07-1.狂った恋心は女公爵を逃がさない

 目の痛い配色の派手な飾り付けを見ていると、気が重くなる。派手さを重視された様々な飾りは、皇国の流行ではないだろう。隣国、フリージア王国との貿易が盛んになっているからなのか、それとも、主催者である側妃様はこのような派手な飾り付けを好まれているのだろうか。


 ブラッド皇太子殿下のご生誕十七歳の祝宴祭。それは盛大に祝うべきものだ。


 今までは側妃様の子というだけで質素な飾り付けをされていたのだが、皇太子殿下として選ばれたこともあり、影響力を持ち始めているのだろう。皇国内における派閥の力関係が崩れ始めた影響もここに表れているのかもしれない。


 フリージア王国出身の側妃様にとっては待ちに待った機会だったのだろう。あの方は皇后陛下の立場を狙っていた。フリージア王国との貿易を拡大することが目的であると噂されていることもあり、誰もが側妃様を皇帝陛下の傍に近づけないようにと裏工作をしていた。それが全て無駄になってしまったのだ。


 さて、王城で開かれた祝宴に出席する為、私とアリアはスプリングフィールド公爵家として礼節に則った挨拶をしただけだが、それでも、その時の側妃様の浮かれようは目に余るものがあった。今も皇后陛下のことを忘れられたかのように振る舞っている姿は酷いものだ。皇后陛下の御子はローレンス様のみ、他の四人のお子様は全て側妃様の子だ。とはいえ、この国の主であるかのように振る舞うのは許しがたいことである。今はそれを指摘することが許されない。


 これは致し方のないことなのだと分かっている。


 廃嫡の宣告を受けたローレンス様の姿はない。未だに時計台に幽閉されているのだろう。今後も幽閉されている時計台から出ることはないだろう。彼が幽閉されている場所からは派手な飾り付けをされているこの場所が見えているかもしれない。そう思えばこの場に私がいる資格はないのではないかと思ってしまう。公爵としてこの場に立つ資格があるのだろうか。


「お姉様、怖い顔をされておりますわよ」


「元々だよ。……それは誰かから貰ったのかい?」


「フリージア王国からの使者の方から貰いましたの。お姉様もいかがでしょうか? とても甘くて美味しいですわよ」


「少しは警戒心を持ってほしいものだな」


 皇帝陛下方への挨拶をした以降、役目を終えたとばかりにどこかに向かって歩いて行ったと思えばこれである。両手に皇国では見かけることの少ない果物を持って来たアリアには警戒心を持てという方が無理だろうか。毒物が含まれていたらどうするつもりだ。私の心配等、アリアは気付いていないのだろう。


 それが元皇妃殿下候補のすることだろうか。


 周囲の視線を気にすることもなく、美味しそうに果物を食べているアリアの姿は注目の的になっている。それをこの子が気付くことはないだろう。


「アリア。無断で私の傍を離れてはいけないよ」


「あら、変なことをおっしゃりますのね。お父様とお母様がいらっしゃったときはお姉様と一緒にいることは少なかったですのに。わたくし、お姉様のお仕事の邪魔になるのではありませんか?」


「状況が違うだろう」


 教会に飾られている天使像のように可憐な容姿を引き立てるのは、先日、一緒に選んだ白色のドレスだ。淡い桃色のレースが可愛らしいデザインのドレスは、まさにアリアが着る為だけに作られたといっても過言ではない。薄暗いことばかりの社交界での取引を照らすのではないかというほどに可愛らしい。参加を許された貴族の子息たちの視線を独り占めしていることへの自覚はないだろう。そこがまた可愛らしいのだが、心配にもなる。今まではローレンス様の婚約者として声を掛けて来る者はいなかったが、今後はそうではない。機会があれば口説こうとする者が多いだろう。


 私がこの子を守らなくてはならない。

 二度と傷つけられることがないようにしなくてはならない。


「お姉様がいらっしゃるのですから心配する必要はございませんわ。わたくしは今まで通りの振る舞いをしてもかまわないのでしょう?」


「そういうことを言っているわけではない。気を抜くなと言っているんだ」


「ふふふ、お姉様、それは過保護というものですわよ。お姉様からそのようなお言葉を聞くことになるとは思ってもいませんでしたわ」


「からかうな、アリア。私はお前のことを心配しているだけだ」


 なぜ、この子は自覚が足りないのだろうか。


 皇帝陛下により婚約破棄の一件はアリアには非がないことが証明されている。免罪により皇妃殿下となることが約束されていた立場を奪われた悲劇の公爵令嬢、とでもいうべきだろうか。そこに付け込もうとする人間は少なくはない。


 婚約者のいない公爵令嬢を狙う人は多い。公爵家との関係を得たい者たちからすれば優良物件でしかないのだから、それは当然のことといえるだろう。


 視線を向けている貴族たちの視線は痛々しいほどに必死さを感じる。それもそうだろう。二か月ほど屋敷に閉じ込めていたアリアが再び社交界に出て来たのだ。他の誰よりも先に接触をしたいと思うことだろう。それをさせない為にも私の傍を離れないでほしいのだが、アリアにはそれは伝わっていないようだ。


「相変わらずの過保護ですな。スプリングフィールド公爵」


「……先ほどの挨拶以来ですね、ウェイド公爵。あぁ、それにしても、珍しい組み合わせですね。チャーリーのお姿も見られませんし、もしや、アイザックと共にお屋敷で留守番でしょうか?」


「いや、あれはチャーリーに任せてあるだけだよ。チャーリーにはスプリングフィールド公爵には挨拶をするようにと言い聞かせて来たのだが、……困ったことにあれはそういう礼儀が足りていない男でな。後から挨拶をさせよう」


「ええ、構いません。私どもから挨拶に伺いましょう」


 公爵家として関係を持っている貴族には挨拶は済んでいるのは、私だけではないだろう。ウェイド公爵も同様に終わっている筈だ。もっとも、公爵家の当主である私たちは挨拶を待つ側に立つことが多いのだが。


「いやいや、そこまでしていただかなくても構わない。あれも公爵家の者としての自覚を持たせねばならないのでね。ぜひとも、最年少の女公爵殿にはそのご指導をしていただきたい」


「では、ここはウェイド公爵の指針に従うことにしましょう。しかし、チャーリーは二十四になられたのでしょう。相変わらずのご様子で、さぞ、公爵も頭を抱えていることでしょうね」


「残念ながらその通りだよ。スプリングフィールド公爵のように聡明であればよかったのだが、あの子はどうも少々頭が弱いようでね。ご立派な公爵は少しあの子と交流を図るべきではないかね?」


 ウェイド公爵の長男であるチャーリーはどこにいるというのだか。


 二十四歳になっても遊び人として令嬢の中では密かな人気があるらしいが、あの人はアイザックのことを煩わしく思っていた筈だ。嫡男であるチャーリーではなく、同い年のアイザックがフローレンス様のご友人として選ばれたのだから、少なからず憎く思うのは仕方がないのだろうが……。


 立場が逆転した今となってはなにをするかわからない。


 ウェイド公爵さえ止めなければ仲裁に入ってもいいと思っていたのだが、そのような考えは見抜かれているのだろう。

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