第十壱話 洗濯を一度もしたことがない美少女
サエの家は・・・なんというか・・・変だった。
同じマンションで、間取りはほとんど同じ・・だから、別に驚くところはないはずだ。
室内はモノで溢れているという訳でもない。
いや・・・逆に、あまりにもモノがない。
20平米ほどのリビングには、冷蔵庫が置いてあるだけで、他にはなにもない。
寝室も、ベッドが無造作に置かれているだけだ。
3LDKの家は、確かに一人暮らしには、広すぎる。
それでも・・・あまりにも生活感がなかった。
そんな殺風景な室内の中で、ひときわ目を引く場所があった。
寝室の端、窓際の床に、脱ぎ散らかした服が一箇所にまとまっていた。
ここだけが、やけに雑然としている。
よく見ると、ブラジャーやショーツといった下着もあった。
あまり見てはいけないと思い、視線を逸らすと、ちょうどサエと目が合ってしまう。
罰が悪い顔を浮かべていると、
「キヨトさん。実は来てもらったのは相談があったからです。・・・その・・着る服がなくなってしまったんです。」
サエは、隅にある服や下着の山を見て、少し困った顔をしている。
「えっ・・・それは・・」
どういう意味ですか・・と問いかける前に、サエが、話しを続ける。
「・・その・・わたしと一緒にいた人が、もう10日くらい帰ってこないんです。いつもは、数日で戻ってくるのに。その人は、こちらの世界に来て長いから、色々と生活のサポートをしてくれていたんです。食べ物や服もその人が、いつも買ってきてくれていたんですけど・・キヨトさん・・・その・・申し訳ないんですけど・・・服を買ってきてもらえますか?」
「・・そう・・ですか・・」
一応うなずいてはみせたが、実際のところ、色々とツッコミどころが多すぎて、サエの話しをよく理解できていなかった。
「あの・・・買うのはお金もかかりますし・・その・・とりあえず、洗濯すればいいんじゃないですか・・」
「洗濯?・・・」
「ええ・・あの・・洗濯して、綺麗にすれば、別に新しく買わなくても・・」
「・・・なるほど・・・そういう方法もあるんですね」
サエは、感心したようにうなずいている。
サエは、世間知らず・・・というレベルではない気がする。
どんな大金持ちのお嬢様でも、こんな反応はしないだろう。
病気のせい・・・というのも違う気がする。
サエの反応は、まるで「洗濯」という行為自体を知らないような態度なのだから。
「あの・・・洗濯という言葉は知っているんですが・・・その・・したことはないので・・・どういう風に行えばいいんですか?」
「えっ・・と・・そ、そうですね・・とりあえず、洗濯機を使えば・・・ちょっと・・すみません。」
同じ間取りなら、たぶん・・玄関の隣がバスルームのはずだ。
リビングを出て、廊下に面した扉を開けると、予想の通りだった。
いくら必要最小限のモノしかないとはいえ、さすがに洗濯機は置いてあった。
真新しいドラム式の洗濯機だった。
この家はこういうところが、妙にチグハグだ。
サエは後ろから、「ああ・・これだったんですね・・洗濯機というのは・・・そういえば・・あの人もたまに使っていました」
と、興味深げにどこにでもある洗濯機を見ている。
「あの・・・サエさん。これを使ったことは・・」
半ばわかっている答えを確認する。
「いえ。ないです・・・あの・・申し訳ないんですけど、洗濯をお願いできますか?」
「・・それは・・いいですけど・・」
同年代の他人の男に、自分の下着を洗われてもいいのだろうか・・・
だが、サエはそんなことにはまるで無関心なようで、ただこちらの動きを見ている。
どうやら、洗濯という行為がどういうものなのかに興味があるようだ。
床にちらかっている服を掴んで、洗濯機まで運ぶ。
「あの・・・サエさん。その・・・それも持ってきてもらえますか?」
下着類に目をやる。
「はい。わかりました。」
サエは恥じらいの顔を浮かべるでもなく、相変わらずあっけらかんとした様子で、自分の下着を拾い上げている。
服は、カジュアルなTシャツ、ちょっとフォーマルな雰囲気がある白のブラウス、それに、今サエが着ているような肌の露出が多く派手な色をしたワンピースと、まるで一貫性がなかった。
女物の服について、まるで知識はないが、普通は、もう少し本人の個性が出て、似たような雰囲気の服に統一されている気がする。
サエは、この年齢の女にしては、めずらしく服に興味がないのだろうか。
結局、かなりの量だったので、全て洗濯することはできずに、半分ほどは次の機会に回すことにした。
静かな室内に、洗濯機が回る音だけ、響く。
サエは、ベッドに座ったまま、じっとしている。
数分、そんな状態が続いて、沈黙に耐えられなくなり、
「・・・あの・・今日はどうしますか?」
と、サエに話しかける。
「ああ・・そうですね。キヨトさんのおかげでとりあえず問題も解決したことですし・・また・・・一緒に外に行きましょうか・・」
「は・・はい・・・」
極力平然な顔をしようと努めていたが、もしかしたら、少し顔がほころんでしまったかもしれない。
このまま解散ということになりやしないかと思っていたから、サエと一緒にいられる時間が増えたのは、嬉しかった。
「その・・どこ・・行きましょうか?体調のこともあるし・・・近くの方がいいですよね・・」
「大丈夫です。昨日はまだ慣れていなかっただけで・・・あんな失態はもうしませんから。」
サエは心配されたのが、気に食わなかったのか、やや語気を強めて、こちらを睨んでくる。
「わ、わかりました。」
その様子に気圧されながらも、キヨトは一拍間をおいて、今日サエに会ってからずっと言いたかったことを言葉にする。
「あの・・それじゃ・・せっかくだから、ど、どこか店で・・ご飯を食べませんか?この時間だと・・ファミレスくらいしかないですけど・・」
キヨトは、今日起きてから、ずっと考えていたプランを心臓をバクバクさせながらも、なんとか口にすることができた。
「店で・・ご飯を・・・ですか・・・」
サエは、首をかしげて、そのまま黙り込む。
ひとり考えに耽っているようだ。
「・・・わたしも・・この世界に慣れないと・・・」
そうつぶやくと、何らやら決意を固めたように、「わかりました。その場所に連れて行ってください。」と、真剣な面持ちをしている。
たかがファミレスに行くだけなのに、サエの態度は、大げさ過ぎる。
今の態度もそうだし、さっきの洗濯もそうだけど、サエはやっぱりかなり変わっている・・・
いや・・そうはっきり言っておかしい。
でも・・・会った時からサエは明らかに変だったから、だんだんとそうした態度にも慣れてきた。
それよりも、サエ・・・こんなに美人な女・・と、一緒に店で二人きりで食事をすることができるのだ。
キヨトの心は、その事実だけで、満足感に包まれていた。
別にいいじゃないか・・少し変でも、会話はまともにできるし、なによりサエは美人だ。
それに・・・彼女は自分を頼りにしてくれる。
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