06-1.お前が幸せになる為の犠牲にならば喜んでなろう

 可愛いアリアはなにを着ても似合う。彼女は可愛らしいドレスや小物を好むが、癖のない黒髪には大人びたものだって似合うだろう。


 私の可愛い異母妹に似合わないものはない。社交界でも彼女の容姿は注目を集めていた。それはローレンス様の婚約者だったのも理由の一つだろう。そのような理由がなくても注目を集めてしまう可愛らしい容姿をしていることを知られていないのは、悔しいような安心したような複雑な気持ちになる。


「アリアには淡い色も濃い色も似合うな」


 私が所持しているドレスの倍はあるだろうか。あまり交流をしていなかった頃もなにかとアリアが好みそうなドレスや小物は優先して購入するようにと使用人に言い付けていた。その当時は私からの贈り物だと知られないように裏工作をしたものだ。こうして堂々とアリアのドレス選びに付き合えることがこれほどに嬉しいことだとは知らなかった。


「これはいつ着たんだい?」


「これは去年の春に着たものですわ。お姉様がレイハイム帝国に半月間の留学をされているときに仕立てましたの。お母様と一緒に選びましたのよ」


「そうか。それで見覚えがなかったのか」


 アリア専用の衣裳部屋から運ばせた様々なドレスを合わせるのは楽しい。嫌な顔をせずにアリアもお気に入りのドレスはどこの店で買ったものだとか、どこに着たものだとか、そのような話をしてくれる。その話をするだけでも楽しい。家族の話を聞くことが楽しいことだと思ったのは、これが初めてかもしれない。


 幸せとはこういうことを言うのだろう。


「わたくしは淡い色のドレスが好きですわ。これなんて素敵でしょう? わたくしが白色のドレスで、お姉様がワインレッドのドレスを着れば、社交界では誰もが注目を集めると思いませんか? この度のお祝いにはドレスを着られるのでしょう? わたくし、お姉様の着飾った姿を見るのが好きですわ。ですから、とても楽しみですの」


「ふふ、それは知らなかったな」


「そうでしょう? お姉様はわたくしに無関心でしたもの。こうして一緒にドレスを選べる日が来るなんて夢のようですわ! わたくし、今がなによりも幸せですわよ」


 無関心というわけではなかったのだが。数か月前までの日々を思い出せば、そのように捉えられていても仕方がないだろう。互いに嫌われていると思っていたのだ。互いに興味のないように見せかけていた。


 前世の記憶を取り戻すまでは私たちに姉妹として交流はなかった。


 そうすることでアリアを守れると思っていたのだ。私は可愛いアリアが必要以上に傷つく姿を見たくはなかった。化け物のような才能をもっている私が傍にいるよりも、心の許せる友の一人でも出来ればいいと思っていた。それは意味のない行為だったのだと最近まで気付かなかった。


「ブラッド皇子殿下の祝宴に招かれるなんて考えたこともありませんでしたわ。わたくしはそういった公式な場に立つことは二度とないのだと思っておりましたのに、人生ってなにがあるかわからないものですわね」


「ブラッド皇太子殿下だ。間違えてお呼びすれば不敬罪になりかねない」


「あ、……ごめんなさい、お姉様」


「間違えてお呼びしないように気をつけろ。こればかりは私も庇い切れない」


 スプリングフィールド公爵家はブラッド皇太子殿下を支持している派閥の一つに数えられるようになってからの月日は浅い。公爵家を味方につけたことを喜ぶ者はいても悲しむ者はいない。しかし、それは皇室の派閥の勢力図を狂わしてしまったことにも直結していることだ。三大公爵家の関係性が崩れかけていると心のない噂を立てられても仕方がないことである。それが事実であったとしても世間の眼から隠さなくてはならない。


 その為にも私たちはブラッド皇太子殿下を支持したのだ。


「お前の言いたいことはわかるよ。本来ならば公式な場に立つようなことはできなかっただろう」


 一方的なものだったとはいえ、婚約破棄をされた令嬢が公の場に現れることはありえない。相当な理由がない限りは公の場に立つことはないだろう。特に相手の身分が高ければ非がなくとも非難されるのは女性だ。


「これも全てはブラッド皇太子殿下のご慈悲によるものだ。アリアは堂々としていればいい。なにより、皇帝陛下のお言葉を耳にした国民は誰一人としてお前のことを非難することはできないのだから」


「存じ上げておりますわ。わたくしはお姉様の異母妹として堂々と振る舞えばいいのでしょう? スプリングフィールド公爵家の恥だと笑われないようにいたしますわ。だから、心配はなさらないでくださいませ」


「心配などしていないよ。アリアのことだ。公爵家の名を穢すような真似はしないだろう」


「当たり前ですわ。お姉様の迷惑になるような真似はいたしません」


 アリアの眼には迷いはなかった。

 彼女はこれほどに強い女性だっただろうか? 以前は我が儘を口にするだけだった。我が儘が通らなければ癇癪を起すことだってあった。このように力強い眼をしていなかった覚えがある。


 婚約破棄の件が彼女を強かにしたのだろうか。


 心が折れてしまっていてもおかしくはないことだった。泣き崩れて立ち直れなくても仕方がないことだった。そうなっても私はアリアが二度と傷つくことのないように大切にしただろう。心の傷が癒すことができるのならばと強請られたものを全て買い与えただろう。そのくらいのことはするつもりだった。


「迷惑なんて考える必要もない。アリア、可愛いお前の為ならば、私はなんだってしてあげられる。欲しいものはなんだって買い揃えよう。お前が望むのならば公爵家の権力を使ってでもなんでも叶えてみせよう」


 これは前世の罪を償うものではない。

 肝心な時になにもできなかったあの頃を消し去る為のものではない。


 私はアリアに笑っていてほしいのだ。アリアに幸せになってほしいのだ。その願いが叶うのならば私はなんだってしてしまうだろう。本来ならば守らなくてはならない主人を見捨てるような真似だってしたのだ。かつての友を切り捨てるような真似だってしたのだ。


 私は、アリアが生きていて、笑っていてくれるのならばそれでいい。


 なによりもそれを優先してしまっている。それは公爵として間違っている選択肢だということは分かっている。離れて暮らしている祖父からの手紙でも指摘をされていることだ。アリアを優先するのではなく、公爵としてするべきことは別にある。それはわかっている。


「愛する家族の為ならば私はどのようなことでもしよう」


「お姉様。お姉様の気持ちはとても嬉しいですわ」


「そうか、そうか。私も嬉しいよ、アリア」


「ええ、お姉様。わたくしはお姉様の異母妹ですもの。家族ですもの。大切にされていると痛いほど伝わっておりますわ」


 それならば、何故、表情が硬いのだろうか。

 それならば、何故、アリアは苦しそうなのだろうか。


「お姉様。わたくしのことを大切にしてくださいましてありがとうございます。あの日、わたくしを守ってくださってありがとうございます。わたくしのことを嫌わないでくださってありがとうございます」


「急にどうしたんだ? 当たり前のことだろう?」


「いいえ。当たり前ではありませんわ。お姉様。わたくしがこうして大好きなドレスを抱えていても、ドレス選びに付き合っていただいても、喜んでいただけるような間柄ではありませんでしたわ」


 お気に入りのドレスを抱えるアリアの姿は天使のようだ。

 しかし、愛らしい笑顔を浮かべてみせるアリアの眼は笑っていないのは、何故だろうか。笑っているのに苦しそうな表情にも見える。そのような不自然な笑顔がみたいわけではない。これでは私が苦しめているようではないか。


「お姉様にどのような心境の変化が起きたのか存じ上げませんわ。だからこそ、わたくしはなにも言わずにこの幸せな日々を満喫しようと思っておりましたの」


 指摘をされて初めて気づいた。

 前世の記憶を取り戻した私にとってはこの日々は夢にまでみた理想の日々だ。一度、失ってしまったものを取り戻す為にはどのようなことだってしてきた。


 しかし、アリアにはそのような経緯はない。アリアだけではない。私以外には前世の記憶はないのだ。アリアの身になにが起きたのかを知る者はいない。


 ドレス選びに喜んで付き合うような間柄ではなかった。そう指摘したアリアの言葉通りだ。他人から見れば、私が変わってしまったように見えるだろう。


「それではいけないのだと、最近になって分かりましたの。お姉様、わたくしに、もう一度、機会を与えてくださいませんか? わたくしは、お姉様に守られているだけの異母妹ではなく、お姉様の隣に並びたいのです」


 それがアリアの本音なのだろう。

 真っ直ぐな眼をしているアリアが噓を吐いているとは思えなかった。

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