07-3.狂った恋心は女公爵を逃がさない
「まあ、溺愛なんて――」
「公爵のおっしゃる通りですよ。私は異母妹を溺愛しておりましてね。しばらくの間は、この可愛いアリアを手放すつもりはありませんよ。御子息を可愛がられている公爵ならば理解して頂けると思っておりましたが?」
アリアのことだ。恐れ多いことだと言おうとしたのだろう。
油断をしていたわけではないが、意図しないことに巻き込まれる気はない。
アリアを隠すように優しく腕を引っ張れば、周りから声が聞こえた。注目の的になっているということは分かっていたものの、必要以上に騒がれるのは好きではない。
「あぁ、勿論だとも。分かっているつもりだよ、公爵。なにもアリア嬢を貰い受けようだなんていったわけではない。あぁ、いけない、そういえば、ダックワース公爵には会われたかね?」
「ええ、先ほどご挨拶をいたしましたが」
「それは良かった。実はダックワース公爵から言付けがあったのだよ。うっかり忘れてしまうところだった」
ダックワース公爵がウェイド公爵に頼みごとをするとは考えにくい。
同格の貴族同士、表面上は親しくしているものの互いの上下関係を決めるような行為には手を出さないはずだ。なにかを企んでいるのは間違いないだろう。公爵家を揺るがすような問題を押し付けて来るつもりか、皇家を敵に回すことでも企んでいるのか。どちらにしても碌なことはない。
公の場で話をするということは断れなくするような内容だろう。
「中庭の薔薇園で待っているそうだよ。君のことを愛してやまない人がね」
「それは残念ながら意味のない言付けをされたものですね、ウェイド公爵。生憎ですが、私には想いを寄せる人など心当たりがありませんね。ダックワース公爵の勘違いではありませんか?」
「おや? 言っているだろう。スプリングフィールド公爵のことを愛してやまない人がいるのだと。早く向かった方が良いのではないかね? なにをするか分からない人だと噂を耳にしたのだが」
なぜだろうか。エイダのことが頭を過った。
彼女が此処に居るはずがない。騎士団に引き渡したのだ。
魔物襲撃の件だけではなく、ローレンス様を誑かした件に関しても拷問を受けているだろう。王宮に侵入する可能性よりも命を落としている可能性の方が高い。生きている可能性は限りなく少ない。
エイダが命を落とすと知っていながらも、彼女を騎士団に引き渡したのだ。
彼女には利用価値はあるだろう。
しかし、それ以上の危険性がある人を生かしておくような皇帝陛下ではないことを知っている。
だからこそ、エイダがこの場にいるはずがないのだ。
それをダックワース公爵が告げ口をするはずがない。犯罪者の手引きをしていると告白しているのも同じだ。それは公爵であっても罪に問われる行為だ。
「スプリングフィールド公爵、心配はいらないよ。皇帝陛下たちの御身は私たちが責任を持って御守しよう。――この一件は既に報告してある。それとも公爵は私たちの情報が信じられないかい?」
「その情報が信頼できるものならば、ダックワース公爵はなにをしているというのです」
「これは困ったね。お嬢様には理解が出来なかったようで悲しいよ。お父上ならば直ぐに意図を理解してくださっただろうね。いやいや、これは経験の差というものだ。今後の成長を期待しようではないか」
ウェイド公爵の人を見下した言い回しに対して、頭に血が上るのを自覚する。
どのような時でも冷静でいなくてはならない。感情的になってはならない。
「ええ、ご指摘通り、経験が浅いものでしてね。不安を感じるようならば貴方が対処されてはいかがですか」
「おや! それは笑えない冗談だね。君は魔物を狩る天才ではないか! その優れた才能は騎士団よりも強いのだろう? それならば危険なものを野放しにしてはいけないよ。なんでも領内で暴れていた魔物を氷漬けにしてしまっただとか、そういった噂を耳にするほどの実力者だ。恐れるものだとないだろう?」
「それは歳若い私よりも公爵が劣るかのような言い回しですね。そのような言い回しは好ましいものではないと思いますが」
「いやいや、それは失礼した。しかし、君に敵う人間は人間ではないだろう」
「では、私を待っているのは人間ではないと?」
「心を狂わしたものを人間と呼ぶか否かは個人差があるだろう」
人の良さそうな顔を作ってはいるものの、腹の中は真っ黒ではないか。
知っている。心当たりがある。ローレンス様が廃嫡されたことにより、前世とは全く関係のない道を歩んでいるのだと思っていたが、似たような出来事には心当たりがある。あれはローレンス様の生誕祭であった。
王宮の中でも最も美しい庭園と言われている薔薇園。
アリアの死を防ぐことが出来ず、自暴自棄になっていた私は他人のいない薔薇園に逃げたのだ。アリアのことを忘れたかのように振る舞う人々の中に溶け込めず、それでも、公爵として振る舞うことを要求される事に疲れ果て、逃げた。
そして、エイダと会ったのだ。
アリアの命が散ったのは仕方がないことだったのだと、それは避けることができなかった運命なのだと、私が自分自身を責める必要はないのだと諭された。
我が前世ながらも恐ろしい話だ。
背筋が凍るような話とはこのことをいうのだろう。
「詳しくお話を聞きたいところですが、他人の眼があります。公にしない方が良いのでしょう?」
「可能ならばその方が良いだろう。相手の為にもなる。なんせあの氷の騎士団長よりも強いと噂の公爵相手に喧嘩を売るような人間だ。会場に乗り込まれたらどれほどの犠牲者がでることか」
「第一騎士団の騎士団長殿と比べれば、私は素人のようなものでしょう。それならば警備に回っているだろう彼らに頼まれたらどうですか」
「いやいや、彼らは彼らの仕事がある。これは公爵がされるべき仕事だ」
公爵がするべき仕事ならば積極的に奪い合ってもいいだろう。ウェイド公爵やダックワース公爵のように権力を欲する人間が手を引く案件というのは、どうも違和感がある。
「公爵、私と話を楽しんでいる余裕はあるのかね? いや、勘違いはなさってはいけないが、私は君とのこのやり取りを好ましく思っているよ。しかしね、君の溺愛する異母妹が危機に晒される可能性を引き上げているだけではないのかね?」
「ここに残していくわけにはいかないでしょう」
「公爵の姉妹ならば弱いわけがないだろう。おや! これは失礼! 父上の連れ子であったな。それでは平民のような者であってもおかしくない」
「それはスプリングフィールド公爵家を侮辱しているととらえても?」
「いやいや、それは困りましたな! そういうつもりはなかったのですが、……では、我々が彼女の保護を引き受けるというのはどうかね? 公爵の機嫌が損ねるような真似はしない。ええ、我々三大公爵家の仲を信じられるのならば」
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