06-2.お前が幸せになる為の犠牲にならば喜んでなろう

「わかった。それを望むのならば、努力を続けるといい」


「ふふ、ありがとうございます」


「まったく、困ったことを言い始める奴だな。守られているだけでは満足が出来ないのか」


「ええ、お姉様の異母妹ですもの」


 不自然な笑顔を浮かべていたアリアの表情に柔らかさが戻った。

 よかった。アリアにはあのような表情は似合わない。


「ねえ、お姉様。わたくし、お姉様の異母妹として注目されたいのですわ」


 あぁ、アリアが可愛すぎる。甘やかしすぎるなと言われてもこればかりは仕方がない。可愛くてどうしようもないのだ。


 お気に入りのドレスを肩に当てて一回転する姿は天使だ。不謹慎だと分かってはいるが、アリアが婚約破棄をされた良かったと心の底から思う。


 アリアが嫁に行くなど耐えられない。可愛いアリアの笑顔を独り占めしたい。


「久しぶりですもの。新しいドレスを着たいと思っていましたの」


「そうか。わかった。では、気に入ったデザインのものがあれば、それに似せたものを新しく仕立てよう。色とデザインと気に入ったものを組み合わせて作らせればいい。異なるデザインのものでもいい。好きなものを仕立てよう」


「新しいものを作ってくださいますの?」


「当然だろう。アリアはいつも新しいものを身に付けなくては」


 気に入っているものではなければ、同じドレスを着る必要はない。普段着としてならばそれでも良いかもしれないが、社交界に出るのならば話は別だ。今回のものはアリアが公爵令嬢としての名誉を回復したことを公表する意味合いも含まれている。それは皇帝陛下の意思でもある。


 それならば、公爵家として新しいドレスを仕立てるべきだろう。


「まあ、嬉しい。わたくしね、お姉様が一緒にドレスを選んでくださるなんて考えてもいませんでしたわ。いつもお仕事ばかりでわたくしの相手などしてくださいませんもの。ですから、たまにはわたくしの相手もしてくださいませ。広い屋敷に籠っているのは暇で仕方がありませんの。このくらいの我が儘ならば聞いてくださるのでしょう?」


「あぁ、とんでもない我が儘だな」


「存じておりますわ。でも、お姉様も嬉しそうですわよ?」


 お気に入りのドレスを何着も並べるアリアの楽しそうな表情を見ていれば、笑みも零れてしまうのは仕方がない。窮屈な公爵としての役目をこなさなければならないが、たまには、こうして癒されるのも良いだろう。皇帝陛下を筆頭とする皇族の方々をお守りする為、公爵領を守る為、化け物だと厭われても構わないと堂々と振る舞い続けなければならない。


 私は化け物でも構わない。

 それで皇国の為に尽すことができるのならば、喜ばしいことだ。


 夢のようなこの時間が終われば、スプリングフィールド公爵領領主に戻るのだ。どのような非難を向けられても気にすることのない公爵に戻るのだ。


 それでも、たまには役目を忘れて過ごしても良いだろう。

 少しくらいならば許されるだろう。


「嬉しいに決まっているだろう。アリアの我が儘はなんだって叶えてやりたいのだよ。それを叶えてやれるのは私だけだ。それが嬉しくはないはずがない」


「ふふ、嬉しいですわ、お姉様。ぜひとも、わたくしのお願いを叶えてくださいませ。わたくしもお姉様の隣に並べるような立派な令嬢となってみせますわ」


「可能な限りの努力はしよう」


「でしたら、昨日のような危険な真似は控えてくださいませ。メイドたちから聞きましたのよ。お姉様がそのような危険な場所にいるというのにも関わらず、わたくしだけが安全な場所に匿われているなんて耐えらませんわ。お姉様が危険な場所に出向く必要はないでしょう? わたくし、そのような話は聞きたくはありませんわよ」


 昨日のことをもう知っているのか。


 口の軽い使用人は誰だろうか。アリアの安全を確保する為にも、一度、話し合いをしなくてはならないだろう。必要ならばその使用人を解雇しなくてはならない。アリアに恐怖を抱かせるような話をした人間など公爵家には必要はない。


「努力はしよう。だが、お前は安全な場所にいて欲しいのだ。この綺麗な手を汚すことはあってはならない」


 ドレスを並べているアリアの手を取る。

 私とは違う。雪のように白い手は柔らかい。穢れを知らない手だ。綺麗な手だ。

 今後も、魔物や人間を殺めて血に染まることのないように私が守らなくてはならない。アリアにはそのような真似はさせない。


「お姉様?」


 アリアは私とは違うのだ。

 アリアは私のようになってはならない。


 急に手に触れたからだろう。アリアはなにかあったのかと言いたげな眼を向けてくる。その疑うことも知らない純粋な視線に何度、救われただろうか。私を化け物だと恐れることもなく、私の機嫌を伺うようなこともない。ただ理解することが出来ない子どものような彼女だからこそ、私は救われるのだ。


 昔からアリアは私の救いなのだ。だからこそ、私が守らなくてはならない。

 それがアリアの望みではなくても譲れない。彼女は綺麗なままでいるべきだ。


「お前はとても綺麗な子だよ。誰よりも優しい子だ。今はお前の我が儘を叶えてあげられるのは私しかいなくなってしまったが、お前は誰からも愛されるべきだ。例え、お前がそれを望まないと口にしても、私はお前のことを守ろうとするだろう。なによりも美しいお前はそのままでいるべきだから」


 私がアリアを大切にするのは、現実から逃げているだけなのではないか。

 以前、アイザックに言われた言葉を忘れることが出来ない。


 それは自分自身でも気が付いていたからだ。

 見ないように、気付かないようにしてきただけの話だからだ。


「アリア。私はお前が生きていれば幸せだ。その幸せを守る為ならば、他人の運命を変えてしまっても、なにも感じることはない。酷い人間だ。そのようなことをお前に言っても仕方がないことも理解している。返事に困っているのもね」


 エイダの言葉を忘れることが出来ない。


 彼女が語った物語こそが世界の真実だというのならば、私は世界の真実を変えてしまったのだろう。世界の真実に従って歩んだのだろう前世では、私が愛する異母妹のアリアは殺されてしまった。私はアリアを救いたいと思っていたのにも関わらず、情けないことに行動をすることが出来なかった。精々、することが出来たのはアリアを追い詰めるような行動ばかりであった。


 それが正しいというのならば、それは悪夢のような人生だった。


 エイダを中心としてローレンス様が恋に落ち、アイザックが主君を守る為に剣を捧げ、マーヴィンが参謀として主君を支える。そして私はローレンス様とエイダの描く未来の邪魔をする者の命を奪い、忠誠を捧げる。全てがエイダを中心として成り立つ狂った世界だった。狂ったまま終わりを迎えたのだろう。


 それが正しい世界だとエイダならば言うだろう。

 彼女の言葉を信じるわけではない。そのような世迷言は信じない。


 それでも、学生時代は友であったのだ。彼女がくだらない嘘を吐かない人間だということは知っている。


 友だったからこそ許すことができなかった。

 彼女の性格を知っているからこそ、許せなかったのだ。


「それでも私はお前が生きていてくれるのならばいいのだ。お前が綺麗なままで生きていけるのならば、それがなによりも素晴らしいことだと知っている。そう信じている。こればかりはお前が否定をしても変えるつもりはないよ」


 狂っていると指摘されてもおかしくはないだろう。

 それでも二度とアリアを失いたくない。この手が届く限りは守り抜きたい。

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