デート

「お待たせ、御免遅くなって御免な」腕時計の時間を確認すると、約束の時間より一分弱時間が経過していた。


「ううん、私も今来たところ。 今日は付き合ってくれて有難うね」有村は頬を赤らめて微笑んだ。 彼女はいつもの制服とは違い、水色の可愛いワンピースを着て、肩からポーチを掛けていた。 響樹は最近、色っぽい女性ばかりを目にしていた為か、彼女の姿は新鮮に感じた。


「少し早いから・・・・・・・『マックン』でも行く? 私、朝ごはん食べてないんだ」マックンとは有名なファーストフード店である。

「そうだな・・・・・・・俺は、朝飯食べたけど、丁度喉も乾いたから、行こうか」響樹は相槌を打つとマックン目指して歩き出した。


 遠くの影から二人を見つめる影が三つあった。三人は同じようなサングラスをかけて、口にはマスクをしていた。

(やっぱり、女ね!)シンディが自分の予感が当たった事を誇らしげに自慢するように胸を張った。

(またもや、あの浮気者め! 成敗してくれる!)静香は日本刀の柄を掴み、歯を食いしばった。 それを制止したのは勇希であった。

(ちょっと、こんな所でやめてよ。・・・・・・あれ、あれは有村さん?)勇希は二人の姿を見て不安な気持ちになった。 二人が交際しているとは思えないのだが・・・・・・。

 三人は、響樹達に気づかれないように、柱から柱へ移動した。

 なにやら二人は楽しそうに会話している。静香はイライラした顔をしていた。

「えっと、俺はコーラ・・・・・・、有村は?」

「私は、ハンバーガー単品と、オレンジジュース」

「会計は一緒でお願いします」響樹はサイフを取り出して支払いを済ます。

(男気、あるじゃないの!)シンディが親指を立て呟く。三人はマックンの入り口に設置されたゴミ箱に隠れて様子を眺めていた。

(私だって、響樹君と二人でデートしたことなんて無いのに・・・・・・)勇希は少しガッカリした顔をした。

「私は、何度か逢引あいびきしたぞ! 私の勝ちだ!」静香は得意げに腕を組んだ。

「ちょっと、私達も店は入るわよ!」勇希達はアイスコーヒーを三つ注文して、響樹達の座る席の隣に見つからないように、待機した。

「ねえ、響樹君はどんなタイプの女の人が好きなの?」有村はハンバーガーの袋を開けて、一口食べた。

「えっ?」唐突とうとつな質問に響樹は驚いた。

 隣の席で、三人の耳がダンボのように大きくなった。 興味深々の様子であった。

「たとえば、紅先輩みたいな人はどう?」有村が具体的な個人名を挙げた。 勇希の耳が更に大きくなった。まさに壁に耳あり障子に目有の状態だ。

「ゆ、いや、紅先輩か・・・・・・・、強いし、格好いいよね。・・・・・・・好きというよりは憧れ的な存在かな」響樹は頬杖をつきながら宙を見た。

 隣で勇希がガクンと項垂れた。

「憧れか・・・・・・、それじゃセクシー系で、たとえばシンディ先生みたいな人は?」有村は、また具体的な名前を口にした。

「シンディ・・・・・・・先生か。 大人だよね、俺年上は、少し無理かな?」響樹は応える。

 隣の席でシンディが腕まくりをして飛び掛る寸前であった。 「もごもご!」勇希は彼女の口を押さえ、静香は体を押さえた。

「なんだか、騒がしいな」響樹は隣の席を見た。 怪しい三人組がバタバタしている。

「それじゃ、和風の気の強い女性と優しい女性だと、どっちがいい?」なぜか、不自然な質問であった。

「うーん、やっぱり優しい女の子かな」響樹は微妙な質問に返答した。

 その答えを聞いて、静香は無表情でコーヒーを啜っていた。

((アンタだ!))勇希とシンディが突っ込んだ。静香は驚いた顔をした。

「そろそろ、時間だ。行こうか」響樹は腕時計に目をやってから呟いた。

「ええ、そうね」有村が返答すると、二人は立ち上がりトレイの上のゴミを捨て店から出て行った。 その後を追うように、怪しい三人組の尾行が再開された。

(ちょ、ちょっとここって・・・・・・・)勇希の顔が真っ赤になる。 二人が歩いていく先には、ラブホテルが並んでいた。


(やるわね! 響樹、高校生でラブホデビュー!)シンディは感心したような顔をした。

(感心している場合じゃない! 貴方、先生でしょ!)勇希はシンディに意見する。

(なんだ、ここは遊園地か?)静香は珍しそうに見上げた。

(もっと、いい所よ)シンディがヒソヒソ声で囁く。 その言葉を聞いて静香の目がキラキラ輝いていた。

(あ、あれ?)勇希が疑心暗鬼の眼差しを向けていると、二人はホテル街の目前で通路を曲がった。目的地は違うところのようであった。勇希は安堵のため息をついた。

 二人が到着した先は、映画館であった。上映されている映画はアメコミを原作とした作品であった。

 二人が入館したことを確認して、同じ映画のチケットを三枚購入して、館内に潜入した。

 彼女達は、二人の席を確認してから指定の席に座った。

 映画が始まった。

特殊なスーツを纏ったヒーローが悪人達を倒していく、典型的な勧善懲悪の作品であった。

(もう、響樹君って、浮気性ね・・・・・・)勇希が落ち込んだように呟く。

(なに、心配なの?)シンディがいつの間にか購入したポップコーンを片手にくつろいでいた。 隣から静香も手を伸ばして、口に放り込む。 その味が気に入ったようで、嬉しそうに微笑んでいた。

(え、シンディは何とも思わないの?)勇希はモヤモヤする胸の違和感を覚えながら聞く。

(うーん、何とも無いって言うと嘘になるけれど・・・・・・まあ、あの娘は気にしなくても大丈夫よ)ポップコーンを更に口に放り込んでから、勇希にも袋を差し出した。


 勇希はシンディの言葉の意味がよく解らないまま、袋に手を差し込んでポップコーンを取り、口に含んだ。


 静香は、映画に没頭している様子で、スクリーンを凝視している。 最後にヒロインを助けて抱き合うシーンでは号泣していた。


 映画が終わり、二人は劇場から出て行く。 その後を、勇希達もついて行く。

 二人はファミレスに入り、昼食をしながら映画の感想などを話していた。 相変わらず三人は隣の席を陣取り、聞き耳を立てていた。

「面白かったね」有村がパスタを頬張ほおばりながら呟く。

「ああ、久しぶりに映画館で見たから、迫力が凄かったな! ヒロインも綺麗だったし、CGもよく出来ていたよな」響樹は、ドリアを食べていた。

「あの映画のヒロインって。なんだか紅先輩に似ていたよね・・・・・・」有村は少し上目遣いで視線を送った。

「そうだっけ・・・・・・、なんだか紅先輩が、よく出てくるな」響樹はスプーンを口に運んだ。

「そ、そうかな・・・・・・、不動君、昼からの予定は? 私、一日フリーなのだけど・・・・・・」有村は両手の人差し指をコンパスのように重ねた。 その顔は何かを期待しているような表情であった。

「あ、俺は昼から約束があるんだ」響樹は有村の思惑を全く感じ取っていないようであった。

(記憶を無くしていても、あの辺は変わらないわね・・・・・・)シンディは椅子に体重を預けた。 口にはスプーンをくわえていた。その顔は明らかに呆れている表情であった。

(本当だな)静香も小さな声で同調した。

 それは、勇希も感じている事であった。

 響樹の鈍感さは並みのものでは無かった。 かなり積極的に行動をしないと彼は、女心に気づいてはくれないであろうことを・・・・・・。


「そ、そう、仕方ないね・・・・・・」有村は残念そうに呟いた。

 響樹は彼女の変化に気づかない様子で食事を続けた。

「御免、そろそろ約束の時間だ。 行こうか」響樹は席を立ちレシートを握りしめた。

「割り勘でいいよ」有村はポーチの中からサイフを取り出す。

「いや、そんなわけにはいかないよ、映画のチケット代も払ってもらっているし、男に華をもたせてよ」響樹は二本指を立て敬礼のような仕草をして微笑んだ。

(し、渋い、渋すぎる!)響樹の行動を見てシンディは目を見開いた。

「それじゃ、今日は有難う・・・・・・すごく楽しかった」有村は少しモジモジしながら呟いた。

「ああ、御免な約束が無ければつきあえるんだけど」響樹は申し訳無さそうに謝罪する。

「約束って、・・・・・・紅先輩?」

「えっ・・・・・・?」図星されて響樹は目を見開いた。

「正直ね」言うと有村はいきなり、響樹の唇にキスをした。 突然の事で響樹の目が見開く。

響樹達の会話は勇希達には聞こえていなかった。

(あー!!!!!)勇希が声にならない声をあげた。

(あの女、ぶち殺す!)静香が日本刀を握りしめた。

「じゃあ、またね!」有村は大きく手を振ると、その場から去っていった。 後には呆然とした響樹が立ち尽くしていた。

 立ち尽くす勇希と、暴れる静香の行動を制止した後、シンディは諭すように囁いた。


「ね、ベニーちゃん。 誰でも響樹のパートナーになれる訳ではないのよ。キスをしても、あの娘の体に変化は無かったでしょう。 響樹と私達は、ずっと生きていくけど、あの娘は歳を取っていくわ。決して、響樹と添い遂げる事は出来ないのよ。彼の女関係をいちいち気にしていたらキリがないわよ」シンディの言葉。 この四百年の間に色々な出来事があったことを予想させた。


 ただ、その境地に達するのは勇希にはまだまだ、無理だと感じていた。




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