03-1.転生者たちは後悔の中を生きている
メイヴィスは両親に言われた言葉を理解することができなかった。一度は公爵家の為を思い、命を絶った身であるからこその苦悩なのかもしれない。メイヴィスは自分自身の価値は公爵家の存続よりも低いものであると考えており、それを否定されても理解することは難しいだろう。
自室のベッドに転がり、眼を閉じる。
両親は悲しそうな顔をしていた。父は困惑を隠せておらず、母は泣きそうな顔を隠せていなかった。メイヴィスは両親のそのような表情を見たかったわけではない。十八歳の時に幕を下ろした前世を含め、三十一年間、バックス公爵家の令嬢として生きてきたものの、両親のそのような表情を見たのは初めてである。
……なにがいけないの。
前世では生き残ろうと思わなかった。
好きでもない相手と婚約をさせられ、その上、婚約破棄という恥をかくようなことになった。悪女の汚名を着せられてもメイヴィスは笑って見せたのだ。誇り高いバックス公爵家の令嬢として命を絶つことを選んだのは、婚約破棄をされた彼女にはなにも残されていなかったからだろう。メイヴィスを助けだそうとしている両親の存在に気付きながらも、それを必要ないことだと判断したのは彼女自身だ。他の誰かに唆されたわけではない。
今ならば自ら命を絶とうとはしないだろう。
今のメイヴィスにはセシルがいる。敬愛するハーディを死の窮地から救い出さなければならない。行方知らずのエドワルドを探さなくてはならない。やるべきことがある限り、メイヴィスは生きることを諦めないだろう。
……お母様にそれを言ったら、それは違うと言われた。
他人を守りたいと気持ちは大切なものである。しかし、それはメイヴィスの感情によるものであり、他人に貢献をするだけでは幸せにはなれない。他人を守りたいと思うのならば、自分自身のことを大切にできるようにならなくては意味がない。
母に言われた言葉を思い出す。
メイヴィスは自分自身の考えた最適解を述べたつもりではあったのだが、母にとってはその答えはよろしいものではなかったのだろう。母に告げた後、父の元にまで足を伸ばす気分にはなれず、こうして自室のベッドに転がっている。
……エドワルドならば、お父様たちの期待に応えられたのかな。
幼い頃から天才と言われてきた。
それは前世の頃から変わらない。メイヴィスは魔法に関する才能があった。公には知られてはいないもののバックス公爵家の血統魔法を使いこなすことができ、習得が非常に難しいとされている闇属性の魔法や攻撃力の高い魔法を使うことができる。魔法理論を語らせればメイヴィスは博士号が与えられた人々の中でも堂々と討論することができるだろう。
メイヴィスは天才だ。それ故に他人の心を理解することができない。
自分自身の価値は魔法制御力の高さや魔力数値の高さにあり、扱える魔法はどれも戦争の引き金になりかねないものであると理解をしてしまっている。平和な時代にはメイヴィスの才能は危険なだけの存在だった。
……くだらない。
どうすることもできない可能性に縋るのは好きではない。
こうして寝転んでいることは時間の無駄遣いである。それを理解しているからこそ、メイヴィスは静かに眼を閉じた。
……お父様とお母様を悲しませない人材を確保すればいい。お父様とお母様を安心させるのは私でなくてもいい。
メイヴィスが導き出した結論を聞けば、両親は怒るだろう。
自分の価値を理解することができないメイヴィスは自分の代わりになる存在を探すことが最善の方法だと導き出した。それは前世でもそうであったからこその答えではあったのだが、それが両親の望むことなのかはわからない。
……エドワルドを見つけ出さなくては。そうすれば、お父様とお母様を彼に任せることができる。私を転生させた理由も問わなくてはいけない。
やるべきことは山のようにある。
ハーディの授業では知ることができなかったアベーレ家の長男と三男の行方を追わなくてはいけない。三男、エドワルドの生死を確認しなくてはいけない。
……エドワルド。また会えたのならば、私は、今度こそ伝えたいことがある。
メイヴィスにとっては可愛い義弟だった。勉強熱心な自慢の弟子だった。
遺書には書くことができたものの、それを直接、言葉にしたことはなかった。
……お前は自慢の義弟で、自慢の弟子なのだと。伝えてやらなくては。
再会をすることができたのならば二人でやってみたいことは山のようにある。前世には後悔などないつもりにはなっていたものの、こうして、二度目の人生を歩んでみれば様々なことに挑戦をしてみたい。好奇心を満たせなかったことを思えば、メイヴィスの前世は後悔だらけだったのかもしれない。
エドワルドと二人ならばできないことはないだろう。
二人で冒険をしようとすれば、セシルも一緒に来るだろう。結局、三人で冒険をすることになるだろう。前世では叶わなかったことを脳内で描いてみる。
それはなんて素晴らしい日々なのだろうか。
公爵家の人間としては冒険者になる選択肢はない。だからこそ、メイヴィスは心が引かれるのだろう。正規の冒険者にならなくとも学生の身分を活かして登録をすることはできるだろう。学生の間だけでも冒険者の真似事をすることができるだろう。その場限りの冒険者も珍しい話ではない。
……あぁ、そうか。そうなのか。
眼を閉じて考えてみれば、後悔ばかりの人生だった。
だからこそ、メイヴィスは転生をすることができたのだろう。
* * *
彼は後悔ばかりの人生を歩んでいた。
前世での過ちを正すことばかりに執着をしてしまったからこその天罰だというのならば、彼はその後悔ばかりの人生を恨むことはできないだろう。物心ついた頃には心の中に居座っていた大好きな人たちが幸せに生きているのならば、自分自身の不幸などどうでもいいものだと思えたのだ。
彼、エドワルドは生きていた。
そこは前世とはあまりにも違う環境だった。生きる為には泥水を啜り、カビの生えたパンだって齧る。寒さを耐えなくては生きられないと判断をすれば洋服や毛布を盗み、生きる為に必要なものがあれば、犯罪に手を染めてでも手に入れようと知識をひねり出した。その度にエドワルドは後悔を積み重ねていく。エドワルドの知識は前世での経験や義姉だったメイヴィスから教えられたものばかりである。それは人々の生活を脅かす為に使うものではない。
それでも、エドワルドは生きる為には手段を選べなかった。
教会からの補助金を搾取する為だけに立てられ、集められた壁や屋根一部が壊れた孤児院を寝処にしながらも、エドワルドは生きることを諦められなかった。後悔ばかりの人生の中にいてもエドワルドは死を選ぶことだけはなかった。
生きる為ならばどのようなことでもしなくてはいけなかった。
エドワルドだけならば、なんとでもなっただろう。実力さえあれば登録することができる冒険者になっても生き抜くことはできただろう。自分だけならば生きられるだけの資金を集めることもできただろう。しかし、不幸にも劣悪な環境にある孤児院に連れて来られた子どもたちを見捨てることができなかった。同じ境遇にある子どもたちを見捨て、自分だけが幸せになる道を探すことなど彼にはできなかった。その結果、エドワルドは前世から引き継いだ魔法の才能を悪用することにより、子どもたちと共に生き抜く道を選んだ。それが正しいことなのか、今のエドワルドには判断をすることもできなかった。
前世とはあまりにも違う姿だった。
エドワルドの生家、アベーレ家が没落をするなど想定をしていなかったのだ。妹や次兄、母が奴隷商に連れて行かれる姿を目にした時は酷く後悔をした。それもメイヴィスを取り戻そうとして手を出してしまった転生魔法による代償なのだと、気付いた時には全てが遅かった。エドワルドは気が狂ってしまった父に立ち向かおうとしていた長男の手を取り、アベーレ家の屋敷から逃げ出した。途中までは一緒にいた長男は流行病に感染し、死の窮地に陥った長兄を助ける為だけにアベーレ家から持ち出した全財産を病院に寄付し、長兄を預けてエドワルドは立ち去った。死の淵でありながらもエドワルドのことを心配してくれた長兄だけでも生き抜くことができるのならば、エドワルドは息絶えても構わなかった。
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