03-3.転生者たちは後悔の中を生きている
「エド?」
セツの心配そうな声に我を取り戻す。
一瞬ではあったが呆けてしまっていた。
「リリーはこの家紋の描かれた馬車を追いかけていったんだね?」
「うん。エド、怖い顔してる。やっぱし、悪い人たちの馬車?」
「どうだろうね。……大丈夫だよ、セツ。リリーは俺が探してみるから」
バックス公爵家の人間が乗っている馬車ならば孤児に対して酷い仕打ちをしないだろう。そう思う心もあるのだが、不安も残る。前世にてエドワルドが使った転生魔法の代償による影響がどこまで広がっているのかわからない。エドワルドの父の人柄が狂ってしまっていたのと同じようにバックス公爵家の人々も性格が変わってしまっている可能性も否定できない。
「もうじき、アイカとユージンが戻ってくると思う。みんなは孤児院で二人の帰りを待っているんだ。いいね?」
セツの記憶が正しければ馬車はバックス公爵領へと向かっている。それならば、それを追いかけていったリリーもバックス公爵領の近くにいる可能性もある。一人での行動をしているリリーの身の安全は保障できない。それこそ、奴隷商に見つかってしまえば、息をしている限りは売り飛ばされてしまっているだろう。リリーが危機感を抱いて行動をしているとは思えない。
「一人で行くの?」
「ごめん、その方が厄介な連中に見つからないようにできるから」
「エド、戻ってくる?」
「戻ってくるよ」
「リリーも一緒?」
「……ごめん。探してみるけど、連れて帰れるかわからない」
ミッチェルは不安そうな表情を浮かべながらエドワルドの言葉を聞いていた。子どもたちの中でもリリーのことを気に掛けていたのはミッチェルだけだった。貴族としての感性を捨てることができないリリーを怖がる子どもたちは多くいたが、ミッチェルだけは同じ孤児院の仲間だからとリリーに声を掛けていた。
歳の近い友達ができると思っていたのだろう。
ここ数日の間に、引っ込み思案のミッチェルの行動にセツたちも合わせるようにして、リリーの様子を見るようになっていた。その矢先に起きたのが今回の出来事である。だからこそ、セツは引き留められなかったと落ち込んでいるのだろう。リリーと仲良くなることができれば食い止められたはずだと、物事を知らないセツたちは簡単に思ってしまう。それは彼らが親を知らない子どもだからこその考えであることは、エドワルドも気付いていた。
気付いていながらも指摘をしなかった。
なにもせずに子どもたちの様子を見守ることにしたのは、エドワルドたち年長者だ。年長者といっても十二、十三の子どもたちである。この孤児院にいる子どもたちの中では最年長のユージンはなにかあったのかという顔をしながら、今、孤児院に戻ってきた。その腕の中には盗んできたのだろうパンが幾つか抱えられている。
「エドワルド、子どもたちが大騒ぎをしているんだけど。僕が外に出ている間になにかあったの? アイカとリリーの姿も見えないし」
「やあ、ユージン、おかえり。アイカはいつもの用事だよ」
「……ただいま。いつものあれね、飽きないね、アイカも。それでリリーは?」
「行方不明になった」
「は? ……それでこの騒ぎになってるわけ。それで、手がかりは?」
「一応はある。これから探しに行ってくる」
リリーが馬車を追いかけていったのは午後二時前。なにもなければ、それほどに遠くへは行っていないだろう。
「僕も行こうか?」
「いや、俺だけでいい」
「そう。それじゃあ目的地だけ教えておいてよ」
ユージンは状況を掴んでいるわけではない。
ただ、この中ではエドワルドと付き合いが長いのはユージンだ。エドワルドが魔法を使うことができるのも、年相応ではない振る舞いをすることが多いことも誰よりも理解をしている。だからこそ、何処にでもいる孤児であるユージンが一緒に行ってもエドワルドの邪魔にしかならないことは分かっているのだろう。
「ヴァレンティ伯爵領とバックス公爵領の境界付近を見てくる。その間で見つからなかったら公爵邸にまで行ってみようかと思ってる」
「公爵様がリリーを連れて行ったの?」
「公爵家の馬車を追いかけて行ったみたい。もしかしたら保護されているかもしれないと思って」
「貴族様が慈善活動するはずがないよ」
「わかんないだろ。もしかしたら、リリーは公爵邸にいるかもしれない」
「いないよ。保護されているはずがないね」
それはエドワルドの都合良い考えだ。
ユージンははっきりと言い切った。冷静に考えてみれば、汚れた格好をしている孤児に手を伸ばしていれば切りがない。公爵家とはいえ慈善活動で家計を火の車にするような考え無しではないだろう。どちらかといえば、孤児に対して興味を抱いていないような人たちだった。
「エドワルド。危なくなったらリリーを見捨てて戻っておいでよ」
「おい、子どもたちの前で変なことを言うなよ」
「君の性格をよくわかっているから言っているんだよ。どうせ、みんなに頼まれたからって意地でも探そうとするんだろう? それで君までいなくなったら、僕たち飢え死ぬよ」
「そこはユージンとアイカがなんとかしてくれよ」
「無理を言わないでよ。僕たちになにができるっていうのさ」
ユージンは十三歳、アイカは十一歳だ。二人だけならば日雇いの人手不足の現場でならば仕事を貰うこともできるだろう。それでも孤児院の子どもたちを養うことはできない。精々、二人で寄り添って生き抜くことしかできない。
そうなってしまえば、ユージンは孤児院の子どもたちを見捨てるだろう。
自分自身を産んだ親が生まれたばかりの子どもを捨てたのと同じだ。生きる為ならば仕方がないと縋る手を振り払っていくことだろう。穏やか物言いをする彼がそういう人間だということはエドワルドもわかっていることだった。
「約束して、エドワルド。なにがあっても孤児院に戻ってくるって」
「大丈夫。心配し過ぎなんだよ」
「いいから約束をして」
ユージンが約束に拘るのはこれが初めてだった。
元々孤児だった彼は他人の感情を見抜く力が飛び抜けている。他人の感情を読み取り、それに応じていかなくては生き抜けなかったのだろう。
……約束、できるのか?
約束を交わしても問題は無いのだろうか。
エドワルドは悩んでしまう。今の自分自身が戻る場所はこの孤児院であることは変わりはないものの、公爵邸に近づけばその気持ちは揺らぐだろう。メイヴィスたちの顔を目にした途端に孤児院の子どもたちのことを忘れてしまったかのように振る舞ってしまうかもしれない。禁忌と呼ばれている魔法を実験してしまうほどには焦がれてきた義姉が生きている姿を目にすれば、どのような手段を取ってでも公爵邸に残ろうとしないと言い切れるだろうか。
……俺は、いざとなったらユージンたちを選べるのか?
公爵夫妻の養子にはならなくてもいい。メイヴィスの義弟でなくてもいい。
家族でなくてもかまわないから公爵邸においてほしいと乞わない自信がない。
使用人でも従者見習いでも庭師見習いでも、どのような立場でも構わないから置いてほしいと乞わずにいられる自信がない。
ユージンはエドワルドのその考えに勘付いているのではないだろうか。
「リリーを探しに行くだけだから。ユージンが心配することはないだろ?」
エドワルドは笑って見せた。
セツたちはエドワルドとユージンに挟まれる形になってしまい、戸惑っていたものの、エドワルドの笑顔を見て安心したのだろう。露骨なまでに安堵する子どもたちを前にするとユージンも強くは言えなかった。
だからこそ、ユージンは背を向けた。定位置である場所に向かうのだろう。
その後姿を見るエドワルドの顔は笑っていた。しかし、心の中ではユージンたちに対する罪悪感で一杯になっていた。
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