下の名前で呼んでくれると嬉しいかな

 クレナイが用意していた朝食を、二人で分けて食べた。終始、勇希は無言のままであった。


 幸い、脱ぎ捨ててあったクレナイのコスチュームは消えて、代わりに響樹と勇希の制服に変わっていた。


 気まずい雰囲気に耐え切れずに、勇希のビンタで左頬を腫らした響樹は口を開いた。


「二人で朝食を食べていると、なんだか、・・・・・・・新婚夫婦みたいですね」精一杯明るく言ったが、勇希の箸が止まり、顔が真っ赤になった。

響樹を恐怖で顔が引きつった。


「な、なに言っているのよ! この馬鹿!」勇希は食べ終わった食器を、キッチンに運び洗浄した。


 響樹は、空気を読めない言葉を発してしまったと反省したが、しばらくすると勇希の鼻歌が聞こえたような気がした。

 こっそりと彼女の顔を見たが、やはり無表情で食器洗いを続けていた。


(なんだ、勘違いか・・・・・・・)響樹の視線が朝のテレビ番組に向いたと同時に、勇希の口元がニヤリと緩んだ。


「待ってください! 紅先輩!」響樹は部屋の戸締りを確認してから、外に飛び出る。


「ちょっと、大きな声を出さないの! 貴方のマンションは女人禁制でしょう。 誰かに見られたら面倒な事になるわよ」勇希は怒っている様子であった。

彼女はマンションを出る時、鞄で顔を隠すように飛び出していた。

出来るだけ響樹に迷惑が掛からないようにとの配慮であろう。


「すいません」響樹は謝罪した。 彼女はフンっと拗ねたように背中を向けた。

 勇希はいつもと変わらぬ制服姿であった。ただ、一箇所だけ彼女の首には、赤いチョーカーが巻かれていた。


「紅先輩・・・・・・その首の・・・・・・」響樹は勇希の首元を指差した。


「ああ、これ・・・・・・・取れないのよ。 変かしら?」勇希は少し首を傾げる。


「いいえ・・・・・・・よく似合っていて、可愛いです」素直な気持ちを口にした。


「・・・・・・・貴方ね!」勇希の顔は再び真っ赤に染まる。 彼女の肌は透き通るように白い為、赤みを帯びると顕著に表に出てしまう。


 響樹は彼女の顔が赤くなる度に、怒られると思い緊張していた。


「紅先輩、すいません! 俺・・・・・・」響樹は大きく頭を下げた。


「もう、貴方はいつも謝ってばかりね・・・・・・、許してあげるわ。 その代わり、苗字じゃなくて下の名前で呼んでくれると嬉しいかな・・・・・・」勇希は何故かモジモジしている。


「・・・・・・・勇希・・・・・・先輩ですか?」響樹は遠慮がちに名前を呼んだ。


「まあ、それでいいわ」先輩と呼ばれることに少し抵抗があったが、周りの目もあるので納得することにした。

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