第3話 時が止まる街と俺 2

両足に力を込め、必死に自転車を漕ぐ。流れていく街の景色…そこでは蛇や蜘蛛等が大きく黒くなった物が人を食い散らかしている。


(取り敢えず家に!!…でも母さんも陽菜もいなかったら?…それでもまずは家に帰ろう!!。)



街はまさしく阿鼻叫喚、咀嚼音と人の叫びが響き渡る街はみるみると赤色に染まっていく。





ひたすら自転車を漕ぎ、運良くでかい生物に食われずに家まで戻る事が出来た。表には母さんの車が止まっているので俺が帰ってくるのを待っていたのだろう。


早く逃げなければ…


「母さん!!今外が凄いこと…に…。」


ドアを開け、玄関に飛び込んだ際…まず俺を出迎えたのは『匂い』だった。


血の匂い…それも酷く濃い。


更にはその臭いの中に人の排泄物の様な匂いも僅かに混ざっている。二つが合わさり今にも朝食を戻してしまいそうな程の嘔吐感に襲われる。


(ま、まさか…)


こんな匂い…想像するなら1つしか可能性は無い。だが外から見た時家は壊れていなかった。あのデカブツ達が入った形跡はないのだ。


そう思いつつリビングへ、


だが少しづつ濃くなる悪臭と家族に起こった悲劇の気配にその足取りはみるみる重くなっていく。


だがそれでも足は勝手に動く。俺はそれを見なければならない…見ずにこの場を去ることなど出来ない…。


そして目にする。当たり前すぎるくらい、頭の中で思い描いていた当然の光景を


「か、母さん…なん…で……。」


そこには母さんの死体…いや、そう呼ぶ事すら許されない…そう、言うなればただの『食べ残し』があった。


片目をくり抜かれ眼窩の除く顔。胸から下腹部にかけて大きく引かれた裂け目。そしてその裂け目からは明らかに『中身』を引きずり出した痕跡がチラホラと見え、四肢は所々に肉を貪られ露になった骨が見えている。


「そ、そんな…あぁ…。」


足の力が抜ける…家族が惨殺されたのだ。2人だけとなってしまった家族のうちの一人が…。


だが不幸な事に膝を折ることで低くなった俺の視線に1本の『腕』が見えた。


母さんの四肢は胴体に繋がっている。ならばあの腕は誰の物だろうか?…この家に母さんの次に居る可能性が高い人物。


そんなもの…1人しか思い浮かばなかった。



「誰だ…なんでこんな事を…。どこのどいつが…。」


悔しい。涙が溢れ出る。なぜ母さんにもっと優しくしてやれなかったのだろうか。父さんが死んでから…女手1つで育ててくれたのに…それなのに…


陽菜もそうだ…最近は少し生意気だったが…それでも大事な家族だったのだ。可愛らしく、面白い妹だった…。


だがもう居ない。今死んだ。


「誰が…どうして…。」


「君…誰がこれをしたのか知りたいの?。」


女性の声がした。澄んだ声は喋りかけられたそれだけで耳が喜ぶ…そんな美しい声が。


顔を持ち上げ、後ろをむく。


「君はそれを知ってどうするの?。復讐とか?…こんな事する奴らに君が復讐出来るの?。」


美しい女性だった。大粒のルビーの様な赤く澄んだ目、鼻も口も小さいが形の整った物でそれが収まる顔も小さい。髪は長い銀色で肌もそれに劣らぬほど白い。


見た所体は細身だが胸や太もも等は程よく肉がついており、大き胸元の空いた裾の短いワンピースを身につけているのだが…その女性的な部分が露わになっていて年頃の男児にはかなり刺激的だ。


そんな女性が…俺の目を見て問い掛けてきた。


「い、いつから?…ど、どうやって!!」


女性が急に顔を近付けてきた。

微かな吐息が顔にあたる。果物の様な甘い香りの息だ。目はまっすぐ俺の目を見てくる。あまりの美しさにこちらもその目から視線を外せなくなる。


「何がしたいの?、君に出来るの?。」


「ふ、復讐……出来るなるしてやりたい。俺の家族をこんな姿に変えた奴を…。でも、俺にそんな事出来るかなんて……。」


そう言いつつ、再び家族が死んだとゆう事実が頭に浮かび…涙を流してしまう。


「そっか。大変だね。」


暖かく湿ったもので頬を流れる涙を拭われる。


それは女性の舌だった。涙を舐め取られたのだ。


「ねぇ。君、家族が居なくなっちゃったんだよね?…私のお願いを聞いてくれるなら…、復讐の手伝い…してあげようか?。」


このような惨殺を行った犯人、果たして俺はそいつと対峙した時…母さんと陽菜の仇を討てるだろうか?そもそも誰が犯人かなんて警察に相談しない限り分からない。相談すればそこから先は全て警察が進めるだろう。


「そ、そんな事…いったいどうやって…。」


「どうやるかなんて聞かないでよ。まだ君は私の質問に答えてくれてないんだから。…ただ、1つ言える事は…君は絶対にその復讐を果たせるよ。私のお願いさえ聞いてくれればね。」


なんなんだ…その『お願い』とは。聞くべきだ…が、この女性の感じだとそれを聞いても答えてくれる気配が無い…。もっと別の聞き方で詳しく話を…


だが、それは唐突に襲ってきた。


外で人を食い荒らしていたでかい蜘蛛が突如窓を叩き割り、フレームや周りの壁を崩しながらリビングへ入ってきたのだ。



「あ、…ああぁ。」


蜘蛛は鳴かない。ただその8つの赤い目で睨まれただけで足から力が抜け、崩れ落ちてしまう。


だがそんな俺と蜘蛛の中に女性が割って入って来た。


「丁度良いからみてて。あなたが復讐を果たすための術を…。」


蜘蛛が体を天井に擦り付けるように持ち上げる。俺よりも身長が低い女性は立っていても蜘蛛の頭はずっと上だ。


「…そして。今日からこの世界を生き抜くための『力』とゆう『権利』だよ。」


そう言うと女性は消えた。


いや、蜘蛛の胴体にパンチを繰り出していた。早すぎて視界から消えたのだ。


なんて刹那の思考を終えた時…


バァゴォォン!!!



黒い蜘蛛の…その巨体がとてつもない速さで『ぶっ飛び』、ぶつかった向かいの家の壁を砕いていた。



「…え?…。何が起こったんだ…。」


信じられない事が蛇口を捻れば水が出るような…そんなごく自然な流れで行われた。


そんな現実と非現実が合わさり思考が止まる。


「私があの蜘蛛を殴ったの。君が復讐を遂げるための手段はこれ…。君が復讐の相手を見つける鍵は私…。」



きっと世界は変わってしまったのだ。外ではでかい蜘蛛が人を喰らい。そんな蜘蛛をこの美しい女性が一撃で撃退する…。そんなの俺の知る日本じゃない…。


そう、俺は1人で変わってしまった世界に居るのだ。…そう考えるとそもそも復讐だ何だの前に俺は生き残れるのかとゆう当たり前の疑問が頭の中を埋め尽くす。



「もう答えは出てるんじゃないかな?。この力は君が復讐を果たす為『にも使える』だけであって…君がこれから生きていくには『必要』だと思うのだけれど。」



その通りだ。あの力があれば俺は生きていける…。そのうち復讐も遂げれるかもしれない…。



「その…お願いって…何なんだ?」


「…私のお願い…聞くって事はもうダメとは言わせないよ?…。まあ、安心してよ。君にとっても悪い事じゃ無いからさ…。」


悪いことじゃない…。本当なのか?。


これだけの力を楽に譲ってもらえるとは思えない。奴隷か何かか?。少なくとも何らかの形でこの女性に仕えなければ行けないだろう。


或いはこの女性に『使われる』か…。安易に手にできる力とは到底思えない。


だが…。もはや俺に選択肢は無い。生きる為には必要な判断であり、今さら断れば何をされるか分からない。



「そのお願い…聞くよ。だから…俺にこの世界を生きていける力を…分けてくれ…。」


そう答えると女性は目を瞑り…少し下を向いてから


顔を上げた時には眩しいくらいの笑顔になり…


「そう…そっか…。うん!、私に任せてくれれば君は…君はきっと…『幸せ』になれるよ。」


幸せそうな…済んだ声色で喜んでくれた。

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