血で繋がった家族

第4話 おはよう、片腕のない俺

「……っ!!。」


体を跳ね起こす。どうやら俺は気を失っていたらしい。


…どのくらいたっただろうか…。外は暗くなり始めていた。



「外…、俺はいつ建物の中に入ったんだ?。」



顎に右手を当てる。考える時の俺の癖だ。


あれ…顎に手がいかない…。



「あっ、そうか。『無いんだった』。」


「『無いんだった』…じゃないですよ。もう、ユタカ様…。」


奥から女性が現れる。


短めの黒髪に猟犬を思わせる鋭い茶色の目。腕も足も細長いが痩せている訳ではなく…むしろしなやかな筋肉で覆われた体の女性である事を俺は『知っている』。


「クルツェ…。助けてくれてありがとう。所で俺の『腕』知らないか?。」


「ここにあります。」



そう言ってクルツェは片手に持つビニール袋を見せてくる。ビニール袋からはみ出ているのは俺の『手』だ。小さい袋だったので腕が丸ごと入らなかったのだろう。



「あのゴリラにかじられる前で良かったですね。…本当にユタカ様は少しは大人しくするべきです。」


「仕方ないだろ…昼間の活動じゃないと協会からの評価は貰いにくいし…。調査員の階級上げないと良い『法具』も支給どころか所持すら許されないし…。」



今現在、世界は別の次元と繋がる(と思われる)穴から溢れた『魔素』により人の生活域は大幅に減少した。


『魔素』は特定の元素を変質させたり(これを法化と呼ばれている)、それ自体があらゆるエネルギーに変質したりと特異な性質を持つことを『異世界人』によって明かされた。


特に前記…『他の元素』を変質させる性質が人類には致命的だった。


人体のみならず生命体に多く含まれる『炭素』。これの変質により生命維持が困難になる為魔素の多い環境では人は黒く変色していき、死に至る。


更には全身の炭素やカルシウム等のミネラル分が変質仕切った時…別の生命体…知性や自我、理性等が大きく欠如した…通称『デッドマン』と呼ばれる者になる。


この魔素に適応し、魔素濃度が高い地域を調査する者達を管理するのが『高濃度魔素域調査員協会』だ。この協会からの評価次第で活動できる場所や使える装備が変わってくる。



「だからといって無茶をしていい理由にはなりませんよ?。…取り敢えず、帰りましょう。」


「……はぁ、そうだな。帰るか…。」




セーフゾーン。魔素の濃度が一般人でも問題の無い値の地域のことを言う。


そこから魔素濃度が高くなるにつれ、グリーンゾーン・ブルーゾーン・イエローゾーン・レッドゾーン…そして魔素を垂れ流す異界との門、その近辺であるデッドゾーンと段階的に呼ばれる。



当然だが調査員でもその殆どの自宅はセーフゾーン内に有る。俺も例外ではない。



異界との門の多くは日中の人口密集地に開いた。なので今の世界は人口だけでなく、その人口密度も大きく減った。



なので住人がいない(居なくなった)空き家等に住む者達も多く…むしろ広い土地を使い、造りも頑丈なマンション等は何らかの施設に改修することが出来るので新政府からは空き家への移住を推奨されている。



俺達が暮らすのもそうやって引っ越した空き家だ。来た時に首を吊った男の死体があった事以外は広く家具付きと文句無しの良物件だ。



とゆうかこのご時世、何かしらをぶちまけずに死んでくれているだけでありがたいとすら言える。そう考えると本当に人類は衰退したと感じるが…。



家のドアの前に立つ。


俺はこの家に住む…あの日願いを聞くと誓った相手が正直苦手だ…。


とはいえ家には入らなければいけない。


「あっそっか。クルツェ、悪いが開けてくれ。」


「全く。それなら普通にドアの前に立たないでくださいよ。」


今、俺の右手はレジ袋の中にあり。それを左手で持っているので両手が使えないのだ。



「エリシュ様。ただいま戻りました。ユタカ様も一緒です。」


…………トタトタトタトタ


軽ろやかで小刻みなあし音が近づいてくる。



そして廊下の奥からそいつは現れた…


白い、胸元が空いた裾の短いワンピースの上から…


可愛らしいチェックのエプロン姿で…



「ユー君!!、おかえり!!。ご飯はまだだから先にお風呂……って!!腕が取れてるじゃない!!。」


俺を見るや否や飛び付いてくる…『エリシュ』。


「ほ、他に怪我はしてないよね?。もう、なんで危ない事するの!!。『ママ』の言うことを少しは聞いてよ…。」


「す、すまんエリー。」


一通り俺の体を確かめた後。俺からレジ袋を取り上げる。


傍から見れば自分より背の低い女の子に『ママ』と言わせている変態に思われるかもしれないが…俺たちは紛れもなく『血で繋がった』親子だ。


「と、取り敢えずご飯もお風呂も後!。『チクチク』するからお風呂場で待ってて!。分かった?。」


そう言うとパタパタと奥へ行くエリー。実を言うと2週間ほど前にも腕が取れているので俺もエリーも落ち着いている。初めて腕が取れた時は俺は勿論、エリーの動揺は凄かった。


風呂場へ行き、血がつかないようにコートやシャツを脱ぐ。


「はぁ…何回も取れてると腕すぐに取れるようになっちゃうのよ?。…もう。」


そう言いながらエリーは『ユー君用♡』と書かれた箱から太い針と糸を取り出す。



「何だよそれ。人形かよ。」


「人形って…。まあ、確かにユー君はお人形さんみたいに可愛いけどぉ。」


そう言って少し赤らめた頬を片手で隠しながらキャッキャッとはしゃぐエリー。


その仕草は見た目相応の愛らしさがあり。そんな彼女が『ママ』な自分が恥ずかしくなる。


「でもね。…ううん、だからこそあんまり大きな怪我はして欲しくないの。直ると思ってこんな怪我繰り返してたら…そのうち死んじゃうよ?。」


エリーがその美しい陶器のような手を伸ばし、俺の頬に当ててくる。


冷たい…先程まで料理をしていたので水に濡れ冷えたのだろう。


その美しい赤い目が俺の目を捕らえる。初めてエリーと出会った時から変わらず、その目で見つめられるとこちらも目を離せなくなる。


「悪いと思ってる。自分が無敵じゃない事をもっと良く理解するべきだと反省もしている…。」


謝るしかない…。常に優しいエリーだがいつ呆れられるか分からない。エリーが怒ってしまえば『取り返しがつかない』…。



「……うん。ちゃんと謝れて…、ユー君は本当に良い子だね。…心配しなくてもユー君はママが強くしてあげるからね?。」


頬を撫でていたエリーの手が俺の輪郭をなぞりながら頭の上に、そのまま細い指に俺の髪を絡めながら優しく頭を撫でる。


ひとしきり撫で終えると満足したのか手を離し。その手に大きな『ナイフ』を握る。


左手には俺のちぎれた腕。右手には大振りのナイフ…。相も変わらず世界は変わったなと思わざるを得ない。


「クルツェ。ユー君の腕を持っていなさい。」


「はい。エリシュ様。」


俺の手をクルツェが持つとそのまま傷口の方をエリーに向ける。


エリーは右手に持ったナイフをそのまま自分の左腕に当て…


勢いよく『引く』……。


エリーが割いたのは静脈。動脈とは違い激しい出血は無いがそこからはドクドクと勢い良く血が流れる。


そうして勢い良く流れ出た黒い血をちぎれた腕の傷口に掛ける。


その腕をクルツェから受け取りる。

エリーの血でグチョグチョになった傷口…それを


「ほいっ。」


「痛っ!…も、もうちょっと優しく出来ないの?。」


ぐちゃっ


柔らかい肉がへばりつき、小さくコンっと骨と骨が当たる感触…痛みは勿論、その感触はかなり気持ち悪い。


「クルツェ。押さえなさい。」


「はい、エリシュ様…。」


「…それ最初からクルツェがすれば良かっただろ。」


わざわざ傷口をぶつける為だけにクルツェから腕を受け取るエリーに思わず突っ込んでしまう。


するとエリーは悲しそうな顔になり…涙目になりながら…


「だ!だって私のユー君なんだから私が色んな事しても良いじゃん!!。……それともユー君はママよりクルツェに『ぐちゃっ』てして欲しいの?。」


「…いや、別に俺はどっちでもいいけど。」


「じゃあクルツェでも良いの?。」


今にも涙が溢れそうなエリー…。


「エ、エリーにして欲しい…かな…。」


「…そうだよね!!。やっぱりユー君の事はママがしなくちゃだよね!!。」


悲しそうな顔から一変、華のような笑顔になるエリー。


共に暮らすようになってから分かったがエリーは俺に必要とされたり、頼られたりすると非常に喜ぶ…。そしてその逆の態度を取るとすぐに泣き出すのだ。


太い針に通された糸。


その針が…俺の腕に…。


ブスリ…

「痛っ…。」


そしてちぎれた腕にズブズブと針を刺す。痛みは無い。


くぐり終えた針が再び俺の腕に…。


ブスリ…

「痛っ…。」


「もう、我慢しなさい。嫌なら最初から危ない事しないの。」


両手の人差し指でばってんを作るエリー。猟奇的な現場ながら彼女はやはり愛らしく、その行動には幼さを匂わせる。






「ママが見せてって言ったらちゃんと傷口を見せるんだよ?。あと肌が張ってきたと感じたらすぐに言ってね?。」


「分かってるよ…。前も同じ事言われた。」


涙目のエリー…


「ううぅ…。ユー君はまたママを拒絶す、」

「分かった!分かったよ!……はぁ…。」


可愛らしく、甘えん坊。頼ると喜び何でもしてくれ…なんと言っても飛びっきりの美少女。


だが…まあ、疲れる事も多い。


ちぎれた腕の傷口が熱くなっていく。肉と肉が引っ付いているのだ。


「はぁ…俺…、本当に『人間』じゃなくなったんだな…。」


「そうだね…。ユー君はもう人間他所の子じゃなくて…私の子供だよ。」



そう。俺は人を辞めた。


とゆうか『人類』はあの日から…、多くの者が人を辞めたのだ。

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