと言われてしまってね。お父様もお母様も悲しませてしまった。今、思えば、私が命を絶った後、泣かせてしまったのだろうね」


「……みんな、泣いてっ、おりましたっ」


 エドワルドはその時のことを思い出したのだろう。

 身体が震えてしまっている。拷問にも感覚を遮断してまで耐えていたとは思えないほどに小さな身体をしている。


「ごめんね、エドワルド」


 メイヴィスはエドワルドと再会をすることができたら聞きたいことがあった。

 師匠として禁忌の魔法に含まれている転生魔法を発動させたことを叱らなくてはならなかったし、義姉として望まない転生をさせたことを責めなくてはならなかった。多くの犠牲を払うことにより二度目の人生を与えられても嬉しくはないと怒らなくてはならなかった。


 しかし、震えてしまっているエドワルドにはそれを言うことができなかった。

 エドワルドは泣きながら何度も謝るのだ。その言葉を聞くと、それ以上のことを言えなくなってしまう。


 ……私のしたことはイルミネイト王国の為には正しいことだったのだろう。


 魔法に変換しなくとも扉を破壊してしまう魔力は恐怖の対象である。それは自分自身のことでありながらも恐ろしいと思ってしまうほどだ。他人から見れば悪魔のようにも見えてしまうだろう。それならば、戦争が引き起こされる前に命を絶った行為は王国の平和の為に貢献したようなものだろう。


 ……でも、家族や私の大切な人たちにとっては間違いだった。


 エドワルドの言葉を聞けばわかる。

 前世での選択は間違っていた。少なくとも今のメイヴィスが望むようなことではなかった。それを知ることができただけでも前世の呪縛から少しだけ離れることができたのだろう。いつまでも泣いているエドワルドを抱き締めながらメイヴィスはそう判断をした。

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