朱 華麗

 響樹は、久しぶりに空手部の練習に顔を出した。数日、無断で稽古を休んでいた為、顧問の教師にこっ酷く叱られた。


 勇希はキチンと欠席の届けをしていた為、お咎めはなかった。 ただ、二人揃って同じ数の休みを取得した為、部員達の間では少し噂になっているようであった。


「全員、並んで!」勇希の集合の掛け声をかける。よく響く綺麗な声であった。「はい!」部員達は返答をしてから集合する。


「基本を行います。前屈の構えをとって」彼女の声にあわせて、部員達は構えて動作を開始した。

 相変わらず、前方で見本の動作を行う勇希の姿は、他の部員達との動きとは全く別物のようであった。

(やっぱり、勇希先輩はカッコいい・・・・・・・)響樹はその動作に見とれた。

 彼の視界に白帯の部員が入る。

 褐色の肌をした健康的な引き締まった体。

 道着の下には、タートルネックと長袖のオレンジ色のシャツを羽織っていた。その機敏な動作は、素人の目で見ても初心者ではないことが容易に解る。

 基本動作が終了して休憩時間になった。


 有村が響樹の隣に腰掛ける。 その仕草はまるでそこが自分の指定席であるかのようであった。

 少し遠目でその様子を見ていた勇希は女の子らしく口を尖らせた。

「なあ、あんな奴、空手部にいたっけ?」響樹は有村の仕草を特に気にせず、さきほどの部員のことを聞いた。

「ああ、転校生よ。不動君達が休んでいる間に入部してきたのよ。 生川さんと組手をしたけど、生川さんは全く歯が立たなかったわ。 コテンパンに・・・・・・・」

 道理で、生川の元気が無いはずだと響樹は合点した。  


「新入部員の貴方、名前は?」勇希も彼女に興味があったらしく名前を尋ねる。

しゅ華麗かれいです」立ち上がり名前を告げた。彼女はツインテールのように髪を二つに束ねている。

「貴方、経験者ね。 流派は?」

「自己流です・・・・・・・、朱流とでもいいましょうか」

「かなり自身がありそうね」

「まあ、このクラブ程度なら・・・・・・・楽勝です。 たぶん、貴方にも簡単に勝てますよ」言いながら、華麗は生川を見た。


 彼は目を逸らすように道場の床を見た。

「朱 華麗さん・・・・・ね。 いいでしょう。 構えて」勇希は華麗の挑発にあえて乗った。 これは下級生に対して示しがつかないと、あえて選択した方法のようであった。


「ひび・・・・・いえ、不動君、審判をして」勇希が響樹を指名する。

「え、俺ですか?」

「ええ、お願い」勇希に言われるままに、響樹は対峙する二人の間に立った。

「そ、それでは、構えて!」初めてする審判の大役に声が上擦る。

「たー!」「やー!」二人は掛け声と共に、それぞれに組手の構えを取った。

「始め!」響樹は誠意一杯の声をあげた。


 二人は相手の出方を見ている。 勇希の構えは、いつか響樹と対峙した時との構えとは異なり、両手を握りしめていつでも攻撃出来るように体の重心を真中に落としている。

 対する華麗は、両手を開いて右手を鳩尾、左手で顔面を隠している。その構えは達人のような風格を見せている。


 まずは、勇希の中段突き三連打、下段蹴り、逆足の上段蹴りが繰り出される。その攻撃を華麗は綺麗に受け流した。

「なるほどね!」勇希の口元が緩む。 まるで喜んでいるようである。 華麗の下段回し蹴り、勇希は宙に舞ったかと思うとそのまま、後ろ飛びまわし蹴りを繰り出す。

 その攻撃を華麗は寸前で見切った。


「へー、やりますね! あの先輩とは雲泥の差だ!」華麗も嬉しそうに呟いた。道場の隅で生川は小さくなっていた。勇希は着地と同時に新たな構えを見せた。

 今度は、華麗と同じように両掌を開いて構えた。華麗が勇希の胸の辺りに渾身の一撃を発する。


 勇希は体を半身ずらして左手で肘、右手で手首を押さえて関節を極めた。交差法という技である。 実際にこの技を組手で使える人間など皆無であろう。

華麗の表情が苦痛で歪む。


 流石に完全に技を極めると華麗の腕が粉砕する為、勇希は手加減をしている様子であった。 続けて、華麗が回し蹴りを繰り出すが、勇希はその蹴りを肘と膝で挟んだ。

「痛!」華麗が痛みで声を発した。

「止め!」明らかに、勇希が優勢でこれ以上の継続には危険があると判断し、響樹は組手を止めようとした。


「ま、まだだ!」華麗が叫ぶ。

「でも、これ以上は危険だ!」響樹は必死に制止するが、華麗の意思と力が強く止めることが出来ない。

「大丈夫だって、言っているだろうが!」言いながら、華麗は新しい構えを見せた。 その構えは両手を前後に開いて体を斜に傾けている。


「それは・・・・・・空手? ・・・・・・いや」勇希が呟くと同時に、華麗の攻撃が彼女を襲う。駒のように体を回転させたかと思うと、空中を舞い三連発で蹴りを繰り出してきた。


「中国拳法!?」華麗の蹴りをかわしながら、勇希は分析する。上から華麗の鉄槌が振り落とされる、その攻撃にタイミングを合わせるように、手を添えて華麗の腕を下に払った。

「くっ!」華麗の体は必要以上に下に落ちた。


 次の瞬間両手を床に着いてから、前転して浴びせ蹴りの要領で勇希の脳天を攻撃した。 しかし、すでにその場に勇希の体は無く、華麗の蹴りは空振りした。

 床に落ちた華麗の手首と、背中を押さえて動きを封じた。


「これで、あなたの動き封じたわ!」勇希は、ゆっくりと華麗の体から手を離した。

 自由になった瞬間、華麗の表情が一変した。その動きは見たことも無いほど素早いものであった。


 響樹は危ないと思い、勇希の体を庇うように二人の間に入った。

「お姉さま~!」華麗は響樹の体を突き飛ばして、勇希に抱きついた。

「え、ええ!?」道場の部員達が一斉に声をあげた。

「私の拳法より強い人なんて初めて! 惚れました! 私と結婚してくださ~い!」

「え、ええ!?」再び部員達の声が響き渡る。


 響樹は壁に激突したまま、体をピクピクさせていた。


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