03-4.転生者たちは後悔の中を生きている

 エドワルドは持っている洋服の中でも比較的まともな状態を保っているフード付きの上着を羽織った。穴の開いているポケットには物が仕舞えないことは不自由な上着ではあるものの、普段着として使いまわしているボロボロの洋服よりはまともに見えるだろう。


 一目見ただけで孤児だとわからなければそれでいい。


 一瞬の隙があれば魔法で加速をして逃げることができる。その為にもエドワルドは一人で行動をしなくてはならない。

 孤児院の外に出たエドワルドの動きは速いものだった。

 午前中、雨が降っていたのが幸いだった。馬車が通っただろう道には馬の足跡と車輪の跡が残っている。その近くには子どもの足跡も残っている。リリーが馬車を追いかけた跡だろう。


 ……本当にリリーを助ける為?


 自分自身の行動に疑問を抱いてしまう。


 ……姉上に会う為の口実ではないと言い切れる?


 思わず頭をよぎった言葉を否定するかのように首を左右に振った。そして、足元に【加速魔法】をかける。風属性の魔法を使うのは久しぶりだった。少なくとも孤児院に来てからはろくなことに使っていない。その使用内容を聞けば、師匠であるメイヴィスは顔を真っ赤にして怒るだろう。


 ……今はリリーのことだけを考えるんだ。


 【加速魔法】によりエドワルドは風のように走り抜ける。魔法を使う事の出来ない人々から見れば馬車よりも早いと錯覚することだろう。魔法を維持している間、魔力を消費し続ける効率の悪い魔法であることを知っている人は少ない。それでも魔道具や魔法を使用する際の媒体となる杖や指輪を持っていないエドワルドには、この魔法を使う以外の方法は持ち合わせていなかった。


 馬車の痕跡もリリーの足跡も消えてはいない。


 馬車はリリーの存在に気付かずに走り去っていったのだろうか。エドワルドは移動をしている間、リリーの姿を探していたものの、見当たらない。どこかに隠れている様子もなかった。


* * *


 十三歳の誕生日から二日が経った。


 イルミネイト王国の宰相である父は仕事の為、王都にある屋敷に戻っており、母も明日には父が暮らしている王都の屋敷に戻ることだろう。バックス公爵領にある公爵邸にはメイヴィスとメイヴィスの世話を任せられている執事やメイド、従者、庭師、料理人といった様々な仕事を受け持っている使用人たちしか残らない。三日に一度、メイヴィスに血統魔法や属性魔法に関する勉強を教える為、家庭教師のハーディやハーディとは違う曜日に公爵邸を訪れる剣術を教えてくれる家庭教師や礼儀作法を教えてくれる家庭教師が訪れるくらいである。時間を見つけて逢引きを繰り返しているセシルと過ごす時間はメイヴィスにとって、なにも考えずに過ごせる貴重な時間となっていた。その大切な時間も今日は終わってしまった。


 そうなるとメイヴィスはやることがなくなってしまう。


 早くも伸び悩んでいる剣術の練習でもしようかと練習用の剣を中庭で振り回してはみるものの、傍付きの五十代のメイド、フィリアがなにかと悲鳴をあげている。公爵邸の中では長く公爵家に仕えているフィリアではあるのだが、メイヴィスのように動き回る令嬢を相手にしたことはあまりないのだろう。


「お嬢様、そろそろお茶の時間にいたしましょうか」


 練習用の剣を振り回していたメイヴィスは僅かに首を傾げたものの、フィリアの言葉に大人しく従う。剣を振り回すのを止めてみればすぐに見知らぬ人の気配が公爵邸に潜り込んだことに気付いた。恐らく、集中していたからこそ気付かずにいたのだろう。なにも気付いていないかのような素振りでフィリアの傍へと近づく。


 普段の穏やかな初老のメイドの表情ではない。


 引退をしていてもおかしくはない五十代でありながらも、メイヴィスの傍付きを任せられているのにはそれなりの理由がある。


「確認の為、探りをいれております。お嬢様、いかがなさいますか」


「私はこのような経験をしたのは初めてだよ」


「さようでございますか。ご安心くださいませ、必ずお嬢様をお守りいたします」


 ……前世ではフィリアに属性魔法を教えてもらったこともあったな。


 メイヴィスとは主体となる属性は異なるものの、大切な人を守る為には防御も攻撃も同時に行わなくてはならないと教えたのはフィリアだった。もっとも、それは前世での話である。今世ではフィリアに教えを乞うことはなかった。


 フィリアは貴族の生まれではない。


 それなのにもかかわらず、優秀な魔女である。もしも、フィリアが全盛期の時代にも平民階級出身の女性の騎士団入団や研究員として働くことが許されていれば、彼女は歴史に名を残す優秀な魔女となったことだろう。


「ふふ、知っているよ、フィリア。貴女はいつだって私の味方だ」


 練習用の剣を地面に突き刺す。

 本来ならば他人の肌を傷つけることすらもできない剣には亀裂が入っている。


「こんな下手な殺気を向けられたのは初めてだよ。私を狙うのならば異種族の眷族くらいは用意してもらわなくては相手にならないのに。まったく、舐められたものだよ。ねえ、そう思わない?」


 今世では殺気を向けられたことはない。


 メイヴィスが勘付くよりも前にフィリアたち使用人が処分をしているのだろう。イルミネイト王国の宰相を務めている公爵を父に持つメイヴィスの命を狙う者は少なくはない。王国内外にかかわらず、厄介な血筋を受け継いでいる令嬢を始末してしまおうと企む者はいる。そういった者たちから遠ざける為にも両親はメイヴィスを王都に連れて行かず、公爵領に置いていく選択をしたのだろう。そして公爵領にある公爵邸を任されている使用人たちは誰もがメイヴィスの護衛をすることができる優秀な者たちばかりだった。


 それを知っていながらもメイヴィスは逃げようとしなかった。


 与えられた優しいだけの箱庭の中で暮らしてもメイヴィスを責める者はいない。大空に憧れるだけの鳥籠の中の鳥でいても咎める者はいない。使い道を間違えれば戦争を引き起こしてしまう可能性を秘めていると自覚しているからこそ、誰もがメイヴィスが大人しくしていることを願っているのだと知っている。


 それでも、メイヴィスは引き下がらない。


 ……お母様の言葉がまったくわからないわけではない。


 メイヴィスは大切な人たちを守りたい。その為ならば手段は選ばない。

 それはメイヴィスのことを大切だと思っている人たちにとっても同じだろう。


 それを知ってほしいと願っているからこその言葉だったのだろうと、メイヴィスは答えを導き出していた。


 それでも、その為にはなにをすればいいのかはよくわかっていない。


 メイヴィスには大切な人々を守る為の方法がある。それは戦争の引き金にも成りかねない強力すぎる力だった。しかし、使い方を間違えなければ人々を守る為の盾になることもできるとメイヴィスは信じている。


 それを教えてくれたのはフィリアだった。


 両親と過ごす時間の少ないメイヴィスが寂しい思いをしないようにと、公私ともに気に掛けてくれるフィリアがいたからこそ、メイヴィスは様々なことを知ることができたといっても過言ではないだろう。


「【侵入者を捕縛せよ】」


 突き刺した練習用の剣を媒体とし、公爵邸全体に魔法をかける。媒体となった剣の下からは複数の巨大な黒い手が伸びる。影を動かしているかのようなその黒い手は公爵邸を覆い隠すように伸びていく。隠れている侵入者を探しているのだろう。


「【引きずり出せ】」


 他人の魔法を打ち破り、強制的に対象者を目の前へと引きずり出す闇属性の魔法だ。相手よりも実力がなければ効力を発揮しないはずの魔法を展開したメイヴィスに対し、フィリアは眼を見開いている。

 フィリアだけではない。メイヴィスの安全を確保する為に動いていた使用人たちは皆、眼を見開き、自身の耳を疑った。勉強よりも遊ぶことが好きなバックス公爵家の令嬢だったメイヴィスには、闇属性の魔法を行使する力はないと思われていたのだろう。


 それは正しい反応だということをメイヴィスは知っている。

 これは前世で得た力である。今世のメイヴィスが努力をして得た力ではない。

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