06-2.死とは残酷なものである

「我、イザベラ・スプリングフィールドが命じる。オーデン皇国に刃を向ける者を殲滅せよ。我が命が尽きるまで暴れ給え。【氷城の戦乙女(アイス・キャッスル・ワルキューレ)】」


 足元に展開していた氷が全て砕け散る。

 砕け散った氷は戦乙女となり敵に降り注ぐ。足元がなくなった私もそのまま落下することになるが、致し方ない。【氷城の戦乙女】の効果範囲は術者を目にした敵がいる全ての範囲。目立つ場所で行使することにより最大の効果が期待することができるのだから。


「敵を薙ぎ払え【氷の波(アイス・ウェーブ)】」


 着地地点にいる敵は【氷の波】により吹き飛ばされる。そのついでに放たれた様々な魔法を氷で封じ込め、それを弾き飛ばす。


 アイザックには人身御供にでもなるかのような言い方をしたが、私も死にたがりではない。


 皇国の敵は全て凍らせ尽くすつもりなのだ。

 着地した途端に斬りかかって来た敵は大剣で吹き飛ばし、そのまま、首を跳ね飛ばす。魔族や亜人たちで構成されている帝国の兵士たちとはいえ、首を跳ね飛ばされては動くことはできないだろう。時間稼ぎでもいい。


 皇太子殿下の御身を守ることができれば、私の命など要らない。


 皇国に尽くして得る死ならば誰も文句は言わないだろう。


 今こそ、お前との約束を果たす時だ。

 この身を捧げて皇太子殿下の御身を守るのだ。


 ――だからこそ、今度こそ、罪深い私の手を取ってくれないだろうか。


「イザベラ――!!」


 呼ばれた名に振り返る。

 私の名を叫んだのはエイダ嬢だった。なぜ、ここにいる。


 結界から落ちるようにエイダ嬢は空を飛んでいた。正確に表現するのならば、空から落ちていた。武装もせずに落ちてくる彼女に対して敵兵が武器を向けないのは、敵意を感じなかったからだろうか。それとも殺す価値もないと判断されたのか。


「イザベラ! 私も一緒に戦うわ! 一人で戦わせたりしないんだから!」


 エイダ嬢の声は、戦地には似合わない声だった。


 花が咲くような穏やかな声。鈴の音のように安らぎを与える声。その愛らしい容姿はまさに花のようだと、詩でも読むかのように謳われている褒め言葉が頭の中を駆け巡る。


 戦場には不似合いな愛らしいドレスに身を包み、負け戦であることを知らない頭の中にはきっと様々な花でもつまっているのだろう。


 いっそのことそうだったら良かったのだ。


 戦死者や負傷者が山のように運ばれてくる救護室で、“聖女”の由来となった光属性の魔法を行使しているはずのエイダ嬢は私に駆け寄って来る。魔法を使っている素振りはなかったというのに、なぜ、彼女は無傷で着地することができたのだろうか。


 しかし、戦場だと言うことを忘れてしまったのだろう。

 それほどに警戒心がなかった。危機感もないのだろう。


 それが、学生であった頃ならば彼女に愛のような言葉でも囁いて見せただろう。愛を信じない私にはとんだ笑い話だと心の中で笑っていながらも、彼女も今はそれでいいとそれに応えるような言葉を返したことだろう。


 現れた標的を殺すのは簡単だと思われたのだろう。

 武装をしていなくても戦場に降り立ったのならば、敵だと認識するのは正しいことだ。


 魔法で生み出された刃がエイダ嬢に襲い掛かる。このまま見過ごすこともできる。戦場なのだ。ここで死んでしまったとしても不用心だったエイダ嬢が悪いと誰もが言うだろう。あの子を死に追いやった原因の一つがこの場で死ぬ。


 それはなんて嬉しいことなのだろう。


「……エイダ嬢、無事か?」


 それは、私の意思に反して口から零れ落ちた言葉だった。


 見殺しにしようと思っていた。あの子のように見殺しにしてしまおうと思っていた。それなのに身体の自由が奪われたかのようにエイダ嬢の元へと駆け寄り、彼女を抱き締めていた。私の背には先ほどまでエイダ嬢に襲い掛かっていた魔法で生み出された刃が幾つも突き刺さっている。強烈な痛みだからだろうか。息をするのすら苦しい。


「え、あ……。イザベラ……? どうして……」


「はは、どうしてだろうな。気付けば、貴女を抱き締めていたんだ」


 エイダ嬢を逃がさなくてはならない。

 彼女は皇太子殿下の大切な人だから、この場で死なせてはならない。


 それが力の抜けていく身体を動かす原動力となったのだろう。エイダ嬢を抱き締めていた腕を解き、数歩、後ろに下がる。私たちを囲っている敵兵を振り解き、彼女だけでも安全場所へと逃がさなくてはならない。それなのに身体は限界だというかのように足の力が抜け、その場に座り込んでしまう。


 なんて情けない姿なのだろう。


「あ、ああっ。イザベラ、駄目よ、眼を閉じないで! 私が治すわ。だから、お願い、眼を開けて!!」


 私はここで死ぬのだろう。

 エイダ嬢を庇って死ぬのだろう。それは決まっていたことなのかもしれない。


 もしかしたら、私は魅了の魔法で操られていたのかもしれない。

 エイダ嬢を見殺しにすることもできず、まるで彼女を愛しているかのような言葉を口にしている。


 そのような思いを抱いたことはない。


 彼女は私の異母妹を死に追いやった元凶の一人であり、憎い相手の一人なのだ。彼女に向けるのは憎悪と殺意、それ以外にはない。


 追撃をしない敵兵もエイダ嬢の魅了の魔法で操作されているのだろうか。そう思えばこの場に来たことさえも納得できる。世界はエイダ嬢の為にあるのだと言われても納得できるだろう。それほどに矛盾だらけなのだから。


 きっと、私の死後もエイダ嬢は好きなように生きるのだろう。

 人々の心を都合のいいように操って笑うのだろう。


「なんで、なんで死んじゃうのよ! イザベラルートだったはずなのに、どうして、ゲームだとヒロインを守るカッコイイ名シーンじゃない! 死んじゃうなんてそんなの知らないわよ!」


 ……エイダ嬢は、なにを言っているのだろうか。


 聖女の祈りにしては魔力を帯びていない。意味の分からない言葉を話すのは今に始まったことではなかったが、彼女がこれほどに苦しそうな声を出したことはあっただろうか。


「いや、いやよ、イザベラ。ねえ、死なないでよ!」


 縋るような声だった。心の底から悲しんでいるかのような声だった。

 痛みが遠のいていくのはエイダ嬢の魔法によるものだろうか。


「貴女のいない世界なんて私は望んでいないのに! どうして、血が止まらないのっ! お願いよ、イザベラ。死なないでっ!!」


 それは、世界の理であるかのようにも聞こえた。

 この世界の秘密を見てしまったように感じたのは、死に際の幻覚だったのだろうか。

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