06-4.お前が幸せになる為の犠牲にならば喜んでなろう

「謝るのが遅いのは分かってる。許してもらえなくても構わない。許してもらうまで謝り続ける。でも、イザベラを傷つけるつもりはなかった。これだけは信じてくれ」


 私のことを泣き虫だというのはアイザックだけだろう。


 化け物だと私のことを恐れる人は多くいる。心がないのではないかと口にする人も少なくはない。学院に通っていた頃はそういった他人を殴り飛ばすような男だった。私がそれを気にしていないことを怒るような人間だ。親友をバカにされて許せるわけがないと本気で言ってくれるような奴だ。


 他人に悪く言われるのは許せないと自分勝手なことを言って笑わせてくれた。

 だからこそ、あの時、胸が痛くなったのだ。


 そういう事にしておかなくてはいけない。


「分かっている。お前はお前の正義を貫こうとしただけだろう」


 昔からそういうところは変わらない。


 前世でもそうだった。絶望的な状況だったからこそ、最後は共にあろうとしてくれた。その手を振り解いた先のことは知らない。アイザックのことだ。私の後を追うような真似をせず、ローレンス様に尽しただろう。


 そうであってほしいと願っている。前世では、アイザックの手を振り切って、私は死を選んだ。それが正しい結末だったと思っている。


「アイザック。私たちが言い合うのはいつものことだろう。今回もそうだった。そういうことにしてほしい。公爵として、そういう言葉以外にはお前にかけてあげられるものはない。それは分かっているだろう」


 全てはローレンス様を守る為だったと信じている。


 アイザックはローレンス様を守ろうとしていたのだと信じていたい。それはエイダによって魅了の魔法をかけられたからではなく、臣下としての行動だったのだと信じている。信じるしかないだろう。前世の終わったことは確かめることすら出来ないのだから。


 それならば、今世で起きたことはそうだと信じてしまいたい。


 それが報われることのない出来事であったとしても、臣下として忠誠を尽そうとしただけだと思いたい。


「私は公爵領の平穏を維持する為ならば、どのようなことでもする人間だ。お前の思っているような人間ではない。だから、お前の貫こうとした正義を砕くような真似をした。……アイザック、お前こそ、私を恨むべきではないのか?」


 貴族の血を持たない異母妹の為にローレンス様を廃嫡に追い込んだのだ。皇帝陛下の下した判断が違うものだったのならば、私は皇国に反旗を翻した犯罪者だった。皇国を裏切る覚悟すらしていたのだ。


「イザベラを恨むなんてことはねえよ。結果的に正しかったのはお前だ。俺とマーヴィンはそれが見えてなかったってだけだろ。……あの人には悪いことをしたと思ってるけどさ。公爵子息に出来ることなんてなんにもねえんだよ。これは俺がなんにもできなかったのが悪い話だ。お前を恨むなんて見当違いだろ?」


「熱心な親衛隊隊長の名が泣くな」


「うるせえよ。元親衛隊副隊長。それを言ったらお前なんて裏切り者だろ」


「あぁ、そうだな。私は裏切ったんだよ。あの人よりも大切な人を優先した最低な裏切り者だ」


 友人ではなく公爵として過ちを正そうとしたのがいけなかったのだろうか。

 婚約者がいながらも他の女性に現を抜かすような性格では、皇国を治めることなどできないと割り切ってしまうべきかもしれない。


「……イザベラがそんなにあの女のことを大切にしてるなんて知らなかったな」


「そうだろうな。私もこれほどに大切に思えるような存在が出来るとは思わなかったよ」


「ふうん。まあ、彼奴の魔力じゃあ、洗脳をしているわけでもなさそうだけど。本当に大丈夫なんだろうな? 後妻の子どもなんだろ? 親を追い出す時にまとめて追い出しちまえばよかったのにさ、それを養うなんてバカなことをしてるよな、お前」


 アリアに対しての扱いは変わらないのか。


 幼馴染として可愛がっていたのは嘘だったのだろうか。それとも個人としてではなく、ローレンス様の婚約者として丁寧に扱っていただけなのだろうか。どちらにしてもそれは悲しいことだ。


「アリアに対してそのような態度をとるのはやめてくれないか。彼女は私の可愛い異母妹なんだ。私の大切な家族なんだよ」


「あー、ほんとに色々とごめんな。イザベラ。お前の家族を貶すようなことばかり言っちまって。でも、こればかりは本音だからどうしようもないよな?」


「家族のことをなんと言われても親友を見捨てはしないよ。友人としては。……アリアの異母姉としては嫌がらせをするが」


「おい、本音、聞こえてるぞ。――なあ、イザベラ。それよりさ、お前、俺に謝ることがあるんじゃねえの?」


「いや、なにもないよ。お前の思い違いだろう。悩みすぎて頭がおかしくなったのではないか?」


 形式的には仲直りをしたというのにもかかわらず、アイザックの不機嫌な顔は直らない。いつの間にかそれが普段の表情になってしまったのだろうか。可哀想に。私の魔法でもそればかりは直らないだろう。常に不機嫌だと恐れられることになるのではないだろうか。それはそれでおもしろいが。


「ほお? 昨日、お前がクリーマ町で魔物を凍り付けにしたって話を聞いたんだけどなぁ? それは唯の噂だとでもいうつもりか?」


「流石、ウェイド公爵家だ。情報が早いな」


「認めるのか、認めねえーのか、どっちだ」


「事実を認めないわけにはいかないだろう。氷漬けにしたがなにか問題でもあるか? 私の領地で起きた出来事だ。私が終わらせてなにが悪い。私がいたからこそ被害が最小限で収まったのだ。なにも非難されるようなことはしていない」


 不機嫌の理由はそれだったのか。


 それならば仕方がない。終わったことをいつまでもしつこく言うのは屋敷にいる使用人たちだけで充分だ。それを言われてもなにも反省をしないが。しかし、紅茶をいれていたセバスチャンに至っては、どちらの味方だと言ってやりたい。お前の主は私だろう。何故、アイザックに同意をしている。主人を庇うのが執事としての役目だろう。


「単独で突っ込んでいくんじゃねえよ! このバカ女!!」


「痛ッ!? 殴る奴がいるか! 私は公爵だぞ! 公爵に対して敬意を払わないどころか暴行を働くなど聞いたこともない!」


「知ってるわ!! こういう時ばかり爵位を出してきやがって! 俺はお前の親友として怒ってんだよ!」


 迷うことなく私の頭を叩いたアイザックの表情は怖い。それに対して怯えるようなことはしないが、あまり見ていたいものではない。


 不機嫌なのは分かっていた。怒る理由も、理解はしている。

 それでも殴ることはないだろう。


「お前が無駄に強いことは知っている! けどな、無謀なことをするんじゃねえよ。なにかあったらどうするつもりだったんだよ。お前だけの問題じゃねえだろ。少しはそういうことも考えてくれよっ!」


「万が一のことを考えて行動をしている。問題はない」


「それはお前が死ぬ前提の行動をしてるってことだろうが。先ず生きることを考えろよ。それから、俺に頼れ。一人で行くんじゃねえ。……イザベラになにかあるのは嫌なんだよ」


 私の頭を殴ったのはアイザックなのに、今度はそれを労わるかのように撫ぜられる。相変わらず不機嫌な顔だ。……だが、辛そうな顔だ。


「アイザック、お前、やはりバカなのだろう?」


 分かっている。

 友を失うのは辛いことだ。友を失いたくないと思うのも普通のことだ。


 幼馴染として付き合いを始め、今では唯一の親友である私たちの関係性が崩れるよりも辛いことだ。だからこそ、アイザックは怒るのだろう。


「それで連絡をするのを忘れるくらいに慌てて飛び出して来たのか。お前という奴は優しすぎるのではないか? それだから、良いように使われるのだよ。流石に私でも心配するぞ。常識知らずは良いように利用されるだけだ。お前の優しさは貴族としては危険な傾向だよ。私よりもお前の方が心配だ」


「別に。誰に対してもそうなるわけじゃねえよ」


「知っている」


「……そこは嘘でも知らないふりをしろよ、バカ」


 疲れたのだろうか。呆れたのかもしれない。

 わざとらしくため息を吐いたアイザックと眼が合う。


「嫌だね。誰が、お前の言うことを聞いてやるものか」


「可愛くねえな。あー、くそ、イザベラの所為でまた親父に怒られるじゃねえか」


「ふふ、可哀想に。仕方がないな、今回は、連絡が届いていたことにしてあげよう。次はない。急いでいても連絡はするようにしろ」


「そうしてくれると助かる。つか、誤魔化されねえからな。今度は一人で無謀な真似をするんじゃねえぞ。いつでも、イザベラを助けに来てやるから」


 困ったように笑う顔は好きだと思う。

 子どもみたいな奴だ。不機嫌な顔よりもずっといい。


「分かっているよ、アイザック。お前を頼るように努力をしよう」


「その言葉、忘れるなよ。――じゃあ、俺は帰るわ」


「なんだ。泊っていけばいいだろう」


「バカ言うんじゃねえよ。五日後のブラッド皇太子殿下の誕生祝宴会の準備があるだろ。長居してる暇はねえの。それに、婚約者もいねえ相手の家に泊まるわけにはいかねえだろ。また親父に催促されたいなら話は別だけどな」


 本当に話をするだけに馬を走らせてきたのか。

 それも、私を心配してきたのか。……なんて、バカな奴なんだろう。


「そうか。それもそうだな。仕方がない。見送りをしてやろう」


 理由は気付かない事にしておく。

 アイザックの行動で心が乱されるなんてことはあってはならない。

 だから、これは振り払ってしまった友の手を再び掴むことが許されたのが、嬉しくて仕方がないだけなのだ。それだけである。それ以上の理由はない。

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