07-2.狂った恋心は女公爵を逃がさない
幼い頃から権力に執着する節のあったチャーリーがアイザックを使用人のように扱うのは、目に見えている。
あの人は兄妹に対する情が欠けているような人だったから。
……大丈夫だろうか。
昔からチャーリーのことを苦手だと言っていたアイザックの元に行ければいいのだが。
いや、友を助けることも出来なかった私には今更するべきことではないのかもしれない。
それでも、唯一の親友なのだ。
心配をするくらいは許されるだろう。
「では、後ほどアイザックの元に挨拶に行くとしましょう。そのついでにチャーリーの様子も見させていただきます。私から声をかけることをしなければ、公爵の願い通りになるでしょう?」
「おや? アリア嬢とのことでアイザックとは揉めたと聞いていたのだが、いつの間にか仲直りをしたのかね?」
「ええ、彼は友人ですから。言いたいことを言い合える仲であることは、ご存知でしょう? 彼との言い争いは日常のことですよ。公爵が気に留めるようなことはなにもありません」
予想通りというべきだろうか。ウェイド公爵の表情が変わった。
父が公爵代理を務めている頃から婚約の話を持ち掛けていたのだ。
ウェイド公爵にとっては、アイザックでもその弟のジャックでもスプリングフィールド公爵家を取り込めるのならば、どちらでも良いという認識なのだろう。この人は欲望が溢れている。それを隠すのが貴族というものなのだが、領地拡大、権力への執着心を隠しきれていない。
だからこそ、父はウェイド公爵を嫌っていたのだろう。
「アイザックとは以前と同様の付き合いをしていくつもりですよ、公爵。ぜひ、彼にもそのようにお伝えいただけますか?」
余計なことをするなと怒るだろうか。
アイザックは単純な男だ。なにに対しても真っ直ぐ過ぎる男だ。
私が手を出そうとすると直ぐに怒るが、……それは私の立場を考えているからだと知っている。真っ直ぐ過ぎるのだ。私は、この息苦しい表裏の激しい貴族社会で彼に救われてばかりだった。
だからこそ、それを返すのだ。
親友であるアイザックにばかり借りを作りたくはない。
今まで、――彼奴は無自覚だっただろうが、救われてきたのだから。それを返すだけだ。文句は後から言いにくればいい。好きなように言い合って、立場も性別も忘れたように笑い合って、それこそが私たちの仲だろう。
私たちの関係はそれでいい。
「そうか、そうか。それは良いことを聞いた。必ず、アイザックに伝えておこう。息子も大喜びをするだろう! ……あぁ、忘れてはいけない。さあ、ジャック、挨拶をしなさい。今後とも公爵とは親しい関係性を築かなくてはならないのだからね」
「はっ、はい、父上。お久しぶりでございます、スプリングフィールド公爵、アリア公爵令嬢。ウェイド公爵家三男、ジャック・ウェイドでございます」
上機嫌になったウェイド公爵に背中を押されて前に出されたのは、アイザックの弟のジャックだ。こうして会うのは何年ぶりだろうか。記憶の中のジャックは背が低く、今よりももっと頼りない印象だった。
少なくともアリアとは面識はないのだろう。
彼は三男ということもあり公に顔を出すことは少なかったはずだ。
思い出したかのように前に出されたジャックの不安そうな表情は、昔のチャーリーに似ている。あの人もアイザックと比較される度に不安そうな表情をしていた。それも女遊びを始める以前の話ではあるが。
「スプリングフィールド公爵の異母妹、アリア・スプリングフィールドですわ。どうぞよろしくお願い致しますね」
アリアの差し出した手を掴んで嬉しそうに笑っているジャックは、三男という事もあり、領政には関わらせていないと聞いた事がある。まだ十四歳であり、学院にすらも通う年齢ではないのも理由の一つだろう。
「気安く手を差し出すなと何度も言っているだろう、アリア。……淑女としての礼儀作法の欠ける異母妹ですまないな、ジャック殿。私はイザベラ・スプリングフィールドだ。これからウェイド公爵やアイザックとの付き合いで会うことがあるだろう」
「え、あっ、お久しぶりでございます! イザベラ姉さんっ、じゃなくて、ええっと、イザベラ公爵!」
「公爵として呼ぶのならばスプリングフィールド公爵だ。子どもらしくて好ましいことだが、礼儀作法の勉強に力を入れた方が良さそうだな」
必要以上に関わることはないだろう。
遠回しに指摘をすれば顔を赤らめ、慌てて、ジャックはアリアの手を離した。
「紳士たるものそのような仕草はいけない。アリア、お前も淑女として振る舞うようにしないといけないな」
政治的な政略結婚の話を切り出されても困る。友好的なアリアはお人よしなところがあるから、私の為と勝手な思い込みで相手の良いように話を進めかねない。私はアリアを公爵家から出す気はないのに、この子はなぜかそういうことには敏感になるのだから困る。
「あ、えっと、ご指導ありがとうございます。それから、アイザック兄上から公爵のお話は聞いております。公爵の剣捌きは美しいと兄上が褒めておりました。騎士職には名乗り上げないのですか? その美しいと評判の腕前を見てみたいのですが」
「残念ながら私が騎士になることはないだろう。ジャックは剣を嗜んでいるのかい?」
「はい。いずれは皇太子殿下の近衛騎士として名を上げる予定です!」
「それは期待しておこう。皇国の為に振るわれる剣ならば、いずれ、お相手することもあるだろう。その日を楽しみに待つとしようか」
「はい! がんばります!」
子どもの期待している視線は苦手だと、今、気付いた。
アリアの愛らしい視線とは違う。一方的に向けられている視線の奥にある考えを読み取ることが出来ない。心の底では別のことを考えているのか、本心で言っているのか分からない。
そもそも子ども相手に深読みをしても意味がない。
「ジャックは公爵のことが気になっていたようでね。今回はどうしても公爵に逢いたいと我儘を言われてしまってね。これは見ての通り、少々幼いところがあってね。妻も可愛がっているのだよ」
「それは光栄ですね。……年齢よりも幼いようには感じておりましたが、それも教育の成果なのでしょう? 貴族の子女には評判がいいと聞いたことがありますよ」
「そうだろう、そうだろう。父親としては末息子の可愛い我儘を叶えてあげたくてね。この気持ちはアリア嬢を溺愛していると噂の君ならば分かるであろう?」
嬉しそうに笑っているジャックから視線を逸らして、ウェイド公爵を見る。
この期に及んでもこの人は諦めることを知らないらしい。公爵家同士のつながりを強化しても得るものなど限られている。理由がない限りはそのようなことをする必要はないだろう。
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