07-4.狂った恋心は女公爵を逃がさない

「……では、その言葉を信じさせていただきましょう。ウェイド公爵、アリアを守っていただいてもよろしいでしょうか」


「任せるといい。アリア嬢に傷の一つも負わせはしない」


「では、お願いいたします」


 ウェイド公爵の策に嵌められただけかもしれない。


 騎士団に引き渡したエイダがいる可能性は限りなく低い。前世のことは関係ないだろう。あの時と状況は違うのだから同じになるはずがない。


「お姉様。わたくしもお姉様と一緒に行きますわ」


 大人しく話を聞いていたアリアは私の手を掴んできた。


 その温かい手はアリアが生きているからこそのものだ。この手を離してはならないと、二度と失ってはならないと心に決めたのだ。


 だからこそ、私は前世を断ち切らなくてはならない。


 アリアの命を狙う気狂いとはいえ、彼女は学院での友だった。ローレンス様も魅了の魔法の影響を受けたとはいえ、あの方の意思でエイダを選んだのだろう。


 私は友人に対して甘いところがあるのかもしれない。


 友人たちに対して冷酷になり切れない。


 エイダの死を願っていながらも、彼女を傷つける事に戸惑いを覚えたのも事実だ。彼女は許されざることをしたが、それを罰する資格は私にはない。


 それでも、私はアリアを守る為だけに友人を切り捨てたのだ。


「いいや、それは出来ないよ」


「どうしてですか! わたくしだけが安全な所で待つのは嫌ですわ」


「危険が待っているとは限らないだろう」


「嫌な予感がしますの。お姉様。行ってはなりませんわ」


 弱弱しい力のアリアの手を優しく解く。


 アリアには予言の力ない。

 魔力量も少ない。


 だからこそ、その嫌な予感というのは第六感から来るものだろう。話を聞いて予想を立てたのだろう。


 それならば、巻き込むわけにはいかない。


「アリア。私が戻るのを待っていてほしい」


 これは私の甘えだ。


 アリアが待っていると思えば、前世を乗り越えられる気がするのだ。冷酷になりきれない私の背を押して欲しいと願うのは甘えだ。


「ウェイド公爵と共にいれば問題は起きないだろう。これは私が公爵として託された仕事のようなものだ。可愛いお前の我が儘でも連れていくことはできない」


 ウェイド公爵の言い方が的を射ているものだとするのならば、相手は人間ではないのかもしれない。人間ではない者に恋心を抱かれるような心当たりはなにもないのだが、相手が抱いているのは恋心なんて可愛らしいものではない可能性が高い。


「わかってくれるだろう? アリア」


 危険な目に遭わせたくはない。


 そう思ってしまうことはなにもおかしいことではないだろう。


「……お姉様の意地悪ですわ。わたくし、そう言われてしまいましたら、なにも言い返せないのを分かって言っているのですわね。お好きになさりなさい。わたくしはお姉様の言い付け通り、待っていることにしましょう」


「助かるよ、アリア。それではウェイド公爵、アリアをお願いします」


 公爵である私が祝宴会場から抜け出すのには、少々問題があるだろう。


 それなのにもかかわらず、当然のように抜け道に誘導する騎士団の団員の態度を考えれば、ダックワース公爵がなにをしているのか分かった。確かにそれに直ぐに気付かないようでは、まだまだ子ども扱いをされる筈だ。


 ……優先するべきことを間違えてはいけない。


 アリアを守らなくてはならない。

 アリアを傷つけたくはない。


 最近はそればかりを考えてしまう。


 私が優先するべきは皇帝陛下、及び、皇族の方々をお守りすることだ。それから領民たちを守ることも優先しなくてはならない。それは公爵でありスプリングフィールド公爵領の領主である限りは果たさなくてはならない義務である。


 アリアの為に全てを投げ出してはならない。


 それをしてしまえば、私は前世とは違う過ちを犯してしまうのではないだろうか。時々、そう感じてしまう。それはアリアの前では公爵でなくてもいいという甘えがそうさせるのかもしれない。――これは、気のせいではないのだろう。


 似たような経験をしたことがある。


 心の底から救われるような甘い誘いに耳を貸してしまったことがある。

 前世ではそれはエイダだった。だが、……今はアリアがそうではないだろうか。


 元々、彼女は自分の思い通りに全てが運ぶと思っている節がある。異母姉としては可愛い我儘だと叶えてしまうことも多々あるが、今回の発言は、行き過ぎているのではないだろうか。


 公爵令嬢として立場を弁えるべきだ。

 交渉の場に令嬢が出向くべきではない。安全な場所に留まるべきなのだ。


 それなのに、なぜ、アリアはあのような言葉を口にしたのだろう。



 指定された薔薇園に向かう最中、何人もの騎士が物陰に隠れているのを見つけた。


 警戒態勢が引かれている。中には近衛騎士だけが身に付けることが許されている隊服の者もいる。なにを企んでいるのか知らないが、皇帝陛下や皇太子殿下の耳に入っているのは間違いないだろう。


 私は私を待っているだろう人を油断させる為の囮役、といったところだろう。


 冷静さを取り戻したというのは聞こえが悪いが、外の冷たい空気がそうさせているのか、周りの状態がよくわかる。意図を理解出来ていなかったのは心の底から嘆き、反省し、次回に繋げなくてはならない。


 騎士たちの視線を感じながらも薔薇園の目の前で足を止める。


 分かっている。私は囮なのだ。


 だから、この先で待っているだろう人が誰であっても救われる事は無い。


 救おうとしてはならない。

 それが私の役割なのだろう。


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